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ROBOT HEART・ロボットハート  作者: 猫乃 鈴
三話・ナマエ
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Act・1

【Act・1】


 降り注ぐのは暖かな太陽の光。聞こえるのはザクザクと砂利を踏みしめる三人分の足音。

 ココはふと空を見上げた。街の下層部で育ったココには、眩しいくらいに開けた青い空。視線を前に戻すと真っ直ぐに伸びる列車のレール。

 ココは今、その線路の上を歩いていた。隣にはアキツ、そしてその少し後から、クナイがしかめっ面でついて来る。


 自称『完璧な人型ロボット』アキツの“ココロ”を作るための旅は、姉の命を奪ったロボットを探すクナイが加わったことで、少し賑やかな物になった。

 目的地は東の国境。軍の基地や施設が、今はそこに集められているらしい。そこならばロボットや、その“ココロ”についても何か分かることがあるかもしれない。


「わあ……草むらだ」


 しばらくして現れた景色に、ココは感動を含んだ声をもらした。

 線路の両脇に茶色く乾いてはいるが、一面の草の海が広がっていた。


「アキツ、見て見て。ススキ」


 ココは線路脇に生えていた草を見ると、一本引き抜いてアキツの前に差し出した。

 そんな楽しそうなココとは逆に、歩くたび砂利が足の裏に与えるゴツゴツとした感触に、クナイはだいぶ苛ついていた。


「まったく。次の街までの景色がこれかよ」


 そんなことより何より。


「線路の上を何で歩かなきゃならないんだ!」


 次の街まではかなり距離があり、ココたちは列車に乗ろうと駅へと向かったのだが、列車は全て止まってしまっていたのだ。

 珍しいことではない。電気や燃料、資源の乏しい東の国では、あらゆる資源の供給は上層部の人間や政府、軍の施設に優先して流れるのが当たり前のこと。


 アキツはココが目の前に突きつけた草を見た。


「ココ、それはネコジャラシだ」


 そう返すと草むらへと目をやり、何かを見つけたように線路から草むらの中へと入って行く。


「政府の奴らはいっつもこうだ。あいつらは俺たちのもんを取り上げていく」


 クナイの不満は収まらない。

 金持ちや権力者のやり方は大嫌いだ。だいたい、線路とは列車が走るべきなのだ。人間が足で歩くところじゃない。それに、もうだいぶ長いこと歩いている。

 愚痴が次から次へと口をついて出る。

 なんていうことはない。まだ幼いクナイは少し歩き疲れたのだ。


「ネコジャラシ?」

「ネコジャラシとススキでは形状が少し違う」


 アキツはココが手にしている草よりも、大きく穂が豊かなそれを引き抜いてココに持ってきた。


「ススキはこれだ」

「へぇー」


 そんな呑気なやり取りをしているアキツとココに、クナイは更に苛々する。


「俺の話を聞けよ!」

「だって、あたし街からほとんど出たことないから、こういうの見たことないんだよ」


 アキツのくれたススキを振りながらココは言った。

 ココの住んでいた場所は、地面がアスファルトに覆われ、周囲は高い建物に囲まれていた。そんな雑草すら顔を出せない場所。

 それは工業街で育ったクナイも同じで――


「そういや、お前はどこから来たんだよ」


 感じた疑問をクナイはアキツに投げかけるが、アキツの返事はない。


「おい、お前だよ。無視か!」


 先ほどよりも強く言葉を投げかけられ、アキツはクナイを見た。


「俺の名前は『おい』でも『お前』でもない」


 返ってきたのはそんな言葉で、クナイは呆れる。


「どうだっていいだろ。そんなん」

「良くない。名前を持つことは大切だと言われた」


 アキツの言い方に、ココは前にも感じた疑問を思い出した。


「誰に? アキツ、前もそんな風に言った」

「俺に名前を分けてくれた男だ。ここの風景に少し似ている草の茂った街の外れで、俺はその男に拾われた」


 アキツは再び草むらに目を向けた。枯れた葉が風にざわめく。


「男の名前はトンボと言う――」




◆◆◆◆◆



 草を掻き分け、そこに古い単車の残骸があるのをタキは見つけた。少し離れたところで、さもやる気がなさそうに、棒切れで草をバサバサ叩いているだけの相棒の名を呼ぶ。


「トンボ」

「ああ? なんだよ」

「こっちにあるぞ」

「……ったく、鉄屑拾いも楽じゃねぇなぁ」


 意欲的に働いているわけでもないくせに、そんなことを言うトンボ。

 休戦状態の今、東の国は資源が乏しく、鉄屑でも集めれば金になる。別に割りのいい仕事というわけではなかったし、やりがいなんてものもない仕事だったが、そんなことは二人には、とりあえずどうでも良かった。

 この二人の青年は軍人だったが、今は離隊した身だった。


「これでも今じゃ貴重な資源だ」


 タキの切れ長の目が、馬鹿にしたようにこちらを見ている。

 いいから、さっさと働け。

 タキの言わなくても聞えてくるそんな声に、トンボはまだやんちゃな少年のような面影を残した顔をしかめて、タキの元へと渋々足を進めた。

 トンボとタキは戦場で同じ部隊に所属していたが、それよりずっと前からの知り合いだ。いわゆる幼馴染という間柄。小さな頃から見た目も性格も正反対で、大人になった今でも、そこは少しも変わりがなかった。


「ん?」


 胸元まである草の中、トンボは何か柔らかな物を踏みつけ足を引いた。

 なんだ?

 草を掻き分け、足元を見る。


「おい、トンボ! 早く手伝え」


 なかなか手伝いに来ないトンボに、タキが少し苛立った声で呼ぶ。しかし見ると、トンボは足元に顔を向けながら、茫然と草の中に立ち尽くしていた。

 様子がおかしい。


「トンボ、どうした」


 声を掛けるが返事をしない。作業の手を止めるとタキはトンボのそばへ近づいた。


「どうしたんだ、トンボ」


 肩に手を置くがトンボはうつむいたままだ。その顔は心なしか青ざめている。


「なんだ。気分でも悪いのか」

「子供……」

「何?」

「子供が……死んでる」

「は?」


 トンボは虚ろな目で目の前の茂みを見ている。


「……どけ」


 タキはトンボを押しのけると、トンボの視線の先にある茂みを掻き分けた。

 見ればそこには十六、七くらいの歳の少年が一人、仰向けに転がっていた。額から頬にかけてびっしりと赤黒いものが、すでに乾いてこびり付いている。着ている黒い服もところどころが破け、その破れ目から染みが広がり、黒い服をさらに黒く染めていた。

 タキは思わず息を呑んだが、よく見るとその胸が小さく上下していることに気がついた。


「トンボ! しっかりしろ、人を呼んで来い!」


 タキは言って少年の呼吸を調べる。しかし、トンボはまだぼんやりとそれを眺めているだけだ。


「トンボ!!」


 タキの鋭い声に、ようやくトンボはハッとしたように自分を取り戻す。


「わ、分かった!」


 トンボは慌てて草の中を駆け出した。

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