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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
52/78

危険





「……っ」


 次の瞬間、フィルは迷わなかった。

 集落に迷惑はかけられない。


 その一心で、彼は窓へと駆け寄る。

 背後でシエルが何か言いかけたが、振り返らない。


 窓枠に足をかけ、そのまま外へ飛び出した。

 地面に転がるように着地し、すぐさま立ち上がる。


「(──走れ!)」


 ただそれだけを考えて、フィルは駆け出した。


 遠くへ。遠くへ。遠くへ。

 息が切れても、足がもつれても、止まらない。

 木々の間を抜け、根を飛び越え、枝が頬を掠める。

 胸の奥で心臓が暴れ狂っていた。


「(とにかく、集落から離れないと……!)」


 背後から、低い咆哮が響く。


「――っ!」


 振り返らなくてもわかった。


 草木を掻き分ける音。

 複数の足音。


 シエルが召喚した狼型の魔獣たちが、一直線に追ってきている。

 獣の唸り声が森に反響し、恐怖を増幅させる。


 その瞬間、右の掌が灼けるように痛んだ。


「う、ぁ……!」


 刻印が赤黒く光り出す。

 まるで“彼ら”に呼応するかのように。


「(やめろっ……反応するな……!)」


 歯を食いしばり、左手で右腕を強く掴む。

 痛みを押し潰すように、力任せに握り締めた。


 それでも、刻印は脈打つ。


 戦え、戦えと、頭の中で声が響いていた。



+


「はぁ、はぁ……っ」


 どれだけ走ったのか、わからない。

 やがて視界が開け、森が途切れる。

 その先に聳えていたのは、巨大な岩壁だった。


 フィルは足を止める。


「……はぁ……っ、は……」


 荒い呼吸のまま、崖を見上げる。


 高い。

 登れるような足場はない。

 行き止まりだ。


「嘘だろ…っ」


 眉尻が、力なく下がる。


「どうやら、ここまでのようね」

「!」


 その時、背後から柔らかな声が落ちた。

 フィルの肩がびくりと震える。


 振り返ると、そこには灰色の長い髪を揺らす女性――シエル。

 その周囲には、狼型の魔獣たちが唸り声を上げながら取り囲んでいる。


 岩壁に背をつけ、フィルは眉をひそめた。


「……っ」

「逃げ場はもうないわよ、フィル」


 シエルは穏やかに告げる。

 その瞳は、獲物を追い詰めた捕食者のものだった。


 刻印の痛みが、さらに増す。

 赤黒い光が掌から滲み出し、脈動する。


「ぐ……ぁ……!」


 左手で右腕を掴み、さらに強く握る。

 爪が食い込むほどに。


「(駄目だ……飲まれるな……!)」


 だが、魔獣たちの気配とシエルの存在が刻印を刺激していた。


 森の奥地に、緊迫した空気が張り詰める。



+


 その頃――


 湖で水浴びを終えたルーンは、夕闇の中を歩き、自宅へ戻ってきた。


 扉を開け、静かに中へ入る。


「……(フィル、まだ眠ってるかしら)」


 そう思いながら、彼がいるであろう自室に足を踏み入れた瞬間、ルーンは違和感に眉をひそめた。


 フィルがいるはずのベッドは空。

 出掛ける前には開いていなかった窓が、今は開いている。


「……?」


 首を傾げる。


 目を覚ましたフィルが、窓を開けたのだろうか。

 それなら、他の部屋にいるかもしれない。

 そう思い、家の中を歩き回る。


「フィル?」


 台所。物置。裏口。

 しかし、探してもフィルは何処にもいなかった。


「何処に行ったのかしら…?」


 再び寝室に戻り、頭を悩ませながら開いたままの窓に近づく。


 窓の縁に手を置いた、その瞬間。


「……っ」


 妙な気配を感じ取った。

 フィルのものではなく、冷たい、よそ者の気配。


 彼以外の“誰か”が、先程までここにいた――?


「………」


 もしかしたら、フィルがいなくなった事と関係があるかもしれない。


 ルーンの表情が変わる。

 足元に淡い光が走り、魔法陣が静かに展開する。


「…………」


 目を閉じ、意識を集中させる。

 森全体に、微かな糸のような感覚を張り巡らせた。


「(フィル、何処行ったの?)」


 不安が胸を締めつける。


 やがて――脳裏に、ひとつの光景が浮かんだ。


 森の奥。複数の魔獣。

 そして、杖を持つ灰色の髪の女。


「……!」


 ルーンは目を見開く。


「フィル……!」


 魔法陣が消える。

 次の瞬間、彼女は家を飛び出していた。



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