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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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ダークエルフの集落





 数日後、一行の船は西の大陸の港へと辿り着いた。


 霧の向こうに姿を現したのは、黒々とした岩肌と深い森に囲まれた大地。空気はどこか湿り気を帯び、潮の香りに混じって、土と樹の匂いが漂ってくる。


「……ここが、西の大陸か」


 甲板に出たジェイクが低く呟く。

シオンも無言で頷きながら、ゆっくりと港を見渡していた。

 遠くには石造りの建物が立ち並び、その背後には鬱蒼とした森が広がっている。


 船が港に横付けされると、荷を下ろしながら一行は桟橋に降り立った。

 全員が船から降りたのを確認すると、フィラーラは船を小さくする。


「ここからは、別行動よ」


 ルーンがそう告げると、自然と皆の視線が彼女に集まった。


「私はフィルと一緒に、故郷の集落へ」

「で、俺たちは街ってわけだな」


 ジェイクが腕を組む。


「ええ。船の中でも言ったけど、防寒具と、それから必要な物資を揃えておいて。宿も取って、数日そこで待っていてちょうだい」


 フィラーラが一歩前に出て、柔らかく頷く。


「わかった。準備、しておく」


 シオンは少し迷うようにルーンとフィルを見たが、やがて小さく息を吐いて口を開いた。


「……気を付けろよ」

「ええ。貴方たちもね」


 そう言って、ルーンは微笑んだ。


 そして、ルーンとフィルは港を背にして森の方へ。

 シオン、ジェイク、フィラーラは、人の気配が濃くなる街の方へ。


 二つの背中は、それぞれの目的地に向かうため振り返ることなく歩き出した。



+


 森へ向かう道は、次第に人の気配が薄れ、土の匂いが濃くなっていった。

 木々は高く、枝葉が空を覆い、昼間でも薄暗い。


「……なんか、雰囲気変わったな。空気もちょっと重くなったような?」


 フィルが小さく呟く。


「ダークエルフの領域に近づいてる証拠よ。人間には、少し重く感じるかもしれないわね」


 そう言いながら、ルーンは迷いなく森の奥へと進んでいく。


 森の奥へと続く細い獣道を抜けた先に、ダークエルフの集落はあった。

 木々の根と岩を組み合わせるようにして造られた家屋が、円を描くように並び、どこか外界を拒むような静けさに包まれている。


「ここよ」


 集落の手前で、ルーンは足を止めた。


「……貴方は、ここで待っていて」


 そう言って、彼女はフィルの方を振り返る。


「私が先に話をつけてくるわ」

「えっ。こ、ここで…?」

「すぐ戻るわ」


 少しだけ怯えている様子のフィルを見て口元を緩ませながらそれだけ告げると、ルーンはひとりで集落の中へと足を踏み入れた。



+


 長の家屋は、集落の中央にあった。

 ひときわ大きく、木と黒い石で造られたその建物の前に立つと、ルーンは一度だけ深く息を吸い、扉を叩く。


「……失礼します」


 中に入ると、そこには長と、その傍らに立つひとりの青年がいた。

 鋭い眼差しを持つ、青紫色の髪のダークエルフの神官――リースレッド。


 ルーンの兄だ。


「……ルーン?」


 リースレッドが目を見開く。


「久しぶりね、兄さん。長様も、お変わりありませんか」


 ルーンはそう言って、静かに頭を下げた。

 長はゆっくりと彼女を見つめ、低い声で言う。


「無事だったか、ルーン」

「ええ。……いろいろありましたけれど」


 ルーンは腰を下ろし、旅の話を簡単に伝えた。

 ブルーテイルのこと、カラーのこと、そして今の状況。


「……そうか。旅は順調なようだな」


 長はそう呟き、目を伏せる。


 ひと通り話し終えたあと、ルーンは少しだけ言いにくそうに視線を逸らし、そして口を開いた。


「……実は、ここに来たのは長様にお願いがあって」

「お願い?」


 長とリースレッドが、同時に彼女を見る。


「集落の外に、ひとり……人間の男性が待っているんです」


 その言葉に、空気がぴんと張りつめた。


「名前は伏せますが……彼は私の仲間で……数日だけ、彼を集落に入れても構わないでしょうか」


 ルーンの言葉にリースレッドは眉をひそめ、すぐに長の方を向いた。

 ダークエルフの集落に、人間(人間を含めたダークエルフ以外の種族)が立ち入るなどあってはならない。


 それが、この里の不文律だった。


「……………」


 リースレッドの胸中には、複雑な思いが渦巻く。

 本音を言えば、なるべく妹の願いは叶えてやりたい。だが、私情は挟めない。


 "集落を出て旅に出たい"という願いは、断固阻止したかったが。


「長、どうしますか?」


 果たして、長は、どう答えるのか。


「……ううむ」


 長は眉をひそめ、黙って考え込む。


 沈黙が、重く部屋に落ちた。

 その様子を見て、ルーンは小さく息を吐き、ゆっくりと口を開く。


「……数日でいいんです。彼には、何もしないように私がきちんと伝えます。だから……お願いします」

「……………」


 頭を下げる。


 長い沈黙のあと――

 長は深く、長い息を吐いた。


 そして、静かに頷く。


「……わかった」


 リースレッドは、思わず目を見開いた。


「よろしいのですか…?」

「責任は、ルーンに持たせる」


 告げると、長は視線を鋭くさせてルーンを見る。


「もし、その人間がこの集落で騒ぎを起こすようなら、その時はわかっているな、ルーン」

「……はい。ありがとうございます、長様」


 ルーンは深く頭を下げ、踵を返した。



+



 ルーンが部屋を出たあと、リースレッドは腕を組んだまま、呆れたように長を見る。


「……ルーンに甘いですね。集落を出たいと聞いた時といい、今回といい」


 だが、長は何も答えず、ただ穏やかな表情を浮かべたまま、扉の方を見つめていた。

 そこには、去っていくルーンの背中が、まだ焼きついているかのようだった。



+



「お待たせ。長様から許可が出たわ。行きましょう」

「あっ!やっと来た!ここ、ひとりでいると凄く怖いんだけど!」


 こうして、集落へ入る許可を得たフィルは、ルーンと並んで歩く。

 集落の中を進んでいくと、フィルは次第に周囲を気にするように視線を巡らせた。


「……な、なんか凄く見られてる気がする」

人間(あなた)が珍しいのよ」


 そう言って、ルーンは小さな家屋の前で足を止める。


「ここが私の家よ」


 ふたりは、静かにその扉の前に立った。




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