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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
三話・ナマエ
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Act・5

【Act・5】


 クナイは足元に転がっていた大きな石を蹴っ飛ばした。


「心配なんてことも、お前しないだろ」


 次の街までは、まだまだ線路の上を歩き続けなければならなそうだ。


「トンボはとにかく一人で突っ走る男だったからな」


 アキツの話もまだ続く。


「それからというもの、トンボはあらゆることを俺に教えようとした――」




◆◆◆◆◆



 トンボはアキツの前にシチューの入った皿を置いた。


「さてと……。腹が減らなくても、物を食わないと体はもたないからな。食事の時間はちゃんと決めておこうぜ。その時間が来たら腹が減ってなくても食う。さあ食え!」


 感覚を持たないアキツには空腹感というものもなく、ほおっておくと自分からは何も食べようとしないことが分かった。

 アキツは言われるまま、スプーンを手にしてシチューをすくって口に運んだ。


「……どうだ」


 トンボは黙々と口を動かすアキツを覗き込むように見た。


「人参、じゃが芋、玉葱、鶏肉、ブロッコリー。小麦粉、バター、塩、胡椒。わずかに葡萄酒の味がする」

「大正解!! だけど大間違いだっ!」


 そんな言葉が聞きたいわけじゃない。

 普通、料理を口にしてどうだと聞かれたら、食材名を言う奴はいない。そして隠し味まで当てるな馬鹿。

 どういう仕組みかは分からないが、アキツは食材の種類の違いは判別できるらしかった。甘いという感覚など持たない糖度計がそれでも、それぞれの食物の甘さの違いを数値で示すことができるようなものだろうか。

 トンボは額に手を置いて考えた。


「なんつーか、こう……美味いっ! とか、まずい~とかないか」


 笑顔を作ったり、顔をしかめたりしながら言うトンボに、アキツはシチューの皿を見る。


「……これは美味いのか」


 あべこべに聞き返されてトンボは困る。

 『美味い』と『まずい』という感覚もアキツには分からない。口にした味が『美味い』なのか『まずい』なのかの判別がつけられない。

 本当はこれは『美味い』なのだと言いたいところだが――。


「俺はそんなに料理上手ってわけじゃねぇよ。ま、これは家庭の味って奴かな……」


 トンボの言葉に、アキツはシチューをもう一度口に運ぶと、味わうようにしてから飲み込んだ。


「……記憶した」

「よっし」


 トンボはアキツの頭をポンと叩いた

 いつかこうして蓄えた記憶の中から、自分に合うものと、そうでないものとの違いが出てくればいい。誰かの感覚を押し付けるようなことはしてはいけないと思う。

 それが好みであり感覚なのだから。




◆◆◆◆◆



 よく晴れた日、トンボとタキはいつものように鉄屑拾いに出かけた。今日はアキツも連れている。

 二人から少し遅れて歩くアキツは乾いた草原を見ているが、その顔はやっぱり無表情で、何を考えているかは分からない。


「どうだ。人間になる訓練は」


 トンボの姿が離れたとき、タキはアキツに聞いてみた。


「あまりはかどらない」


 熱心に伝えようとしているのは理解できる。

 トンボの表情は分かりやすくコロコロとよく変化する。アキツに何かを伝えようと、悩んだり悲しんだり、怒ったり喜んだりする様子が見て取れる。しかし


「もともと“ココロ”という部品がないのに、いくら覚えてもそれは俺自身の感覚じゃない」

「トンボにそんなこと言うなよ。また泣くから」

「分かってる」


 アキツは答えて鉄屑拾いを手伝う。見た目以上の力持ちで、言うことをよく聞くアキツは、トンボよりもよく働いた。


「アキツ……お前が本当にロボットなら、その“ココロ”って部品をどこかで見つけられれば、人間に近づけるんだろうな」


 タキが独り言のように呟いたときだ。遠くからトンボの呼ぶ声がしてきた。


「アキツ! タキー」


 二人は声のする方を見た。小高い丘のようになっているそこで、茶色い草むらの中に埋もれながらトンボが手を振っている。


「見ろよ。ほら、トンボ!」

「そんなことは知っている」


 訳の分からないことを言うトンボに、二人はトンボのいる所へと向かった。


「そうじゃなくって。本当の蜻蛉とんぼ!」

「本当の?」


 タキは辺りを見回した。

 風がざわりと吹いて、そこにふわりと群れをなした赤い蜻蛉たちが姿を現す。


「本当だ……久しぶりに見たな。この辺りにはもういないと思ってた」


 感慨深げなタキとは正反対に、トンボはというと草むらを駆け回り、蜻蛉の羽を摘まみ上げると得意気に言った。


「アキツ! おい、ほら捕まえたぜ。そっちにも行ったぞ。捕まえろ!」

「……子供か。あいつは」


 タキは元は優秀な軍人だったそいつの、はしゃぐ姿に呆れたように苦笑いする。

 蜻蛉が一匹、すぃとアキツの目の前の草に止まった。


「捕まえる……」


 アキツは蜻蛉に手を伸ばす。

 人の気配に気づいた蜻蛉が飛び立とうとしたところを、アキツの手は素早く捕らえた。


「――おい」


 それを見たタキが、まだ蜻蛉を追い掛け回しているトンボを呼ぶ。


「どうした」

「潰しちまったぞ、アキツ」

「え?」


 トンボがアキツを見ると、アキツは握っていた指を開いた。薄く透き通った羽が粉々になり、地面に舞い落ちる。


「そんなつもりはなかったんだが……」


 自分の手を見つめるアキツ。


「感覚がわからないんだな。どのくらいの力を出したらいいか」


 タキがその手を拭ってやりながら教えた。


「殺してしまったな」


 地面に落ちて動かなくなった蜻蛉に視線を落とすアキツを、悲痛な顔で見ていたトンボは、突然アキツの目の前に自分の手を差し出した。


「アキツ、俺の手を握ってみろ」

「……なんでだ」

「物には加減ってもんがあんだよ。お前は見かけによらず、すごい馬鹿力だからな。ほら、まず軽く握って」


 トンボの言う通り、アキツはトンボの手を握った。


「そう。んんー……もうちょい強く」


 アキツはトンボの顔を見ながら、手に入れる力を少しずつ増していく。


「もうちょい平気だ。うん……そう、そのくらいだ。人の手なら、そのくらいの力を出しても壊れやしないから大丈夫だ」

「……記憶した」

「よし」


 そして、覚えたことを思い出すように、手を閉じたり開いたりしているアキツに、付け加えるようにトンボは言った。


「あ、ただし女の子の場合はもっと優しくだ」

「なんでだ」


 アキツが聞き返すと、トンボはそんなことも分からないのかというような顔で、ふふんと笑った。


「そりゃあアキツ。女の子は男より、か弱くて繊細だからな。大切~に扱わなきゃいけないわけよ」


 それを聞いてタキがすかさず口を挟む。


「お前も女の手なんか握ったことないだろ」

「うるせぇよ、お前は!」


 アキツはそんな二人のやり取りをじっと黙って見ている。


「…………アキツー……。お前さ、笑おうぜ」


 トンボが決まり悪そうに言うと、タキも指摘する。


「ああ、今のは笑うところだ」

「タキ、お前は後で泣かす」


 アキツは首を捻った。


「……笑う」

「別に無理に笑えとは言わないけどな。可笑しくも楽しくもないのに笑う必要なんてないんだけど、人の笑顔ってのは、やっぱりいいもんだぜ?」

「笑顔……か」


 どうすればいいのか分からない様子のアキツに、ふむとトンボは考えた。


「いいか、こう……口の端をちょっと上げてな」


 アキツの頬を摘まんで持ち上げてみる。しかしこれだけでは何か足りない。


「目を細めて……」


 それから


「目尻はやや下げる」


 どうやら出来上がったらしい笑顔から手を放してみて、トンボは複雑な顔をした。


「どうした」


 作られた笑顔を保ったまま、アキツはトンボに尋ねる。トンボはそんなアキツの頭をグシャグシャと撫でた。


「いや、はは。いい笑顔じゃねぇか。うん。いい笑顔だ」

「トンボ」


 様子のおかしいトンボにタキは声を掛けるが、トンボはアキツの眉間をぐいと指で押し


「よし、インプットだ! 忘れんなよ、その顔。……さてと、帰るか」


 そんなことを言いながらタキに背を向け、先に家路を歩き出した。


「どうしたんだ、トンボは」


 聞きながらタキを見るアキツの顔は、元の無表情に戻っている。


「お前の笑った顔が似てたんだよ」

「誰に」

「話す気があれば、あいつから話すさ」


 珍しく少しだけ困ったような顔をしたタキは、すぐに小さく笑みを作り、アキツを促してトンボの後に続いた。


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