やはりすべて完璧は無理
夜も更け、宿屋の一室には橙色の灯りが揺れていた。
扉が開き、鉱山から戻ったジェイクたちが部屋へ入る。外套には薄く粉塵がつき、疲労の色は隠せないが、その表情には確かな手応えがあった。
「ほら、戦利品だ」
ジェイクがテーブルの上に置いたのは、三つの赤い鉱石。
いずれもガルシアの持つ鉱石とほぼ同じ大きさ。しかし形は三つ三様で、角ばったもの、やや丸みを帯びたもの、歪に尖ったものと統一感はなかった。
「……やっぱり、まったく同じ形のものは見つからなかったみたいだな」
「さすがにな。だから、俺たちは考えたんよ」
数時間に及ぶ採掘の末に出した結論は単純だった。
同じ大きさと色のものをある程度揃え、あとは加工で近づける。
「オレがなんとかするよ。少しずつ削って、整えて……この鉱石と寸分違わぬものを作る」
懐から赤い鉱石を取り出し、ガルシアは言った。
ドワーフの血が騒ぐのか、彼の目は静かに燃えていた。鍛冶職人や装飾職人を数多く輩出してきた種族にとって、精密な加工は得意分野だ。
「できるのか?」
「まぁ、多少の時間は掛かるけど、やってみる!」
彼は自前の道具を取り出し、作業に取りかかる。
「3つあるから、2回失敗できるな」
「余計な事は言うな」
カン、カン、カン――。
小気味よい音が部屋に響く。
赤い石の表面を少しずつ削り、形を整えていく。
火花が小さく散り、削り粉が机に落ちた。
その間、シオンたちは特にやることもないので、椅子に腰かけて他愛のない会話をしていた。
鉱山の様子、雪原へ向かう準備のこと、街の料理の味。
ジェイクが大袈裟に語る採掘中の出来事に、フィラーラがくすりと笑った。
「…………」
シオンはそんなやり取りを聞きながらも、どこか落ち着かない感覚を拭えずにいた。
昼間、雑貨屋で出会ったあの男女。彼らから感じた気配が、昨日の夜に感じた気配と同じだったのが気になる。
まさか、彼らが自分たちを見張っていた?
何のために――?
「ん?どうした、シオン?」
「……いや」
カン、カン、カン――。
心地よい音が続く。
ガルシアが加工を始めてから、およそ一時間が過ぎた頃だった。
バリンッ!
突如、窓ガラスが軋む音と共に、何かが室内へ投げ込まれる。
それは床に転がった。
次の瞬間――眩い閃光が、部屋を白く塗り潰す。
「っ……!」
視界が焼きつくように白く弾け、シオンは思わず目を覆う。ジェイクも呻き声をあげ、椅子を蹴倒す音が響いた。
「ちょ、何これ!手元が狂うんだけど!!」
ガルシアの怒声。
その直後、鋭い悲鳴が部屋を裂いた。
「きゃあっ――!」
「っ、フィラーラ!」
フィラーラの悲鳴。
声を聞いて、シオンは叫んだ。
視界はまだ霞んでいる。
「助けて!」
窓の方から、助けを呼ぶ必死な声。
続いて足音が遠ざかる。
ぼやけた視界の端に、男がフィラーラを肩に担ぎ、窓から飛び出す姿が微かに映った。
「っ、待て――!」
やがて光が収まる。
シオンは迷わず窓へ駆け寄り、身を乗り出した。夜の街路を見渡すと、街の出入り口の方へ走っていく影がひとつ。
「くそっ…」
舌打ちをし、シオンは眉をひそめた。
「ん?」
そこで、ジェイクは床に転がった小さな筒状の物を拾い上げる。
「何だこれ……?」
「それ、閃光弾だ!」
「せんこう……?」
ガルシアが言う。
「ドワーフ族がよく使う道具だよ。普通は魔獣と遭遇した時に使うものなんだけど、…まさかこんな形で使うやつがいるなんて。失明したらどうするのさ、まったく!」
聞き慣れない名に、シオンとジェイクは顔を見合わせる。
「これ、どう思うよ?」
「…………」
シオンは顎に手を添えて考える。
脳裏に、昼間の二人組の姿がよぎった。
「…ガルシア、加工を続けられるか?」
シオンは振り返らずに問う。
「う、うん。大丈夫」
「頼む」
短く言い残し、シオンは剣を掴んだ。
ジェイクはすでに扉へ向かっている。
「行くぞ」
「ああ…!」
低く呟き、二人は部屋を飛び出した。




