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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
1,三人の旅
8/9

最初のカラー





 数日後。

 ルーンたちは遺跡に到着した。


 遺跡は、森を抜けた先にあった。

 石造りの門は半ば崩れ、長い年月を経た苔と蔦が絡みついている。

 かつて人の手で築かれたはずの場所は、今では自然に飲み込まれ、静まり返っていた。


 三人は、遺跡の出入り口から少し離れた場所で足を止める。

 彼女たちの視線の先。

 そこに――それはいた。


「……でっか」


 思わず、フィルが呟く。


 遺跡の入口を塞ぐように佇む巨大な魔獣。

 狼とも、熊ともつかない異形の身体。その額には、紫色の宝石が埋め込まれていた。不自然なほど、はっきりと。


「あれ、何?」


 首を傾げながらフィルが尋ねると、ルーンは視線を外さず、淡々と答えた。


「あれがカラーよ」

「……は?」


 間の抜けた声が漏れる。


「カラーが、そのままの姿でぷっかり浮遊しながら移動していると思ったの?カラーは世界そのもの。本来は私たち人間には見つかってはいけない存在なの。だからカラーは、移動する時には、陸地では魔獣に、海では船か…海に生息する魔獣に擬態するの」


 まるで、天気の話でもするかのような口調だった。


「そんなの聞いてないんだけど」

「聞かれていないし、言ってもいないからね」


 即答だった。

 フィルは思わずシオンを見るが、彼もまた無言で魔獣を見据えていた。


 目の前にいるあれは、普通の魔獣とは違う。

 額に埋め込まれた紫色の宝石。

 そして――普通の魔獣とはあきらかに違う禍々しい気配が周囲に漂っていた。


「……震えてるわね」


 ルーンが低く言った。


 魔獣の身体は、よく見ると小刻みに震えていた。怒りではない。恐怖か、あるいは――苦痛。


「何故わかる?」

「感じるのよ。ブルーテイルを通して、…あの子の感情が伝わってくる」


 ルーンはブローチに手を伸ばす。


 指先が触れた瞬間、淡い光が灯り、掌の上に小さな存在が現れた。


 ブルーテイル。

 しかし、その姿は以前よりも弱々しく、苦しそうに身を丸めている。


「……やっぱり」


 ルーンは眉をひそめた。


「あのカラー、かなり怯えているわ」

「怯えてるって、何に?」

「それはわからない。けれど、その怯えが歪みとして出てる。早く何とかしないと」


 一歩、前に出る。

 ガサリ、と足元の草が鳴った。


 次の瞬間、巨大な魔獣がこちらを向く。


「――――――ッ!!」


 空気を震わせる咆哮。

 遺跡の壁に反響し、森の奥へと響き渡る。


 魔獣は牙を剥き出しにし、威嚇するように前脚を踏みしめた。

 紫の宝石が、不規則に明滅する。


 それを合図にするかのように、シオンとフィルも同時に前へ出た。

 フィルは盾を構え、ルーンの前に立つ。シオンは剣を抜き、その横に並んだ。


「後ろにいろ、ルーン」


 シオンが短く言う。


「分かってる。私はいつものように補助に回るわ」


 ルーンは頷き、ブルーテイルを守るように胸元へ引き寄せた。


[グルルルルッ]


 再び、魔獣が低く唸る。

 魔獣が、地を蹴った。


 巨体に似合わぬ速度で距離を詰め、鋭い爪を振り下ろす。


「来るよ!」


 フィルが叫び、盾を前に突き出した。


 ガン、と重い衝撃が盾を打ち、地面がえぐれる。

 両腕に痺れが走るが、フィルは歯を食いしばって踏みとどまった。


「ちょ、何この力っ……!」

「無理するな、下がれ!」


 シオンが一歩前に出る。

 魔獣の注意がフィルに向いている隙を突き、剣を振り抜いた。

 刃が魔獣の側面を裂き、黒い血が飛び散る。


 だが――


「っ、……!」


 浅い。

 明らかに、普通の魔獣よりも防御が高い。


 魔獣は怒りの咆哮を上げ、身体を捻って尾を振るう。シオンは後方へ跳び、ギリギリでかわした。

 その瞬間、地面に魔法陣が展開される。


「動きを止めるわ!」


 ルーンの声と同時に、紫がかった光が魔獣の足元を縛り上げる。

 炎ではない。拘束系の魔法だった。


[グアアアッ!!]


 魔獣が苦しそうに唸り、身体を震わせる。

 額の宝石が、激しく明滅した。


[……っ!]


 ルーンは胸元を押さえる。

 ブルーテイルが、掌の中で苦悶の声を上げていた。


「大丈夫。もう少しの辛抱だから…。頑張って」

[………っ]


 魔獣が再び暴れ、魔法陣を引きちぎる。


「フィル!」


 シオンは即座に判断した。


「フィル、前に出るな。盾で押さえろ」

「了解!」


 フィルは盾を構え直し、真正面から魔獣を受け止める。


「シールドアタック!」


 盾が光り、突進。

 巨体がよろめいた、その一瞬。


「シオン!今だ!」

「っ…!」


 シオンが踏み込み、剣を深く振り抜いた。

 急所は狙わず、あくまでも動きを止めることだけを意識して、彼は剣で魔獣の身体を斬り裂いた。

 額の宝石の光が弱まる。


「……、紫の精霊よ」


 ルーンの足元に、これまでで最も大きな魔法陣が展開される。

 ブルーテイルが、淡く光った。

 その光が、魔獣の額へと伸びる。


「大丈夫、落ち着いて。…あなたは戦うためにあるのではないわ」


 魔獣の動きが、止まった。

 咆哮が、悲鳴に変わる。

 身体を覆っていた魔獣の形が、ひび割れるように崩れていく。


 黒い影が剥がれ落ち――

 次の瞬間。

 そこに残ったのは、ただ一つ。

 紫色に輝く宝石。


 空中に、ふわりと浮かんでいた。

 振動も、咆哮もない。

 ただ静かに、淡く光を放っている。


「………」


 シオンは剣を下ろし、息を吐いた。

 フィルも盾を下ろし、呆然と宝石を見上げる。


「これが?」


 ルーンが一歩前に出る。

 その宝石を、まっすぐに見つめて。


「ええ」


 静かに、そう答えた。


「これが……カラーよ」


 遺跡の前に、静寂が戻る。


 戦闘は終わり、

 世界を巡る“色”が、その姿を現していた。



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