刻印
ルーンの家に入ると、外の森の気配が嘘のように消えた。
木と石で組まれた壁は厚く、ほの暗い室内には微かに薬草と紙の匂いが混じっている。
「こっちよ」
ルーンはそう言って、床にある隠し扉を開けた。
中へと続く階段を下りていくと、そこは地下室だった。
「……!」
明かりを灯した瞬間、フィルは思わず息を呑む。
地下室の壁一面には本棚が並び、その棚という棚に、ぎっしりと本が詰め込まれている。
それだけでは収まりきらず、棚と棚の間の床にも、山のように本が積み上げられていた。
「……すご。これ全部、ルーンの本?」
「いいえ。この本は全部、祖父が遺したものよ」
圧倒されながら、フィルは周囲を見渡す。
「(これ……火事になったら、一瞬で全部燃えそうだな……)」
そんなことを考えていると、ルーンはすでに本棚の前に立ち、何冊かを抜き出していた。
しばらくして、彼女は一冊の分厚い本を抱えて戻ってくる。
「あったわ。行きましょう」
「あ、うん」
そう言って、ルーンは階段を上がった。
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地下室を離れ、ふたりはルーンの自室へと向かった。
扉を開けた瞬間、フィルの視線はまず、ベッドの隣に置かれた大きなぬいぐるみに吸い付く。
クマ……にも見えるが、どこか形が歪で、全体に継ぎ接ぎが施されている。
相当古くからそこにあるのだろう。布は色褪せ、ところどころ糸がほつれていた。
「……」
フィルは一瞬、言葉を失う。
「フィル、そこに座って」
ルーンに言われ、ハッと我に返ったフィルは部屋の中央に置かれたテーブルの前に腰を下ろした。
地下室から持ってきた本をテーブルに置き、ルーンは静かにページをめくり始める。
ペラペラと乾いた音が部屋に響き、やがて、彼女の手が止まった。
「……あったわ。ここを見て」
「?」
開かれたページには、いくつかの図が描かれていた。
形は微妙に違うが、そこに並ぶ五つの紋様は――フィルの右手に浮かぶ刻印と、明らかに同系統のものだった。
「……これっ」
それを見た瞬間、フィルは目を見開く。
ルーンはその反応を見逃さず、ゆっくりと顔を上げた。
「フィル。正直に答えてちょうだい。……貴方、その刻印をどこで手にしたの?」
その声は、今までになく真剣だった。
「…………」
「どこで」と言われても、フィルには答えようがなかった。
彼は首を振り、視線を落とす。
「……オレにも、わかんない」
そう前置きしてから、ぽつりぽつりと続ける。
「この刻印は、いつの間にか現れたんだ。いつものようにベッドで眠ってたら、突然…。……それで、気が付いたら、あんな……」
フィルは言葉を切り、右手を見つめた。
そこに浮かぶ刻印は、今も確かに存在している。
「……」
黙り込んだ彼に、ルーンは眉をひそめる。
「あんな……?」
続きを促すように、低く問いかけた。
だが、フィルは何も言わない。
「フィル」
ルーンは少しだけ声を和らげる。
「これは、大切な事なの。思い出したくないでしょうけど……話して」
「…………」
フィルはゆっくりと顔を上げた。
視線の先には、まっすぐに自分を見つめるルーンがいる。
あの夜のことは、今でも頭の中に焼きついている。
忘れたくても、忘れられない出来事だった。
「…………」
しばらくの沈黙のあと――
フィルは小さく息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「……あの日、」
──それは、彼の掌に刻印が現れた日に何が起こったのかを語る、はじまりだった。




