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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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攫われたフィラーラ




 二階。別室。


 壊れた家具の影に身を潜め、オルカとフィラーラは息をひそめていた。


 部屋の中央では、牙を剥き出しにした魔獣が低く唸りながら歩き回っている。

 床板がその重みに軋み、赤い瞳がぎらぎらと闇を舐めた。


「……まったく、ついてないね」


 オルカは肩を竦め、小さく舌打ちした。

 負傷した肩を押さえる指先には、じわりと血が滲んでいる。

 隣では、フィラーラが不安そうに眉尻を下げていた。


「あの魔獣……どこから来たの?」


 微かな声で問う。

 オルカは視線を魔獣から外さず答えた。


「この街の近くに森があるんだ。たぶん、そっから来たんだろうね。街に侵入してくる魔獣は、そんな珍しくもないよ」


 軽く言ってはいるが、状況は最悪に近い。


 魔獣は部屋から出ていく気配がない。

 まるで、ここに二人がいると知っているかのようだ。


 オルカは小さく舌打ちし、懐からナイフを取り出した。

 そして、それをフィラーラの手に押し込む。


「戦うすべがないと逃げられないからね。あたしが隙を作る。あんたはそれ持って逃げろ」

「! オルカは?」

「……あたしは戻るよ。男どもが心配だ」


 そう言って、オルカは物陰からそっと顔を覗かせた。

 魔獣は、こちらに背を向けている。


 ――今だ。


 腰を低く落とし、音を殺して歩き出す。

 鞘から短剣を抜き、呼吸を整えながら距離を詰める。


 射程圏内。


 次の瞬間、オルカは一気に踏み込み、短剣を振り抜いた。

 刃が魔獣の背に深く食い込む。


「ガアアアッ!!」


 凄まじい咆哮が室内を震わせた。


 魔獣は狂ったように腕を振り回し、周囲の家具を叩き壊す。

 破片が飛び散る中、オルカは身を翻してかわし、再び刃を突き立てた。


 どっと血が噴き出す。


 床に赤が飛び散り、オルカの体にもべっとりと付着した。


 だが――。


 魔獣の目がぎらりと光る。

 次の瞬間、太い腕がオルカの体を掴み上げた。


「……っ!」


 そのまま、容赦なく投げ飛ばされる。

 壁に全身を強打し、オルカは床へ崩れ落ちた。


「オルカ!」


 フィラーラが目を見開く。


 魔獣はゆっくりとオルカへ近づいていく。

 オルカは歯を食いしばり、起き上がろうとした。だが、腕に力が入らない。

 打ちどころが悪かったのか、体が思うように動かない。


「はっ、こりゃ…まずいね」


 魔獣の影が覆いかぶさる。

 このままでは、オルカが殺される。


「っ、」


 フィラーラはナイフを握りしめ、駆け出した。


 魔獣とオルカの間に飛び込み、小さな体で立ちはだかる。

 震える手で、ナイフを構えた。


「! あんた、何やって……!」


 オルカが掠れた声を漏らす。

 フィラーラは必死に魔獣を睨みつけた。


「オルカ、やらせない!」


 震えているのに、その瞳だけは逸れない。

 魔獣が咆哮し、赤い瞳を鋭く細めた。


 巨大な爪が振り下ろされる。

 ナイフで受け止めるには、あまりに重い。


 金属音が弾け、ナイフはあっさりと弾き飛ばされた。

 フィラーラの手から離れ、床を転がる。

 鋭い爪がかすめ、腹部に熱い痛みが走った。


「……っ!」


 血が滲む。

 フィラーラは思わずそこを押さえた。


「逃げろ!」


 オルカの叫び。


「いや!」


 フィラーラは首を強く振った。


 魔獣の腕が、再び持ち上がる。

 次は、腹部だけの怪我では済まない――。


 逃げたい。

 怖い。

 足が震える。


 でも、オルカを置いて逃げるなんてできない。


「…………」


 フィラーラは魔獣を見上げた。


 ――私が、戦えたら。

 ――シオンたちみたいに、力があれば。


 爪が振り下ろされる。

 フィラーラはぎゅっと目を閉じた。


 だが――。


 次の瞬間、耳に届いたのは自分の体が裂ける音ではなかった。


「グルァアアアッ!」


 魔獣の苦鳴。


 はっとして目を開く。


 視界いっぱいに広がったのは――大きな背中だった。


 フィラーラは息を呑む。


「……無事か」


 低く、静かな声が耳元に落ちる。


 その声を聞いた瞬間。

 フィラーラの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。



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