それは過保護なのか
森の奥地に、足音が近づく。
荒れた木々の間を抜け、最初に姿を現したのはリースレッドだった。
その後ろに、集落の長が続く。
「……どうやら、気配はここで途切れておるの」
長が低く呟く。
リースレッドは周囲の惨状を一瞥した。
抉れた地面。砕けた岩。
濃く残る魔力の残滓。
「(何だこれは。何があった…?)」
鋭い視線が森の奥を捉える。
「!」
そして――見つけた。
少し離れた場所。
倒れた少年と、妹・ルーンの姿。
「ル――」
声を掛けようとして、リースレッドは口を止めた。
様子が、妙だ。
フィルは地面に寝かされたまま、片手を伸ばし、その指先はルーンの頬へ。
そしてルーンは、彼の方へ顔を向け、涙を流している。
「───」
暗がりの森。二人きり。
今にも抱き合いそうな距離。
それだけの情報で、リースレッドの脳裏には一つの仮説が浮かんだ。
瞬間、彼の姿が掻き消える。
刹那。
風を裂く速さで彼らとの距離を詰めた。
「――っ!」
気配に気づくより早く、リースレッドの手がフィルの胸ぐらを掴み、強引に引き上げる。
「貴様!何をしている!!」
フィルの身体が宙に浮く。
「……えっ!?」
「兄さん!?」
ルーンが目を見開く。
フィルも、何が起きたのかわからず、視界を揺らした。
「っ、え、お、お兄さん!?」
「貴様に兄と呼ばれる筋合いはない!!」
リースレッドの瞳は怒りに燃えている。
「弱っている振りをして、ルーンに手を出したのか!」
「は?ち、違っ……!」
力の入らない身体で抗うが、腕に力が入らない。
「に、兄さん!」
ルーンが慌てて立ち上がる。
「落ち着いて!違うの!フィルは、…えっと、あっ、わ、私を魔獣から守ってくれて、それで…!」
「魔獣から守った…?」
胸ぐらを掴む手に、さらに力がこもる。
「だからと言って、それが俺の大事な妹に手を出していい理由にはならんだろ!」
「ぐ、……うぅ…」
フィルの足が、地面から完全に浮いた。
「リースレッド」
そこで、低く、しかしよく通る声が響く。
長だ。
いつの間にか、長はリースレッドのすぐ後ろに立っていて、芯のある声で彼を落ち着かせる。
「手を離せ」
「しかし、長――」
「状況を見ろ」
静かな一言。
その声音には逆らえない重みがあった。
「…………」
リースレッドは息を荒げながら、周囲を見渡す。
破壊された森。
残る異様な魔力の痕跡。
そして、ボロボロの体のフィルと涙を流すルーン。
「……っ」
そこでようやく、怒りの色がわずかに揺らぐ。
それでも、簡単には納得できない。
「……本当に、何もなかったのだな?」
疑うような視線を、フィルへ向ける。
フィルは苦しそうに咳き込みながら答えた。
「……そんな余裕、……ないです……。余裕あったって、ないです……っ。はなしてください、ぐるじぃ」
ルーンがリースレッドの腕を掴む。
「本当に違うの。フィルは……私を守ろうとしてくれただけだから…」
その震える声に、リースレッドは一瞬言葉を失う。
「リースレッド」
長が、一歩前に出る。
静かながらも、強い声音。
「過保護もほどほどにせい」
「……」
「ルーンの言葉が真実ならば、この少年がいなければ、もっと被害が出ていた可能性もある」
リースレッドは歯を食いしばる。
しばらくの沈黙。
そして――
乱暴に、フィルを地面へ下ろした。
「……次に妙な真似をしたら、容赦せん」
低く告げる。
フィルは苦笑にもならない表情で、地面に手をついた。
「……げほっ…。き、肝に銘じておきます」
ルーンはほっと息をつき、再びフィルの側に膝をつく。
「フィル、大丈夫?」
「ああ…なんとか」
「……刻印は…?」
「…もう何ともない。…ブルーテイルのおかげだ」
「きゅうっ」
リースレッドと長には聞こえないように、小声でルーンとフィルは言葉をかわす。
リースレッドはその様子を見つめながらも、完全には視線を緩めなかった。




