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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
49/77

歓迎…されてる?





「少しお腹すいたわね。何か持ってくるわ」


 フィルに話を聞いたあと、ルーンは小さく伸びをしてから言った。

 彼女が部屋を出ていき、扉が閉まると静けさが戻る。


 フィルはしばらくその場に座っていたが、やがてテーブルの上に置かれた本を引き寄せた。

 開かれているのは、あの刻印が描かれているページ。五つの紋様が並び、その下には細かい文字で説明が書かれている。


「………」


 フィルは、無意識のうちにそれを読み進めていた。


 ――五つの刻印には、それぞれに“意志”がある。

 ――刻印は依代に選んだ人間の魂を喰らい、その身体を乗っ取る。


 そこまで読んで、フィルの動きが止まった。


「……っ」


 胸の奥が、ひやりと冷える。


「(……読まなきゃ、よかった)」


 そう思いながらも、視線はページから離れない。

 眉をひそめ、頭の中で何度もその文章をなぞってしまう。


 ――魂を、喰らう。

 ――身体を、乗っ取る。


 フィルは本を閉じ、額に手を当てた。


「……………」


 ルーンは、この刻印について何か知っている。

 さっきの反応を思い出すだけでも、それははっきりしていた。


「……(あれは、本で読んだからってだけじゃないよな)」


 確証はない。

 でも、彼女は“もっと肝心なこと”を知っている気がする。


 ガチャ


 その時、部屋の扉が開く音がした。

 フィルは反射的に顔を上げて振り返る。


「……おかえ――」


 そう言いかけて、言葉が止まった。


 そこに立っていたのは、ルーンではなく、見知らぬ男性だったからだ。


「…………」


 フィルは、見知らぬ男性を見つめて固まる。

 相手もまた、部屋の中にいるフィルを見て、その場に立ち尽くしていた。


 青紫色の髪。

 鋭さを秘めた眼差し。


 ここにいるということは、彼もダークエルフなのだろう。


「……えっと……どなたで?」


 何か言わなければ。と思って出た言葉は、それだけだった。

 その言葉に、男性の眉がぴくりと動く。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……なるほど。お前が、ルーンが言ってた人間か」

「……ん?」


 フィルは首を傾げる。

 この人は、ルーンの知り合いなのだろうか。


 その時――


「……兄さん?」


 ルーンの声が聞こえた。

 男性が声の方に顔を持っていくと、そこにはパンの入ったバスケットを抱えたルーンが立っていた。


「何してるの、兄さん?」


 そう言って、男性を見る


 ──兄さん。


 その言葉を聞いて、フィルは内心で納得した。

 そして、焦る。


「(……この人、ルーンのお兄さん……!?)」


 慌てて、フィルは立ち上がった。


「長に許可をもらって、様子を見に来た」


 淡々とした声で、男性――ルーンの兄・リースレッドはルーンに告げる。


「様子って…、何も心配することなんてないわよ」


 それを聞いて、ルーンは小さく息を吐き、フィルの方へと歩み寄った。

 そして、彼にだけ聞こえるように小声で言う。


「……刻印の事は、兄さんには内緒ね」


 フィルは一瞬だけ目を瞬かせ、何も言わずに頷いた。

 そして、ルーンはそのままリースレッドの方を向き、フィルを紹介する。


「……紹介するわ、兄さん。彼はフィル。私の友達よ」

「は、はじめまして!」


 部屋の中に、張りつめた空気が流れる。


 リースレッドは、ルーンがフィルを紹介したあとも、すぐには何も言わなかった。

 ただ、鋭い視線でフィルを上から下までなぞるように見つめている。


 まるで――値踏みするように。


「…………」

「………、」


 フィルはその視線を正面から受け止めきれず、無意識のうちに肩を竦めた。

 背筋に、じわりと冷たいものが走る。


「(……こわい…)」


 声を出していないのに、心の中ではそう呟いていた。

 リースレッドは一歩、フィルの方へ近づく。


「…長が決定なされたことだ。文句はないが、本来ならば、この集落には人間…ダークエルフ以外の種族の立ち入りは許可されていない。これはルーンの願いだったからこそ叶えられたことだ。そうでなければ、お前のような人間、集落の外で魔獣どもの餌にしている」


 低く、感情を抑えた声だった。


「兄さん」


 ルーンがすぐに口を挟む。


「そんな言い方やめて。彼が怖がっているわ」

「…………」


 リースレッドは眉をひそめ、ちらりとルーンを見る。


「ルーン、何故人間をここへ連れてきた。ここは、人間風情が足を踏み入れていい場ではないのだぞ」


 その言い方には、はっきりとした不満が滲んでいた。


「兄さん、いちいち言い方がきついわ」


 ルーンは小さくため息をつく。


「彼は、私と一緒に旅をしてるの。危ないことなんてしないわ」

「一緒に旅、だと?」


 リースレッドは視線を再びフィルに戻す。


「…ルーン。何故、人間などに旅の同行を頼むんだ。同行者が必要だったのなら、この集落から誰か信用できる奴を連れていけばいいだろう」

「ダークエルフがぞろぞろ集団で外に出たら警戒されるわ。それに、この旅にはどうしてもダークエルフ以外の人の手が必要だったの」

「それなら、人間ではなく、せめてドワーフに頼め。俺が言っているのは、何故よりによって人間なんだということだ。人間など、信用に値する存在ではない」


 その言葉に、フィルの喉がひくりと鳴った。


「(……なんか、凄い嫌われてる……)」


 何か言おうとしても、言葉が出てこない。

 この場所で、自分が“よそ者”だという事実が、改めて突きつけられる。


「兄さん」


 ルーンの声が、少し強くなる。


「……私情を挟まないで。これは長様が決定したことよ。たとえ兄さんでも、口を出せることじゃないわ」


 その一言で、リースレッドの動きが止まる。


「もうこれ以上、彼を悪く言わないで。もし次に彼を侮辱するようなことを言ったら、二度と兄さんと喋らないからね」

「っ、」


 ルーンは腕を組み、じっと兄を睨みつける。

 リースレッドは一瞬、言葉に詰まった。


「兄さん、私、もう子どもじゃないわ」


 ルーンの声には、はっきりとした“鬱陶しさ”が滲んでいた。


「いつまでも守る側、守られる側って関係じゃないの。……いい加減わかって」


 その言葉に、リースレッドは目を細める。


「……お前は、昔から無防備すぎる」


 そう言ってから、彼は再びフィルを見る。


「だから、こういう人間に……」

「兄さん」


 ルーンは、ぴしっと遮る。


「やめて」


 部屋の空気が、ぴんと張りつめた。


 フィルは二人の間に挟まれて、完全に居場所を失う。


「(……オレ、ここにいていいんだよな……?)」


 足元が落ち着かず、視線も定まらない。

 そんなフィルを見て、リースレッドは小さく鼻を鳴らした。


「……おい、覚えておけ」


 彼はフィルに向かって、低く告げる。


「ルーンに何かあれば……その時は、俺は真っ先にお前を疑う」


 フィルの心臓が、どくりと跳ねる。


「……っ」


 声にならない息が漏れた。

 ルーンがすぐに一歩前に出る。


「兄さん、脅すみたいな言い方しないで」

「脅しではない。忠告だ」


 リースレッドは視線を逸らさない。


「……ルーンは俺たちの宝だ。集落にとっても、家族にとってもな」


 その言葉に、ルーンは小さく肩を竦めた。


「……余計な真似はするな」


 それだけ言い残して、踵を返す。

 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。



+


 しばらく、誰も言葉を発しなかった。

 フィルはようやく息を吐き、力なく肩を落とす。


「……怖…っ…」


 思わず本音が漏れる。

 ルーンはそんな彼を見て、苦笑した。


「ごめんなさい。兄さん、ああいう人なの」

「……オレ、あんな怖い人はじめてかも」


 ルーンはバスケットをテーブルに置きながら、小さくため息をつく。


「……心配してくれてるのはわかるんだけどね。ちょっとだけ、ううん……だいぶ鬱陶しいのよ。過保護なのよ、兄さんは」


 そう言って、パンを手に取り、一口。


 フィルは、まだ少し緊張したままで頷くことしかできなかった。



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