時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「香りって」
※継続して「時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編」を読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。そして先日、番外編「どうか」にリアクションを下さった方へ。心から感謝申し上げます。
これは「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編の第6話「メシア讃歌」と第7話「ベストな選択」の間の出来事(番外編「鎖の中の一環」よりも後)です。未来から来た女性タイムトラベラーであるアミカナは、自身がアンドロイドであることを隠して、大学生の志音と行動を共にしています。本編では描き切れなかった、互いに惹かれていく二人の心の触れ合いやすれ違いを描いています。本編未読でも、少しは楽しんで頂ける……ことを願っています。
<水曜日>
ようやく体調の回復した志音と共に、夕食を取るため、アミカナはファミレスに来ていた。といっても、食べるのは志音だけだ。アンドロイドの彼女に食事は必要なかった。サプリを飲む体で、水だけを用意する。食事の終わった志音はドリンクバーへと席を立っていた。
『希望の声が高らかに鳴り響き
見よ、メシアは再び光と共にやって来る
神の御業から搾り取ってできた結晶の森を遍く砕き
群がる赤い一つ目のイナゴのはらわたを膠にして、メシアの歩く道を作ろう』
息をつくと、アミカナは、それまで睨んでいたメモをテーブルの上に投げ出した。
……相変わらず、訳の分からないことをやってくれるわね、奴ら……
メタクニームに心の中で悪態をつくと、顔を上げた彼女は店内を見渡した。彼女ら以外の客は一組だけだった。そのまま、窓の外に目をやる。非常線から離れているこの辺りでさえ、街を歩く人は殆どいなかった。昨日の百貨店での惨事の影響であることは間違いなかった。
苦い思いを紛らわすために、彼女はテーブル横に置かれたメニューを手に取った。ゆっくりとページをめくる。月曜日とは違う系列のファミレスだったため、メニューも色々と異なっていた。
……ほんとに、美味しそうなものばっかり……
口に含むくらいならいいのだろうか?……ふと考える。で、その後はどうする? 志音の目の前で吐き出す? いや、それより、誘惑に負けて飲み込む自分の姿を想像して、彼女は苦笑した。不純物警報が鳴るわね……
そして、日中のチタンプレートの件で、少しだけ――ほんの少しだけ、感傷的な気分になっていたのかも知れない。彼女は、お子様メニューのページもめくっていた。
……お子様ランチ……
細々としたおかずが周りに散りばめられた、半球状のケチャップライス。その上には、日本の国旗が立っていた。
……何で旗が立ってるの?……
食べられるようには見えない。お祝いの飾りとか、そういう感じ?……
メニューの写真を眺めていた彼女は、ふと歌詞のメモを手に取った。もう一度、写真の旗を見る。
……赤い……一つ目?……
「どう? 何か食べたいもの見つかった?」
ドリンクバーから戻った志音は、メニューを見るアミカナに声を掛けた。彼女は驚いて顔を上げた。一瞬、戸惑ったような顔を見せたが、苦笑して肩をすくめる。
「別に」
そう言うと、アミカナは志音が手にしたカップの香りに気付いた。
「アールグレイね」
「ああ。未来にもあるの?」
「ええ」
そう言って、水の入った自分のグラスにも目をやる。
ふと、彼女は夕暮れの迫る窓の外を見つめた。
「……何だか、凄く懐かしい感じがする……」
「どうしたの?」
「……こうして、大切な人と紅茶を飲んだことがあって……」
窓の外を見たまま、彼女は答えた。
……大切な人?……。彼の胸は急にざわめいた。
「その人は、私のことを心配して、無理に会いに来て、抱き締めてくれたの。最近のことのはずなのに、もう何年も昔のよう……」
彼女は目を細め、思い出を優しく包み込むような表情を見せていた。
「……大切な人って、彼氏?……」
なるべくそっけない感じで、志音は聞いた。
「彼氏?」
志音に目線を戻したアミカナは眉を顰めた。どうやら、未来ではそんな言い方はしないらしい。
「ええと、つまり……恋人?」
『恋人』という言葉を使うことに、志音には抵抗があった。それには、『彼氏』とは違い、しっかりとした重さがあるように感じたからだ。
アミカナは目を見開き、そして笑った。
「違うわ。そんな人がいればいいけど……」
そうして、再び窓の外に目をやる。
「……姉よ……双子の姉……」
「お姉さん……」
平静を装って、志音は息をついていた。その様子に、アミカナはちらりと彼を見た。安堵感をごまかすために、志音は紅茶に息を吹きかけた。
「姉は、私がこの仕事をすることを、自分のせいだと思っているようだった。それは違うと伝えたかったんだけど……多分伝わってない……」
そう言う彼女の悲しげなまなざしに、志音は何も言うことができなかった。彼女が、自分のことを話してくれたのは初めてだった。ただ、それは、志音が軽々に言葉をかけられるような内容ではなかった。彼女にも彼女の悩みがある――当たり前のことだったが、今日までの彼女の立ち振る舞いからは、それを窺い知ることはできなかった。
「……選択の権利は誰にでも与えられているのに、大切な時に、間違った選択をしてしまうのって、何故かしらね……。想いはあるのに、それを言葉にできない……」
彼女は呟いた。ふと、志音を見る。彼の表情に、彼女は苦笑した。
「ごめん! こんな話されても困るよね。香りって不思議。急に、あの時のことを思い出しちゃった」
彼女は水を飲み干した。
志音はテーブルの下で両手を組んだ。親指同士が擦り合される様子を眺める。
「……間違えたなら、修正すればいい……」
長く息を吸った後、彼は言った。自分の人生において、そんな風に考えたことはなかった。だから、後ろめたかった。それでも、自分ならそんな言葉をかけてもらいたかったはずだ。
志音は顔を上げて彼女を見た。
「帰ったら、もう一度伝えてみたら?」
彼女は一瞬目を瞠った。息を吸って何か言いかけたが、そのまま沈黙する。
「……そうね……ありがとう!」
やがて、彼女はにっこりと微笑んだ。空のグラスを志音に見せると、彼女はドリンクバーへと席を立った。
一人テーブルに残された志音は俯いた。「ありがとう」と言った彼女の瞳には、影が落ちたままだった。どう言えばよかったのだろうか。
……また間違った……
苦い思いに駆られる。一体どうすれば、その場で、その人が望む言葉で、人を励ますことができるのだろう。そうだ。彼女の言う通りだ。想いはあるのに、それを言葉にできない――。
アミカナは、ドリンクバーの前で空のグラスに氷を入れた。水を注ぐ。小さな、しかし鋭い音がして氷にひびが入り、ゆっくりとグラスの中で回り出した。彼女はそれを眺めていた。
『優良オリジナルの記録更新に』
ミカとの乾杯を思い出す。
……どうしてあんなことを……。
……もっと何か、言うことがあったはずだ……。
彼女が――以前の自分が、アミカナシリーズに疑念を抱いていたことは知っていたはずなのに。アミカナになってみて、はっきりと分かったことがある。コピーなどと簡単に言うが、この複製技術は途轍もないものだった。私が私であることを疑う余地のないほど、劣化を感じない。私と会ったミカなら、それに気付いたはずだ。そして、その、自分と変わらない私を切り捨てるという事実に。どうしてミカは会いに来てしまったのだろう?
……傷付くのはあなたの方なのに……
あの時、私は、あまりにも私のままで彼女と接してしまった。どう立ち振る舞えば、私は彼女を傷付けずに済んだのだろう。
選択の権利は誰にでも与えられている。しかし、『その時』は前触れもなく突然やって来る。
……どうすれば、その選択の瞬間に、自分の想いを、誤解なく相手に伝えることができるのだろう……
『帰ったら、もう一度伝えてみたら?』
さっきの志音の言葉を思い出す。苦笑すると、彼女は呟いた。
「……そうね……帰れたらね……」
お読み頂きましてありがとうございます。次の番外編に関しては、「時間戦士は永遠の夢を見るのか・時系列まとめ」で[2/25公開予定]という箇所を探して下さい。ここまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。




