カラー・ブルー
巨大な水棲魔獣は、海面から半身を現したまま、こちらを睨みつけていた。
黒く濡れた鱗に月光が鈍く反射する。
その存在感だけで、甲板の空気が張り詰めた。
「……来るぞ」
シオンが低く言った瞬間――
魔獣が大きく身をうねらせた。
「オオオオッ!!」
咆哮と同時に、海水が刃のように跳ね上がる。
「フィラーラ!」
「うん!」
フィラーラはすぐに舵を切り、船体を滑らせる。
水の刃は、船の横をかすめて夜の海へ消えた。
「……っ、あっぶね!今の当たってたら木っ端微塵どころじゃねぇぞ!」
ジェイクが拳を構え、前へ出る。
シオンも剣を抜き、魔獣を真正面から見据えた。
「オレも戦う!」
「…大丈夫なのか?」
「大丈夫。ちょっとルーンの魔法が切れて、船酔いの症状が出ただけだから」
「………そうか。ルーンは下がれ!」
その声に、ルーンは一歩下がる。
魔獣が再び動き、大きく尾を振り上げ――船へ向けて勢いよく振り下ろしてきた。
「フィル!」
「任せろっ!」
ドンッ!!
盾が直撃を受け、甲板が揺れる。
フィルの足が少し滑ったが、歯を食いしばって踏みとどまった。
「……この程度で…っ!」
その隙に、シオンが踏み込む。
魔獣の首元へ――斬撃。
だが、刃は鱗で弾かれ、火花を散らした。
「ちっ……!」
「シオン、額にあるブルーは傷つけないで!」
ルーンの声が飛ぶ。
その言葉に、シオンは一瞬だけ目を細めた。
剣を構え直し、攻撃の軌道を変える。
「フィラーラ、動き合わせろ!」
「うん!」
船が大きく旋回する。
魔獣はそれを追い、再び大きな影を海から持ち上げた。
「オオオオッ!」
その瞬間――
ルーンの胸元で、ブローチが強く光る。
「フィラーラ、もっと近づけるか!」
「このままじゃ無理……!」
「俺が引きつける!」
ジェイクが前に出て、魔獣の注意を一身に集める。
拳を振るい、鱗を叩き、進路を塞ぐ。
フィルも盾で波と尾を受け止めた。
「オオオオオッ!!」
「シオン!」
ジェイクが叫ぶ。
魔獣の咆哮が周囲に響き渡り、シオンが飛び上がった。
「雷鳴よ!」
ルーンの魔法が魔獣に直撃する。
隙が生まれ、シオンはそのまま剣を振り抜き、魔獣の身体を大きく斬り裂いた。
「オオオオオッ!!!」
フィラーラが、舵を大きく切る。
甲板に無事に着地し、シオンは短く息を吐いた。
船が魔獣の真横へと滑り込む。
――その時。
魔獣の体が、突然光り始めた。
黒い影が、ほどけるように形を変える。
次の瞬間、そこに浮かんでいたのは――
巨大な宝石。
青く澄んだ、結晶体。
「……フィラーラ……!」
ルーンは息を呑んだ。
「近づける!」
フィラーラが声を上げ、船をさらに寄せる。
ルーンは甲板の縁へと進み出て、風に髪をなびかせながら宝石へと手を伸ばした。
ブルーテイルが、ルーンの腕を伝ってブルーに近付く。
「青の精霊よ──」
足元の魔法陣が反応し、一滴。
雫が、青い宝石の表面に現れた。
「きゅう」
ブルーテイルが雫を口に含み、それは、すう……と、吸い込まれるように溶けていく。
その瞬間、宝石が、強く光った。
再び形が歪み、魔獣の姿へと戻る。
だが、先程とは違う。
荒々しさは消え、穏やかな空気が魔獣の周囲を漂う。
「…………」
魔獣は、じっとルーンを見つめていた。
その目に、敵意はない。
ただ、確かめるような――静かな視線。
「……ブルー…、もう大丈夫よ」
ルーンは、胸に手を当てたまま、その目を見返す。
しばらくの沈黙のあと。
魔獣は、ゆっくりと体を海へ沈め、波紋だけを残し――夜の海へと、帰っていった。
「……行ったか…」
ジェイクが小さく呟く。
その直後。
「……っ」
ルーンの表情が歪み、足から力が抜けた。
「ルーン!」
その体が倒れる前に――
シオンが、すぐに抱きとめる。
「……平気か?」
低く言って、彼女の肩を支える。
ルーンは苦しそうに息をしながら、微かに笑った。
「……ええ。…ごめんなさい。ちょっと疲れちゃって」
「……無理はするな」
シオンは、そう答えた。
ルーンを支えたまま、静かな海を見つめながら。




