最初のカラー
数日後。
ルーンたちは遺跡に到着した。
遺跡は、森を抜けた先にあった。
石造りの門は半ば崩れ、長い年月を経た苔と蔦が絡みついている。
かつて人の手で築かれたはずの場所は、今では自然に飲み込まれ、静まり返っていた。
三人は、遺跡の出入り口から少し離れた場所で足を止める。
彼女たちの視線の先。
そこに――それはいた。
「……でっか」
思わず、フィルが呟く。
遺跡の入口を塞ぐように佇む巨大な魔獣。
狼とも、熊ともつかない異形の身体。その額には、紫色の宝石が埋め込まれていた。不自然なほど、はっきりと。
「あれ、何?」
首を傾げながらフィルが尋ねると、ルーンは視線を外さず、淡々と答えた。
「あれがカラーよ」
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
「カラーが、そのままの姿でぷっかり浮遊しながら移動していると思ったの?カラーは世界そのもの。本来は私たち人間には見つかってはいけない存在なの。だからカラーは、移動する時には、陸地では魔獣に、海では船か…海に生息する魔獣に擬態するの」
まるで、天気の話でもするかのような口調だった。
「そんなの聞いてないんだけど」
「聞かれていないし、言ってもいないからね」
即答だった。
フィルは思わずシオンを見るが、彼もまた無言で魔獣を見据えていた。
目の前にいるあれは、普通の魔獣とは違う。
額に埋め込まれた紫色の宝石。
そして――普通の魔獣とはあきらかに違う禍々しい気配が周囲に漂っていた。
「……震えてるわね」
ルーンが低く言った。
魔獣の身体は、よく見ると小刻みに震えていた。怒りではない。恐怖か、あるいは――苦痛。
「何故わかる?」
「感じるのよ。ブルーテイルを通して、…あの子の感情が伝わってくる」
ルーンはブローチに手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、淡い光が灯り、掌の上に小さな存在が現れた。
ブルーテイル。
しかし、その姿は以前よりも弱々しく、苦しそうに身を丸めている。
「……やっぱり」
ルーンは眉をひそめた。
「あのカラー、かなり怯えているわ」
「怯えてるって、何に?」
「それはわからない。けれど、その怯えが歪みとして出てる。早く何とかしないと」
一歩、前に出る。
ガサリ、と足元の草が鳴った。
次の瞬間、巨大な魔獣がこちらを向く。
「――――――ッ!!」
空気を震わせる咆哮。
遺跡の壁に反響し、森の奥へと響き渡る。
魔獣は牙を剥き出しにし、威嚇するように前脚を踏みしめた。
紫の宝石が、不規則に明滅する。
それを合図にするかのように、シオンとフィルも同時に前へ出た。
フィルは盾を構え、ルーンの前に立つ。シオンは剣を抜き、その横に並んだ。
「後ろにいろ、ルーン」
シオンが短く言う。
「分かってる。私はいつものように補助に回るわ」
ルーンは頷き、ブルーテイルを守るように胸元へ引き寄せた。
[グルルルルッ]
再び、魔獣が低く唸る。
魔獣が、地を蹴った。
巨体に似合わぬ速度で距離を詰め、鋭い爪を振り下ろす。
「来るよ!」
フィルが叫び、盾を前に突き出した。
ガン、と重い衝撃が盾を打ち、地面がえぐれる。
両腕に痺れが走るが、フィルは歯を食いしばって踏みとどまった。
「ちょ、何この力っ……!」
「無理するな、下がれ!」
シオンが一歩前に出る。
魔獣の注意がフィルに向いている隙を突き、剣を振り抜いた。
刃が魔獣の側面を裂き、黒い血が飛び散る。
だが――
「っ、……!」
浅い。
明らかに、普通の魔獣よりも防御が高い。
魔獣は怒りの咆哮を上げ、身体を捻って尾を振るう。シオンは後方へ跳び、ギリギリでかわした。
その瞬間、地面に魔法陣が展開される。
「動きを止めるわ!」
ルーンの声と同時に、紫がかった光が魔獣の足元を縛り上げる。
炎ではない。拘束系の魔法だった。
[グアアアッ!!]
魔獣が苦しそうに唸り、身体を震わせる。
額の宝石が、激しく明滅した。
[……っ!]
ルーンは胸元を押さえる。
ブルーテイルが、掌の中で苦悶の声を上げていた。
「大丈夫。もう少しの辛抱だから…。頑張って」
[………っ]
魔獣が再び暴れ、魔法陣を引きちぎる。
「フィル!」
シオンは即座に判断した。
「フィル、前に出るな。盾で押さえろ」
「了解!」
フィルは盾を構え直し、真正面から魔獣を受け止める。
「シールドアタック!」
盾が光り、突進。
巨体がよろめいた、その一瞬。
「シオン!今だ!」
「っ…!」
シオンが踏み込み、剣を深く振り抜いた。
急所は狙わず、あくまでも動きを止めることだけを意識して、彼は剣で魔獣の身体を斬り裂いた。
額の宝石の光が弱まる。
「……、紫の精霊よ」
ルーンの足元に、これまでで最も大きな魔法陣が展開される。
ブルーテイルが、淡く光った。
その光が、魔獣の額へと伸びる。
「大丈夫、落ち着いて。…あなたは戦うためにあるのではないわ」
魔獣の動きが、止まった。
咆哮が、悲鳴に変わる。
身体を覆っていた魔獣の形が、ひび割れるように崩れていく。
黒い影が剥がれ落ち――
次の瞬間。
そこに残ったのは、ただ一つ。
紫色に輝く宝石。
空中に、ふわりと浮かんでいた。
振動も、咆哮もない。
ただ静かに、淡く光を放っている。
「………」
シオンは剣を下ろし、息を吐いた。
フィルも盾を下ろし、呆然と宝石を見上げる。
「これが?」
ルーンが一歩前に出る。
その宝石を、まっすぐに見つめて。
「ええ」
静かに、そう答えた。
「これが……カラーよ」
遺跡の前に、静寂が戻る。
戦闘は終わり、
世界を巡る“色”が、その姿を現していた。




