隣町からの援軍
やたらと賑やかな神田の相手を終え、剛の教室に向かう。顧問の確保などやるべきことは山ほどあるので、方針を決める会議をすることになっていた。四階建ての教室棟の一階すべてが一年の教室となっていたので迷いようはなかった。加えて初日から他クラスへの侵入をしようなどと考えるものも居なかったようで、スムーズに移動を完了することができた。
摩擦を感じさせない新しい引き戸を開けると、そこには四つもの人影があった。四人は教室の中心で何やら立ち話をしている。一人は勿論剛である。後は色黒と長身痩躯と眼鏡。三人とも見たことはある上何らかのイメージがあるのだが思い出せない。教室の入り口でフリーズしていると、流石に剛が気づき声をかけてくる。
「おお、恭輔来たか。ところで覚えてるか?この三人」
「正直、名前は分からない。でも知ってる顔だな」
質問に答える、と。
「だろうな。キャッチャーならともかく外野手では名前を知らないのも仕方ないことだろう。ならこう言い換えよう、彼らは市山中野球部のレギュラーだった」
剛が返してくる。市山中とは隣町の中学で練習試合を何度もやった馴染みのある名前で、俺にとっては分かりやすい説明になった。
「で。一応自己紹介は必要なのか?佐野」
色黒のきりっとした男が問うてくる。って……
「なんでお前は俺を――」
言いかけたところで色黒に制止される。
「やっぱ、俺らから言った方がラクそうだな。俺は鎌田義哉(かまたよしや)。字は名簿でも見てくれや。中学の時はキャプテンだった。んでそこの細長いのが、赤羽隼人(あかばねはやと)だ」
「よろしくー、バネでいいよぉ」
紹介を受けた長身が脱力感をともなって応える。
「で、そこの眼鏡が陰山だ」
「…………陰山」
陰山は目線を一度もあわさずに呟いた。まあそれで一応ここにいる人間の名前は把握した。しかし、如何せん志望動機がわからない。
「で、なんで倉浜高校受けたかだったな。そりゃ、端的に言えばお前らがいるからだ。全国屈指の激戦区神奈川でもお前らと俺らが手を組めば、通用すると思ったしな。んで、橋上はなんで来ねーんだ?」
予想外の回答に言葉が詰まる。なぜ俺たち三人が倉浜を受験したことを知っているのか。そして問題なのは健太郎が目当てだということで。剛の方をちらっと見てみると奴も同じだったようで、気まずそうに眼を泳がせている。
沈黙が続く。
「……おい、まさかとは思うが」
「すまない。そのまさかだ。あいつは――」
仕方なく、真実を告げようとすると、
「ふざけんじゃねえ。それじゃ意味ねーじゃねぇか」
またしても鎌田に割り込まれる。短く会話を切断されたので空気も悪くなってしまった。先ほどよりも息苦しい沈黙が漂う。
そんな空気を変えてくれたのは、意外な人物だった。
「……無意味ではない。佐野恭輔は本塁左打席から一塁到着までの最速タイム3.88秒という記録がある。メジャーのイチローと比較しても100分の18秒しか劣らない。尤も、イチローの記録は平均データであり、佐野恭輔は体格で劣るが。また大宮剛は走力以外のすべての面で野球選手としてすぐれており、今の状態でも全国クラス。義哉とバネの守備力もかなりの高水準にある」
予め用意された文章を読んでいるかのように陰山が喋りきった。彼がここまで饒舌なのも珍しいのだろう、赤羽も鎌田も茫然としていた。
静まってはいたが、さっきよりは数段マシな雰囲気だ。
それを利用して剛がまとめにかかった。
「そうだ、顧問の件だ。俺が明日職員室を訪ねておこう。恭輔は陰山が作ってきたくれた部員募集の張り紙を下駄箱の掲示板に貼っといてくれ。一週間後またここでミーティングをやるから今日は解散」
その号令に反発するものは居らず、ぞろぞろと教室を後にする。
まあ俺にはまだ仕事が残ってるんだけど。