"見ている者"
ルーンの家を出たリースレッドは、集落の中を静かに歩いていた。
木々の間を縫う小道を抜け、やがて広場へと足を踏み入れる。
昼下がりのはずなのに、どこか空気が重い。
リースレッドは立ち止まり、周囲を見回した。
「(……妙だ)」
耳が、肌が、僅かな違和感を拾っている。
風の匂いが、いつもと違う。
「……何だ、この感じは」
そう呟き、次に視線を上げる。
空――集落の上空。
一羽の鳥が旋回していた。
ただの鳥に見える。だが、目を凝らした瞬間、リースレッドの表情が変わった。
「(……!)」
鳥の体に、黒く淀んだ気配が絡みついている。
生き物に自然と宿るものとは、明らかに違う。
「……あれは、まさか」
背筋に冷たいものが走る。
――まずい。
そう直感した瞬間、リースレッドは走り出した。
「っ、!」
広場を横切り、集落の奥へと駆ける。
その背中を、空の上の“目”が、静かに追っていた。
+
同じ頃。
集落から遥か離れた場所。
岩陰に腰を下ろした女性が、灰色の長い髪を風で揺らしていた。
彼女の視線は虚空を見つめているが、その“意識”は別の場所にある。
――鳥の目。
彼女は鳥の視点から、ダークエルフの集落を上空から見下ろしていた。
「……ふぅん」
女――シエルは、口元を緩める。
「まさか、こんなところにダークエルフの集落があるなんて。吃驚だわ」
視界の端に映る、木造の家々。
その中の一つ――ルーンの家で、意識が止まっていた。
「それに、あの子……ルーンって言ったかしら」
シエルはくすっと笑う。
「前にも見たけど……なるほどね。フィルが好きになるのもわかるわ」
唇に指を当てて、楽しげに目を細める。
「女の私でも、可愛らしいって思うもの。……食べちゃいたいくらい」
くすくすと笑った、その時だった。
――“シエル”
頭の奥に、直接声が響く。
その瞬間、シエルは笑うのをやめた。
「……わかってるわ」
視線を空に向けたまま、淡々と答える。
「目的は、あくまで“あの子”でしょ?」
――“余計な感情は持つな”
「はいはい」
シエルは肩をすくめる。
「でもね、私、吃驚しちゃったのよ。フィルがダークエルフと知り合ってたなんて、ちょっと予想外で」
――“関係ない。頃合いを見て接触しろ”
「わかってるって」
少し投げやりに返す。
「心配しなくても、ちゃんとやるわよ。へーき、へーき」
しばらくして、頭の中の声は消えた。
シエルは小さく息を吐き、肩を落とす。
「……まったく」
ぽつりと呟く。
「うちのボスは、せっかちなんだから」
そう言って、再び口元に笑みを浮かべた。
その瞳は――
遠くの集落と、そこにいる“少年”を、はっきりと捉えていた。




