フィルの異変
魔獣の咆哮が、夜の海に轟く。
「オオオオッ!!」
周囲の海が一気にざわつき、その声を聞いたジェイクとフィラーラが勢いよく扉を開けて船内から飛び出してきた。
「な、なんだ!?」
「あっ、ジェイク!魔獣……!」
二人が出てきたとほぼ同時に、舵を離したシオンも甲板へ駆け上がってくる。
「ルーン、フィル!」
三人はルーンたちのもとへ走り寄った。
「オオオオッ!」
再び、魔獣の咆哮が響く。
暗くて姿が確認できず、ルーンは眉をひそめて、足元に魔法陣を展開させた。
「光よ!」
パシュンッ。と、掌から光の球を発射させ、魔獣の姿を照らす。
大きすぎるため、一部しか照らせなかったが、紺色の皮膚と赤い目玉、そして――額に埋め込まれたカラー・ブルーがはっきりと見えた。
「ブルー…!」
「おいおい。何もこんな夜中におでまししなくてもいいんじゃねぇか!?」
「オオオオオッ!!」
「フィラーラ、舵を頼む」
「う、うん…!」
シオンは言って、フィラーラが舵のもとへ走る。
その直後、魔獣の額に埋め込まれたブルーが青白く光を放ち、夜の空を照らした。
魔獣の頭上では、光に照らされたカモメが優雅に飛んでいる。
「………?」
ジェイクが気付き、目を細めた。
その時――
「……っ!」
フィルが突然、表情を歪ませる。
次の瞬間、彼の右手に赤黒い刻印が浮かび上がり、激痛が走った。
「……う、っ」
歯を食いしばって耐えようとしたが、痛みは収まらない。
刻印の奥から抉るように痛みは広がっていき、フィルはその場に膝をついて蹲った。
「フィル……?」
異変に気づいたルーンが、彼の方へ顔を向ける。
「フィル!どうしたの!?」
「っ、………は…」
呼びかけても、答えられない。
尋常ではないフィルの様子に、ルーンは魔法での治癒を試みる。
だが、怪我をしているわけでも体調が悪くなっているわけでもないため、それは意味がなかった。
眉尻を下げて、ルーンはフィルを見つめる。
そこで、彼女は右手の刻印に気付いた。
「え、…」
フィルの右手に浮かぶ刻印は、脈打つように、まるで“生きている”かのように、どくどくと陽炎のように赤黒く不気味に光りながら揺らめいている。
ルーンは、その光を見て目を見開いた。
「……これって……」
その刻印を彼女は見たことがあった。
信じられないものを見るように、ルーンは刻印を凝視する。
「……フィル、それ……どこで……?」
その声に、フィルは苦しげに顔を上げた。
「……え……?」
ルーンの視線が、刻印に向いていることに気づいて、息を呑んだ。
「……なん、で…、まさか……これが……見えてるの?」
ぽつりと、そう呟いた。
「答えて…!貴方……これを、どこで……」
ルーンは眉尻を下げ、刻印を見つめたまま言葉を失う。
――その時。
「オオオオオッ!!!」
魔獣が、再び咆哮した。
同時に、巨大な影が大きく動く。
水を巻き上げ、攻撃がルーンとフィルへ向かって放たれた。
「危ねぇっ!」
ジェイクが一瞬で前に出る。
ドンッ!!
船内の部屋から持ってきていたフィルの盾で、彼は魔獣の攻撃を受け止めた。
ジェイクが持つと、フィルの盾は小さく見える。
「……っはぁ……」
盾で攻撃を防いだジェイクは息を吐き、振り返った。
「お前ら、死ぬとこだったぞ!」
怒鳴りつけるように言ったあと、ジェイクはフィルの様子がおかしいことに気づいて首を傾げる。
「……おい、フィル。どうした?」
「……なんでも、ありません」
フィルは無理やりそう答えた。
ルーンに支えられて、ゆっくり立ち上がる。
そして、ジェイクから盾を受け取り、その時、小さく――
「……このことはみんなには内緒にして」
フィルは、ルーンにだけ聞こえる声で呟いた。
刻印は、まだ痛み続けている。
赤黒い光は、消える気配がなかった。
「…………」
ルーンは眉をひそめ――
フィルの顔と、右手の刻印を、交互に見つめていた。




