ドワーフの少年
──時は少し遡る。
ルーンとフィルが集落へ辿り着く前――
港町を離れ、街道を歩いていたシオン、ジェイク、フィラーラは、道中の他愛ない会話を交わしながら穏やかな時間を過ごしていた。
「地図によると、街まではここからまっすぐだよな」
「ああ」
「どんなところなんだろう。わたし、楽しみ!」
シオンたちの前を歩きながら、フィラーラは口元を緩ませる。
「あっ」
すると、突然彼女は足を止めた。
勢いよく背中にぶつかりそうになり、シオンたちも慌てて立ち止まる。
「ちょ、急に止まるな!」
「どうした?」
「あれ」
指を差す。
彼女の視線の先。
街道脇に、うつ伏せで倒れている少年の姿があった。
三人は素早く駆け寄る。
「なんだこいつ?」
「だいじょうぶ?」
近くでしゃがみ込み、フィラーラが少年の肩を揺する。
「うぅ……」
微かな呻き声。指が動いた。
「み、水を……」
「みず!シオン!」
シオンは迷わず、荷物袋から水筒を取り出す。
「ほら。ゆっくり飲め」
少年を支えながら、慎重に水を与えた。
最初はわずかに口を湿らせるだけだったが、やがて喉を鳴らし始める。
「……こいつ、ドワーフだな」
まじまじと観察し、ジェイクが言う。
確かに、がっしりとした体格と独特の耳飾りはドワーフの特徴だった。
「旅支度に失敗して生き倒れってパターンだな、こりゃ」
「? …ねぇ。おと、する」
「あ?音?」
「どこからだ」
「あっち」
フィラーラが言い、耳を澄ませる。
次の瞬間、遠くから複数の足音が響いた。
鎧の擦れる音。
武装した男たちが馬に乗って街道を駆けてくる。
「!?」
その音を聞いた少年は、パッと顔を上げた。
「ヤバい!や、やつらだ……!」
「やつら?」
「こんなとこで倒れてる場合じゃない!逃げないと!」
「! おい、待て!」
水筒を持ったまま、走り去ろうとする少年をジェイクが止める。
シオンは、すぐさま状況を確認した。
近付いてくる数は、五。
装備は統一されている。
おそらく、戦闘に慣れた一団だろう。
そして、彼らから漂ってくる殺気めいた気配。
「────」
シオンは眉をひそめて、剣の柄に手を添えた。
「ジェイク、いつでも動けるように構えておけ」
「は?」
「フィラーラはそいつを連れて後ろに下がれ」
低く、迷いのない指示。
真剣な表情のシオンを見て、二人は即座に動いた。
距離を詰め、先頭の白い馬に乗った銀鎧の男が声を張り上げる。
「おい、そこの者たち!そのドワーフを渡せ!」
シオンは、一歩前に出る。
「こいつに何の用だ」
静かな声音。
男は舌打ちする。
「そいつは我々の国から大事な宝である宝石を盗み出した罪人だ!大人しく渡してくれれば貴殿らに手出しはしないと約束しよう!」
「う、嘘言うな!これは元々オレたちの宝だ!盗んだのはそっちだろ!」
少年は震えながらも、口を開いて反論する。
「なんだと罪人が!!」
男たちが一斉に抜剣する。
「今度は"処刑地"送りだけじゃ済まないぞ!お前ら、奴を捕まえろ!!」
その言葉を合図に、男たちは手綱を引く。
馬が地面を蹴り、更に距離を詰めてきた。
シオンは動かず、じっと彼らが近付いてくるのを見つめる。
「先に行くぜ、シオン!」
拳を構え、ジェイクが飛び出す。
勢いよく迫る男たちのひとりを、上空からの攻撃で馬から強引に引きずりおろした。
「怯むな!まずその男から黙らせろ!」
「おお、いいぜ!どっからでも掛かってこいよ、雑魚ども!この拳で全員もれなく蹴散らしてやらぁ!」
男たちの敵意がジェイクに集中する。
男たちとジェイクの戦いをしばらく見つめ、シオンは剣の柄を握り、意識を集中させた。
「───」
腰を落とし、短く息を吐く。
視線をまっすぐ男たちの方へ向け、そして、駆け出すと同時に素早い動きで剣を振り抜いた。
剣を抜く動作は最小限。
無駄のない一閃。
蛇のように男たちの間をすり抜け、彼らの武器だけを正確に弾き飛ばす。
「なっ!?」
金属音が連続して鳴る。
突然、持っていた武器がひとりでに飛び、男たちは驚いた。
「くっ……!」
男の一人が体勢を立て直し、シオンへ向かって突進する。
シオンの目が鋭く細まり、身体を滑り込ませ、剣の腹で男を攻撃した。
衝撃で、男が馬から落ちる。
「な、なんだこいつら!強すぎる!」
「クソっ!…一時撤退する!態勢を立て直して出直すぞ!命拾いしたな、ドワーフの罪人!」
白い馬に乗った銀鎧の男が、左手をあげる。
その瞬間、男たちの足元に魔法陣が展開され、青い光が周囲を包み込むと共に彼らはその場から姿を消した。
光に目が眩み、その後、静寂が戻る。
男たちが消えたのを見ると、シオンたちはゆっくりと武器をおさめた。
「逃げやがった。何だったんだ、あいつら?」
ジェイクが小さく舌打ちをする。
「……大丈夫か」
少年に視線を向ける。
少年は震えながら頷いた。
「…さ、さんきゅー。助かったよ。…強いんだな、兄ちゃんたち」
でも、どうして助けてくれたんだ?
聞くと、シオンは淡々と答える。
「理由はどうであれ、子供を無理やり連れて行こうとするのは感心しないからな」
ジェイクが少年に近付く。
「お前、何で奴らに狙われてたんだ?罪人とか言われてたが…」
「それは……」
「さっき言ってた。…宝石?とかなんとか…」
フィラーラが頭を捻らせて、思い出すように言う。
少年は一瞬ためらい、服の内側から小さな包みを取り出した。
布の隙間から、鈍い光が漏れる。
そこにあったのは、赤い宝石だった。
「……!」
その宝石を見た瞬間、シオンが懐に隠し持つ"宝石"が呼吸するように静かに脈打つ。
「───、」
ただの鉱石ではない。
シオンは眉をひそめて、少年の持つ宝石を見つめた。




