旅の準備・2
フィリックはしばらく無言のままそれを見つめ、やがてゆっくりと息を吐く。
「……シオン」
低い声だった。
「お前、これが何か分かって持ってきたのか?」
シオンは、その質問に正直に答えた。
「伝説の秘宝だというのはわかる。だが、それくらいだ」
「お前が見つけたのか?」
「いや。フィルが見つけた。あいつは、これが何なのかわかってなかったが」
その言葉を聞いた瞬間、フィリックは眉間に深い皺を刻んだ。
二人の会話を聞いて、リリアは首を傾げて鉱石に触れようと手を伸ばした。
「綺麗…。師匠、何なんですかこれ?」
「おおっ、無闇に触ろうとすんじゃねぇ!」
しかし、触れる直前でフィリックに止められる。
「これはオリハナイトだ」
「おりは…?」
その名に、シオンは特に反応を示さない。
「世界に数個と存在しない鉱石だ」
フィリックが淡々と続ける。
「世界三大鉱石のひとつ。加工できる職人も限られ、流通すれば国家が動くほどの代物だが、三大鉱石の中でも、これは特に見つけにくいと噂されてるものでな。幻の鉱石とも呼ばれてる」
シオンは一瞬だけ鉱石を見下ろす。
説明を受けて、リリアは鉱石をまじまじと眺めた。
「へぇ。そんな貴重なものなんですね」
「お前、仮にも鍛冶職人だろ。これくらいわかんねぇでどうすんだ。知らなかった、で済む話じゃないぞ」
「……勉強不足ですみません」
フィリックは鋭く言い切る。
「これを、どこで拾った?」
「それは言えない」
即答だった。
一瞬、店内の空気が張り詰める。
だが次の瞬間、シオンは続けた。
「だが、あんたになら預けられる」
真っ直ぐな視線だった。
「俺が知ってる鍛冶師の中で、これを預けても売らず、黙っていてくれるのはあんただけだ」
フィリックは、しばらく黙っていた。
やがて、深く息を吐く。
「……信頼してくれんのはありがたいが、だいぶ厄介だな」
鉱石を布で包み、丁寧に箱へ納める。
「加工してくれてもいいと言ったが、これは大事に取っておくよ。さすがの俺も、これには手を出す勇気はねぇからな。……預かる期間は?」
「"刻が来るまで"と言っていた」
「とき?…誰に言われたんだ?」
「…………」
それ以上、シオンは何も言わなかった。
フィリックは箱の蓋を閉じ、シオンを見る。
「まあいい。確かにこれは預かった。誰にも見られない場所で保管しとくから、その"刻"っつうやつがきたら教えてくれ」
「ああ」
短い返事だったが、それで十分だった。
+
一方その頃。
市場の通りを歩きながらフィルは荷物袋を肩にかけ、隣を歩くルーンをちらりと見た。
「なあ」
「何?」
「ルーンの好きな食べ物って、何だ?」
唐突な質問だった。
「どうして?」
「食料を買うのに、参考にさ。買ったものの中に嫌いなものがあったら嫌だろ?」
「………」
ルーンは一瞬考え込むように視線を宙に向ける。
「……そうね。食べられるものはあるけれど、食べられないものの方が圧倒的に多いわ」
「あ、圧倒的?」
「ええ」
フィルは腕を組み、露店を見回す。
「えっと、干し肉は?」
「無理」
即答だった。
「塩が強すぎるわ」
聞いて、フィルは再び露店を見回す。
「じゃあ燻製魚」
「匂いが駄目」
「果物のジャムは?」
「酸味が合わない」
「煮込みスープ」
「油分が多い」
次々と指を差して食べられるかの確認を取るも、ルーンの答えはすべてNO。
フィルは足を止めた。
「……ちょっと待って。何なら食べられるの?いまんとこ全滅なんだけど!」
頭を抱えて唸る。
今度は彼女が露店を見回して、食べられるものはないかと探し始めた。
「………」
眉をひそめる。
そして、ひとつの店の前で視線を止め、指を差した。
「あれなら大丈夫よ」
ルーンが指差したのは、パン屋だった。
「小麦は平気だから」
「おっ」
少し希望が見えたフィル。
すぐにパン屋へと移動し、彼は目の前のパンを手に取った。焼き立てなのか少しだけ温かい。
「じゃあ、食料はパンで決まりだね。えっと…これはどうかな?中に肉入ってるけど?」
「無理」
「野菜が入ったのは?」
「味付け次第」
「辛い系は?」
「絶対駄目」
ここでも、ことごとく首を振るルーン。
パンは食べられるものの、その中にも彼女には食べられないものがあるようだ。
フィルは頭を抱えた。
これは相当に厄介だ。
「……好き嫌いが激しすぎる」
そのとき、ルーンの視線が一つの籠に止まる。
中には、小さなパンが並んでいた。
「これは何かしら?」
聞くと、店主が笑顔で答える。
「チョコレート入りのパンだよ」
「チョコレート…、甘さは?」
「ほんのり甘い程度だよ」
「…………」
「……ルーン?食べられるの見つけた?」
再び、眉をひそめる。
フィルが半信半疑で見ると、しばらくしてルーンは一度だけ頷いた。
「じゃあ、これをいただくわ」
「お。買ってくれるのかい?いくつ?」
「そうね。…長旅になるから…8個ほどいただこうかしら」
「あいよ。ちょっと待ってな」
店主は笑い、チョコレート入りのパンを紙袋に詰めていく。
テキパキとした作業音を聞きながら他のものを眺めていると、フィルがホッと息を吐く。
「……チョコレートのパン、好きなんだね」
「ええ。甘すぎるものは駄目だけど。…貴方も何か選んだら?」
「え?あ、えと…そうだね。じゃあオレは、スパイスパン3個とホットドッグ2つください。……あと、シオンには」
そう言って、フィルもパンを選び、店主に金貨を払う。
パンが大量に詰められた紙袋を両手に抱え、彼らはパン屋を離れて歩き出した。
「…これ、途中で飽きないか?」
「多分、大丈夫」
即答だった。
フィルは空を仰ぐ。
「シオンが聞いたら、絶対驚くな……」
パンの袋を抱えるルーンを見つめ、フィルはため息を吐いた。




