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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
三話・ナマエ
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Act・2

【Act・2】


 古めかしい柱時計の音に少年は目を開いた。しかし、どうやら左目しか開くことができない。開かない右目に手をやると、そこには布が当てられていた。体も自由が利かず、ベッドに寝かされているということだけが分かる。

 少年の左目は素早く辺りの状況を探るように動いた。薄暗い部屋の柱には、先ほど音を立てた時計。窓にはカーテンが引かれていて、外の様子は分からない。ベッド脇には男が二人、それぞれ椅子に座っている。ベッド脇のチェストに置かれたランプの灯りで一人は本を読んでいたが、もう一人の首はコクコクと船を漕いでいた。


「ん……」


 タキは読んでいた本をめくろうとして、少年が目を開けているのに気がついた。今にも眠りそうなトンボの頭をひっぱたく。


「おいトンボ。気がついたぞ」

「本当か?!」


 トンボは椅子から跳ね上がりベッドを覗き込んだ。そして少年の左目が自分を見たのを確認して涙ぐむ。


「生きてる……生きてる。良かった! 良かったぁ……」

「泣くな馬鹿。静かにしろ。……平気か、気分は?」


 トンボに冷たく言い放ってから、少年には少し柔らかい口調でタキは聞いた。


「……問題ない」


 少年は意外にもはっきりとした口調で返してきた。


「本当か? 体中が痛いだろう」

「どこも痛くはない」

「でも……」


 またもはっきりと返された言葉に、タキが眉を寄せる。


「どけよタキ。良かったなぁ、死んじまってるかと思ったんだぞ?」


 納得いかない様子のタキを押しのけて、トンボが少年に詰め寄る。


「あ、俺トンボってんだ。こっちの愛想のないのはタキな。で、ここ俺の家。お前、名前は? 歳は? どっから来た? いてっ! なんだよっ!!」


 タキの拳を頭上に受けて言葉を切ると、トンボはタキを睨んだ。


「ナンパか……少し黙れ。怪我人だぞ」

「大事なことだろぉ?」


 タキに注意されてトンボが膨れる。すると、トンボの質問に黙っていた少年が口を開いた。


「わからない」

「え、何?」


 首を傾げ自分を見るトンボに、少年はもう一度、しっかりとした口調で答える。


「それらの質問に答えるべき言葉が浮かんでこない」





◆◆◆◆◆



「おいタキ、どういうことだよ」


 少年に休むように言うとトンボとタキは隣の部屋に移った。ドアを閉めたとたんに聞いてきたトンボに、タキは腕を組み考える。


「記憶を失くしているようだな」

「なにぃ!」

「それにおかしいぞ、あいつ。体は衰弱しきっているし、怪我もかなり酷い。どこも痛くないはずはない」

「でもケロッとしてたじゃんか」

「だからおかしいと言っている。……厄介だな」


 タキの最後の一言に、トンボはムッとした。


「そんな言い方ねぇだろ。あいつだって、怪我したくてしたわけじゃないだろうが! お前がそんな冷たい奴だとは知らなかったね」

「……どうする気だ」

「あいつが良くなるまで、俺様が面倒みてやるってんだよ」


 意気揚々と言ってのけたトンボだったが、そんなトンボにタキは静かに言った。


「トンボ、お前がそんなことをする必要はないはずだ。あの時・・・の償いでもするつもりか」

「何?」


 トンボは険しい表情でタキを見た。


「あれはあの時の子供じゃない」

「そんなこと……そんなこと分かってる。そんなつもりじゃねぇよ……」


 苦々しく言って視線を落としたトンボを、タキは痛々しそうに見ていたが、


「ありゃあ、俺が拾ったんだ。だから俺のもん! 文句あっか!!」


 完全に開き直ったトンボにタキは呆れた。


「拾ったものは交番に届けろ……阿呆が」


 トンボは少し後悔していた。つい、ああ言い返したが、本当はタキが正しいことも分かっている。というより、いちいち正しいところが、ときどきムカつくのだ。

 記憶を失くした子供をそばに置くなんて、どれほど大変なことか。警察にすぐにでも届けるべきだろう。自分が面倒をみる必要など何もない。

 そんなことは……分かっている。

 

 トンボは少年の部屋をそっと覗いてみた。すると、少年はベッドから起き上がり窓の外を見ていた。


「よお、もう少し寝ていたほうがいいぞ」


 ドアを開け声を掛けると、少年が振り向く。

 少年はトンボを見て、それから自分の包帯の巻かれた体を見た。

 少年の背は小さくはない。包帯の巻かれた体には鍛えられたような綺麗な筋肉がついている。しかしガッシリというよりは、ひょろっとしていてどこか危うい。はっきりとした歳は分からないが、まだ子供にしては無駄な肉が何もないその体は、まるで作り物みたいだった。


「……酷い怪我だな。痛いだろ」

「いや。なぜこんなことになっているかも分からない」

「まあいいさ、ゆっくり思い出せ。良くなるまでは、ここに居てもいいからよ」

「……ここに?」


 一言そう言っただけの少年。


「『ありがとう』くらい言えよ。人に親切にされたら礼くらい言うもんだ」


 頼まれたわけでもないくせに偉そうにと、タキが言いたげに見ているが、


「……『ありがとう』」


 少年は素直にトンボの言葉を繰り返した。


「よし、宜しくな」


 トンボは手を差し出したが、少年はそれを眺めているだけで、トンボは少し脱力した。


「ほら、手を差し出されたら、握り返すんだよ」


 言ったトンボに、またも少年は言われるがまま、自分も手を差し出しトンボの手を握り返した。すると、


「ギャア!」


 慌ててトンボは少年の手を振りほどいた。


「俺の手を潰す気かっ?!」


 怪我人のものとは思えない握力に驚く。いや、怪我をしていなくても、目の前の少年はそんなに力があるようには見えなかったのだが。


「見た目に似合わない馬鹿力だな……おお、いてぇ」


 確かにこりゃあ、大変そうだ。

 ジンジンと痺れる手を振っているトンボを、冷めた目で見ながらタキは帰り支度を始めた。


「俺は知らないからな。どうなっても」


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