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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
47/77

刻印





 ルーンの家に入ると、外の森の気配が嘘のように消えた。

 木と石で組まれた壁は厚く、ほの暗い室内には微かに薬草と紙の匂いが混じっている。


「こっちよ」


 ルーンはそう言って、床にある隠し扉を開けた。

 中へと続く階段を下りていくと、そこは地下室だった。


「……!」


 明かりを灯した瞬間、フィルは思わず息を呑む。

 地下室の壁一面には本棚が並び、その棚という棚に、ぎっしりと本が詰め込まれている。

 それだけでは収まりきらず、棚と棚の間の床にも、山のように本が積み上げられていた。


「……すご。これ全部、ルーンの本?」

「いいえ。この本は全部、祖父が遺したものよ」


 圧倒されながら、フィルは周囲を見渡す。


「(これ……火事になったら、一瞬で全部燃えそうだな……)」


 そんなことを考えていると、ルーンはすでに本棚の前に立ち、何冊かを抜き出していた。

 しばらくして、彼女は一冊の分厚い本を抱えて戻ってくる。


「あったわ。行きましょう」

「あ、うん」


 そう言って、ルーンは階段を上がった。



+


 地下室を離れ、ふたりはルーンの自室へと向かった。


 扉を開けた瞬間、フィルの視線はまず、ベッドの隣に置かれた大きなぬいぐるみに吸い付く。

 クマ……にも見えるが、どこか形が歪で、全体に継ぎ接ぎが施されている。

 相当古くからそこにあるのだろう。布は色褪せ、ところどころ糸がほつれていた。


「……」


 フィルは一瞬、言葉を失う。


「フィル、そこに座って」


 ルーンに言われ、ハッと我に返ったフィルは部屋の中央に置かれたテーブルの前に腰を下ろした。

 地下室から持ってきた本をテーブルに置き、ルーンは静かにページをめくり始める。


 ペラペラと乾いた音が部屋に響き、やがて、彼女の手が止まった。


「……あったわ。ここを見て」

「?」


 開かれたページには、いくつかの図が描かれていた。

 形は微妙に違うが、そこに並ぶ五つの紋様は――フィルの右手に浮かぶ刻印と、明らかに同系統のものだった。


「……これっ」


 それを見た瞬間、フィルは目を見開く。

 ルーンはその反応を見逃さず、ゆっくりと顔を上げた。


「フィル。正直に答えてちょうだい。……貴方、その刻印をどこで手にしたの?」


 その声は、今までになく真剣だった。


「…………」


「どこで」と言われても、フィルには答えようがなかった。

 彼は首を振り、視線を落とす。


「……オレにも、わかんない」


 そう前置きしてから、ぽつりぽつりと続ける。


「この刻印は、いつの間にか現れたんだ。いつものようにベッドで眠ってたら、突然…。……それで、気が付いたら、あんな……」


 フィルは言葉を切り、右手を見つめた。

 そこに浮かぶ刻印は、今も確かに存在している。


「……」


 黙り込んだ彼に、ルーンは眉をひそめる。


「あんな……?」


 続きを促すように、低く問いかけた。

 だが、フィルは何も言わない。


「フィル」


 ルーンは少しだけ声を和らげる。


「これは、大切な事なの。思い出したくないでしょうけど……話して」

「…………」


 フィルはゆっくりと顔を上げた。

 視線の先には、まっすぐに自分を見つめるルーンがいる。


 あの夜のことは、今でも頭の中に焼きついている。

 忘れたくても、忘れられない出来事だった。


「…………」


 しばらくの沈黙のあと――


 フィルは小さく息を吸い、ゆっくりと口を開いた。


「……あの日、」



 ──それは、彼の掌に刻印が現れた日に何が起こったのかを語る、はじまりだった。





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