Act・5
【Act・5】
「わあああっ!!」
自らの叫び声と共にクナイは目覚め飛び起きた。
息が苦しい。吐き気がする。気分は最悪だった。
「気がついたか」
聞き覚えのある声がして顔を向けると、そこにはアキツがいて、着ていた赤いコートを干していた。
「お前……」
「今、ココが水を貰ってきている」
クナイは自分がベッドの上に寝ていることを理解して、部屋を見回した。
「ここは?」
「親切な飯屋の女将の家だ」
言われて少し安心し、そして思い出す。
「お前、腕は」
「腕?」
「だって血が……」
「ああ、オイル漏れか」
「オイル?」
「問題ない。ココが修理してくれた」
アキツはロケットが噛み付いた腕をクナイに差し出して見せた。袖なしの黒いシャツから出ているアキツのその腕。
「……包帯巻いただけじゃねぇか」
いぶかしむようにクナイがアキツを見ていると、ココがお盆に水差しとコップを載せて戻ってきた。
「あ、クナイ気がついたんだ」
「おい、こいつ本当にロボットなのか」
「……はい、水」
クナイの問いには答えずに、水の入ったコップをベッドサイドのテーブルに置くココ。
「答えろよ!」
声を荒げるクナイにココは言い返す。
「ロボットだったらどうするの? アキツを壊すの? ロボットだから? そんなことして何になるのっ?!」
逆に質問攻めに合いクナイは言葉に詰まる。
「うるさいっ。ロボットさえいなければ姉ちゃんは!」
「……姉さんを殺したロボットはどうしたんだ」
一人淡々とした口調で言うアキツに、クナイも少し荒げた声のトーンを落とす。
「知らないよ。回収されたんだろ……あれから見てない」
「クナイのやっていることは、単なる八つ当たりという奴だな」
「なんだと」
クナイがアキツを睨む。
「なら、もし姉さんを殺したのが人間なら、クナイは周りの人間を皆殺すのか」
「そ、そんなことするわけないだろ!」
驚いたように言うクナイだったが
「クナイがやっているのはそういうことだ」
続けて言われたアキツの言葉に言い返せない。
「アキツ、ちょっと言いすぎだよ」
ココはアキツを注意する。このロボットは見た目は人間なのに、人間の持つ怒りや悲しみに相当する機能は持ち合わせていないのだ。
「お前に何が分かるんだよ。ロボットのくせに!」
「分からないな。俺はロボットだ」
当たり前のように返されて、クナイはまだ何か言い返したそうにしていたが、不貞腐れたようにベッドに寝転んでしまった。
「本当は……本当は分かってたんだ。こんなこと、何にもならないって。それは、姉ちゃんを殺したロボットでも同じで。俺が本当に……本当に戦うべきなのは、あのロボットを作った人間なんだって」
何体のロボットを壊しても、いくら粉々に砕いても、少しもすっきりしなかった。
分かってはいたのだ。あれはロボット。人間が作り出したプログラムで動く鉄の固まりにすぎない。
「ロボットと同じようにはいかないな」
アキツが言った。
「ロボットは壊してもまたすぐ直せる。人間はそうはいかない。傷つければ血が出るし、壊したらもう戻らない」
「分かってるよっ!」
クナイは苛立ったように叫んだ。
「分かってるから……だから怖くて……でも悔しくて」
「クナイ……」
ココはクナイに掛ける言葉を探す。
「俺は弱い……あの頃からずっと、弱虫のままだ……」
「違うよクナイ。クナイは優しすぎるんだよ。人を簡単に傷つける人なんてたくさんいるのに、クナイにそれができないのは、きっとクナイが優しすぎるからだよ」
クナイは姉を殺された。それでもその原因となった人間を傷つけることができない。それは弱虫だからではなく、クナイが優しすぎるから。
『あんたは優しいイイ子だよ』
そう言っていた姉の言葉を思い出しクナイは胸が詰まる。こみ上げてくる物に、クナイは天井を見上げていた顔を両手で覆った。その端から涙がこぼれて落ちる。
「俺……何やってんだろ。今度は俺が守るって言ったのに。俺、言ったのに……」
イサナがいなくなってから自分がしてきたことといえば、無関係のロボットを壊すことだけ。
「何やってんだろ……」
◆◆◆◆◆
モグラ通りは街の住人でも迷ってしまうことがあるほど入り組んでいて、何処に何の店があるのか分からない。
そんな店の一つから、アキツとココは出てきた。
「有難うございましたー」
色々と店の中を探してくれた店主に礼を言う。
「ここにもないか“ココロ”。モグラ通りって、ここだよね」
「これだけ店が並んでいてないとはな」
もう数十件もの店を覗いて、何人もの人に話を聞いたが“ココロ”は見つからなかった。
「アキツ、クナイどこ行っちゃったんだろね」
あの後、少し目を離した隙にクナイの姿は消えてしまっていた。
「元々、怪我をしていたわけじゃない。心配いらないだろう」
「アキツ、怪我するのは体だけじゃないんだよ? クナイはロボットを壊すことで、自分の中の何かを保ってたんだと思うんだ」
「難しいな、人間は」
そう難しい。
「“ココロ”ができたらアキツにも分かるよ」
ココは笑いながら言った。
「さてと、次の店行ってみようか」
と、一番近くにあった店を覗き込んだときだ。
「おい」
後ろで声がしてココは振り向いた。そこには仏頂面をしたクナイが立っている。
「クナイ……何? またアキツを壊すつもり?」
ずいとアキツを庇うようにクナイの前に立つココ。しかしそんな言葉は無視をしてクナイは言った。
「モグラ通りは機械が溢れてるけど、どいつも古い型ばかりなんだ」
「え?」
「お前らが探してるようなもんが本当にあるとしても、ここにはない」
モグラ通りでは若い女の子の機械技師と少年が、ロボットの“ココロ”という部品を探しているという話が広まっていた。中には尾ひれがついて、たいそうな笑い話になっているものもある。それでも探し続けるココたちに、クナイはつい声をかけた。
「なぜそんなことが分かるんだ」
アキツに聞かれてクナイは気まずそうに視線を落とす。
「俺も探したから……姉ちゃんを殺したロボットのこと」
初めから無差別にロボットを破壊していたわけではない。
「あれはこの辺りでは珍しい、新型の部品を使ってた」
「そう……」
「俺、決めたんだ。俺、探す。姉ちゃんを殺したロボットを。……それを作った人間を」
力強い声で言ったクナイにアキツは言った。
「見つけてどうする」
するとクナイは少し困ったような顔をした。
「それは……見つけたとき考える……」
「それで、どこ行くの?」
今度はココにされた質問に、クナイはそれにははっきりと答える。
「新型の機械や部品は、ほとんど軍の奴らが持っていっちゃったらしいから、東の国境へ行く。軍の施設や研究所も、今はそこら辺に集められているらしいから」
「じゃあ、ロボットの“ココロ”もそこにあるかもね、アキツ」
「そうだな」
「よし、行こう。アキツ、クナイ」
先頭に立って歩き出したココに、クナイはポカンとする。
「は? 待てよ。俺は別に一緒に行くなんて言ってないぞ」
「なんで? 目指してる場所が一緒なんだから、一緒でいいでしょ?」
ココは首を傾げ、そしてあっけらかんと言った。
「一緒の方が楽しいし」
「おい」
「しゅっぱーつ!」
「おいってば!」
クナイの抗議の声などまったく聞いちゃいない。
「行くぞ」
アキツもココの後について歩き出した。
「ちょっと……」
「楽しいらしいぞ。一緒の方が」
感情のないロボットに言われて、クナイは少し迷う。楽しいかどうかはどうでもいいが、クナイはこの街を出たことがない。確かに初めての一人旅は少し心細い気もする。
「し、仕方ねぇな。分かったよ。一緒に行ってやるよ。それでいいんだろ!」
あくまでも自分には一緒に行く気がないことを強調して、クナイは言った。
「早くしろ」
すでに少し先に行っているアキツが、後ろを振り返りながら言う。
「うるさい。今行くよ!」
アキツとココを追いかけようと足を速めたクナイは、街を出たところで一度立ち止まり振り返った。イサナと二人で過ごしてきた街がそこにある。
煙たくて、汚くて、貧しくて。
それでもクナイにとってはイサナとの大切な思い出が詰まった街だった。
「行ってきます……姉ちゃん」
一言呟くと、クナイはアキツたちを追って駆け出した。
ROBOT HEART・2
- ヨワムシ - 終了