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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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偏食の原因





 窓から差し込む柔らかな光に、フィルはゆっくりと目を覚ました。

 まぶたをこすりながら体を起こし、小さく欠伸をひとつ。

 寝ぼけ眼のまま部屋を見渡すと、そこにいるはずのルーンの姿が見当たらなかった。


「……るーん?」


 どこに行ったんだろう――そう思いながら、フィルはベッドを降りて部屋を出る。


 廊下に出た瞬間、ふわりとパンの香りが鼻先を掠めた。

 導かれるように足を進めていくと、リビングのテーブルに一人、リースレッドが腰掛けていた。彼は無言で、小さな丸いパンを口に運んでいる。


「っ、…」


 その姿を見た途端、フィルの肩がぴくりと震えた。

 気配に気づいたのか、リースレッドがゆっくりとこちらを向く。


「お、おはようございます」


 フィルは少し震えた声で挨拶した。


「……ああ」


 短い返事だけを残し、リースレッドは手にしていたパンを口へ放り込む。


「お、お兄さんひとりで?」


 恐る恐る尋ねると、リースレッドはテーブルのバスケットから新しいパンを取り上げ、やはり短く答えた。


「えと、ル…ルーンは?」

「ルーンは出掛けている」

「あ、……そうですか」


 どうやら、ルーンは外出中らしい。

 フィルはほっと息をつき、リースレッドの向かいの席に腰を下ろした。

 視線を落とすと、バスケットには小さな丸いパンがぎっしりと詰まっている。


 それ以外の料理は見当たらなかった。


「あの、パンだけですか?」


 再び問いかける。


 しかしリースレッドは答えない。

 まるで聞こえていないかのように、黙々とパンを食べ続けていた。


「(そういえば、昨日の夕食もパンだったな……)」


 フィルは手に取ったパンをかじりながら思った。


 しばらく食べ進めるうちに、口の中の水分が奪われていく。自然と、温かいスープのことが頭に浮かんだ。


「あの…スープ、ないんですか?」

「ない」


 淡々とした即答だった。


「パンだけじゃ飽きませんか?」

「スープがないんだったら、飲み物でもいいですよ」

「水でも構いませんから」


 次々と言葉を投げかけるが、リースレッドはそれ以上何も答えない。

 視線すら寄越さず、ただ機械のようにパンを食べ続けていた。


 そして何個目かのパンに手を伸ばしたところで、ようやく彼は口を開く。


「……何故、そこまでパン以外を食べたがる」


 低く落ち着いた声だった。

 フィルは一瞬きょとんとしたが、すぐに答える。


「何故って、そりゃ……パンだけじゃ物足りないからです」


 その言葉を聞いたリースレッドは、わずかに眉をひそめた。


「……食べられるものなんて、一種類あれば十分だろう」

「……おぅ」


 淡白すぎる返答に、フィルは目を丸くする。


「(もしかして……)」


 そこで、ふとした考えが頭をよぎった。


 ――もしかして、ルーンがパンしか食べなくなったのって、この人が原因なんじゃないだろうか。


 そんな疑念が浮かびかけた、そのとき。

 玄関の扉が開く音がした。

 振り向くと、朝の光を背にルーンが立っている。


「あ、おかえり。……と、おはよう。何処行ってたんだ?」


 フィルが声をかけると、ルーンは穏やかに微笑んだ。


「ただいま。それと、おはようフィル。……近くにある湖へ行っていたのよ」

「湖?」

「ええ。あそこで水浴びをするのが日課なの」


 そう言って、彼女はフィルの隣に腰を下ろし、バスケットからパンをひとつ取る。


 肩に乗っていたブルーテイルが、ひょいと彼女の肩から降りた。

 ルーンがちぎったパンを差し出すと、小さな体で器用に咥えて食べ始める。


 静かな咀嚼音だけが、しばらく部屋に満ちた。


 やがて、椅子の脚が床をこする音が響き、リースレッドが立ち上がる。


「俺はもう出る」


 それだけ言い残し、彼は扉を開けて外へ出ていった。


 ぱたん、と扉が閉まる。


 その背を見送りながら、ルーンが口を開いた。


「これを食べたら、私たちも出発しましょうか」

「もう出発か……」


 フィルは小さく呟いた。


 緑に囲まれたこの集落は、思っていた以上に居心地がよかった。

 静かで、空気が澄んでいて、どこか落ち着く場所だったのだ。


 名残惜しさをそのまま口にすると、ルーンは口元をやわらかく緩める。


「気に入ってくれたみたいでよかった」


 その微笑みは、どこか嬉しそうだった。


「長さんのところには行かなくていいのか?」

「ええ。今日は長様は忙しいらしくて、謁見は難しそうだから…」

「そっか」


 やがて二人はパンを食べ終え、手早く荷物をまとめる。

 家を離れ、集落の出入り口に立ったフィルは一度だけ振り返り、緑に包まれた集落の景色を目に焼き付けた。


 そして、そっと自分の掌を見つめる。

 そこには、銀色の輪と――苦しみもがく刻印。


 ――銀色の輪は万能じゃない。


 あの赤い髪の男性の言葉が蘇る。

 フィルは掌をぎゅっと握りしめ、眉をひそめた。


「(気を抜けば、また暴走するかもしれない……か)」


 胸の奥に小さな緊張が走る。


「(……強くならなきゃな)」


 その決意を胸に、フィルは前を向いた。



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