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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
53/86

予兆





 岩壁を背に、フィルは荒い息を吐いていた。


 狼型の魔獣たちが、低く唸りながら円を描く。

 逃げ場はない。


「そんなに怖い顔をしないで」


 シエルはゆっくりと歩み寄る。


「私は貴方を傷付けに来たわけじゃないのよ」

「……………」


 何も言わず、フィルは睨む。

 掌の刻印が脈打つ。

 赤黒い光が滲み、鼓動のように明滅していた。


「それ、痛いでしょう?」


 シエルの視線が、まっすぐ右手へ落ちる。


「我慢しなくてもいいのよ」

「っ、」


 後ずさるが、すぐに岩壁に背が当たる。


「ねえ、フィル」


 シエルは狼たちに合図を送り、距離を保たせた。


「それはね、貴方を選んだの。貴方の“奥”にあるものに反応している」

「……何を言って」

「教えてあげる」


 そう言って、彼女は一歩踏み込んだ。

 フィルが右腕を抱え込むより早く――


 シエルの指先が、刻印に触れた。



 瞬間。



「――っ、ぁ゛ああああああッ!!」


 森に絶叫が響く。

 刻印が、弾けた。


 赤黒い光が爆発的に広がり、フィルの右腕を這い上がる。


「ぐ、う…あ゛ぁあっ!!」

「……ふふっ」


 シエルは一歩退きながら、恍惚と呟く。


「いいわ。いい声よ、フィル。もっと鳴いて、もっと私にその声を聞かせて」


 刻印は、彼女の魔力に強く反応していた。

 抑え込まれていた何かが、無理やり引きずり出される。


「――が、…ぁ……あ゛あっ!!」


 フィルの視界が歪む。

 頭の中に、無数の声が流れ込む。


 ――“解き放て”

 ――“壊せ”

 ――“奪え”


「や、めろ……っ!」


 左手で右腕を掴む。

 だが、もう抑えきれない。

 赤黒い紋様が、腕から肩へ、首へと広がっていく。


 足元の地面が震え、魔獣たちが一斉に後退した。



 ──その時。



「フィル!!」


 森を裂くような声。

 ルーンが駆け込んできた。


 息を切らし、目を見開き、彼を見つめる。


「……ルー、ン……ッ」


 フィルの声は掠れていた。

 だが、刻印は止まらない。


 振り向いて、シエルは目を細めた。


「あら。来ちゃったのね、ダークエルフのお嬢さん」


 ルーンはシエルを睨みつけた。

 足元に魔法陣を展開しようとする。


「フィルから離れて!」


 しかし、その瞬間。

 刻印が、完全に脈打った。


「っ!?」


 ドクン――


 森の空気が、一瞬で重くなる。

 フィルの背後に、黒い影のようなものが立ち上る。


「……がっ、――ぁ、……!!」


 彼の瞳から、色が抜けていく。

 赤黒い光が爆ぜ、衝撃波が走った。


「きゃあ…っ…!」


 ルーンが吹き飛ばされ、地面に転がる。

 展開していた魔法陣がかき消えた。


「……さぁ、踊りなさい。フィル」


 シエルが小さく呟く。

 フィルの身体がゆっくりと宙に浮く。


 刻印は、もはや紋様ではない。

 それは“開いた門”のように、禍々しい光を放っていた。


「フィル!」


 起き上がって、ルーンが叫ぶ。

 だが、少年の瞳は彼女を映していなかった。


 森の奥地に、異様な圧が満ちる。




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