わかりやすい人
しゃもじで掬った米を掌に乗せて教わったように両手を軽く動かし、ころころと回す。
しかし何度挑戦しても、ルーンの掌の上には三角形とは程遠い、少し潰れた白い塊が生まれていた。
「……何で上手くいかないのかしら」
「力、入れすぎだ」
隣で見ていたシオンが、ぽつりと言う。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「握るんじゃなくて、包む感じだ」
シオンは自分の掌で、もう一度見本を作ってみせる。
軽く、優しく、形を整えるだけ。
それを見て、ルーンは真似をする。
今度は――少しだけ、角ができた。
「……さっきよりはマシかしら?」
「悪くないな」
短く、けれど確かな言葉に、ルーンは小さく息を吐いた。
その時。
キッチンの扉が、ぎぃ、と静かに開く。
顔を覗かせたのは、フィルだった。
「ルーン?」
「フィル?」
部屋を訪ねてルーンの姿がなかったから探しに来たのだろう。
顔を向けると、こちらを見つめる彼と目が合った。
「…あ」
フィルの目に入ったのは――
並んで立ち、米を手にしているシオンとルーン。
その距離は近く、空気は妙に落ち着いている。
「……なに…してるの?」
そう聞きながらも、フィルの視線は二人の間を行き来していた。
「おにぎりを作ってるのよ」
ルーンが答える。
「おにぎり?それって、お米の?」
「知っているの?」
「うん。小さい頃、何度か食べた事があって…。えと、シオンと作ってたの?」
「ええ」
「二人きりで?」
「そうよ。…ブルーテイルも一緒だけど」
「……へえ」
フィルはそれ以上言わなかったが、胸の奥が少しだけざわついた。
シオンとルーンが、こうして静かに並んでいるのを見るのは、あまり慣れない。
「…………」
思わず、唇を尖らせそうになるのを堪える。
「フィル」
そこで、ルーンがフィルに声をかけた。
「! な、なに?」
「ちょうどいいから、……これ、食べてみて」
そう言って、ルーンは自分で作ったおにぎりを差し出す。
形はいびつで、少し丸っこい。
それでも、丁寧に作ったのが伝わるそれをフィルは受け取った。
「これは?」
「私が作ったのよ。塩加減がまだよくわからなくて、…食べて感想がほしいの」
真正面から見つめられて、フィルは一瞬、言葉に詰まった。
「これ、ルーンが?」
「ええ。シオンに教わりながらね。…さ、早く食べて」
「……う、うん」
ラップを外し、そっと口に運ぶ。
もぐもぐ。
ほんのりと甘くて、塩気がちょうどいい。
「……っ」
次の瞬間、フィルの頬が、みるみる赤くなった。
「……お、おいしい……」
声が、少し上ずった。
「……本当?」
ルーンが不安そうに聞く。
「ほ、本当だって!ちゃんと……すごく美味しい!」
そう言われて、ルーンは目を瞬かせた。
それから――
ふっと、嬉しそうに微笑む。
「よかった……」
その表情を見た瞬間、フィルの胸が、ぎゅっとなる。
さっきまであった、ちょっとした嫉妬なんて全部吹き飛んだ。
「っ、……」
顔が熱い。
視線を逸らし、フィルは照れ隠しのように言う。
「……し、塩もこれくらいでちょうどいいし、大きさも申し分ないよ。うん。……これであとは、三角形だったら完璧…だったかな」
「……形のことは言わないで」
その様子を、シオンは何も言わずに見ていた。
キッチンの中には、米の香りと、妙にあたたかい空気だけが残る。
「……じゃあ次は、具を入れるか」
フィルが食べ終わったのを見て、シオンがそう言った。
「……ぐ?」
ルーンが首を傾げる。
「中に入れるやつだ。味が変わる」
シオンは棚から小さな壺をいくつか取り出し、作業台の上に並べた。
ひとつには肉、ひとつには刻まれた黒っぽい葉のようなもの、もうひとつには白い塊が入っている。
ブルーテイルが壺に近付いた。
「これなに?」
「干し肉と海藻、あと……チーズだ」
「…チーズ?」
ルーンは少し身を乗り出す。
シオンは干し肉を細かく割き、米の中央に少しだけ乗せた。
「入れすぎると、形が崩れる」
「……こう?」
ルーンも見様見真似で、ちょこんと掌に乗せた米に具を置く。
それから、さっきより慎重に、優しく包むように米を回した。
今度は――
ちゃんと、三角形に近い形になった。
「……できた」
「さっきより上手いな」
シオンの言葉に、ルーンはほんの少し、誇らしそうな顔をする。
「じゃ、これも味見をお願い」
ルーンは、またフィルにおにぎりを差し出した。
「……え、また?」
「ええ。また。正直な感想をお願いね」
真正面から見られて、フィルは逃げ場がない。
「……わかった」
本当はオレも作りたいけど。と、ぶつぶつ言いながらも、ちゃんと受け取って食べる。
もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。
「……っ」
「……どう?」
「……」
一拍。
フィルは、ゆっくりと顔を上げた。
「……どうしよう。これ、凄く酷すぎる…」
「! 酷すぎるくらいに不味い?」
「えっ、あ、いや、そうじゃなくて!……その、…あの、オレが言いたいのは、ルーンが作ったやつなら全部美味しいに決まってるから…、えと、美味しい以外の感想がなくて…」
声が小さくなっていく。
またしても、頬が赤い。
「……そんなことないわ」
ルーンは少し困ったように言う。
「あるの!」
フィルは即答する。
「……それに、ルーンが一生懸命作ったやつを不味いなんて言えるわけないよ。君が、パン以外で初めて美味しいって言ったものだし、それを否定なんてできな……」
言ってから、はっとして口を押さえる。
「(……あ)」
しまった、と思った時にはもう遅い。
ルーンはきょとんとしていたが、やがて――
「…どうして、そのこと知ってるの?」
「……あ、ええと」
「もしかして、見てたの?」
「…………見てました」
視線を逸らして、フィルは小さく答える。
「……だったら、その時に声をかけてくれたらよかったのに」
「邪魔しちゃ悪いかなって」
「そんなことはないわ。貴方が隣にいてくれたら、おにぎり作りも捗ったと思うもの」
その一言で、フィルの心臓は、どくんと鳴った。
「……うぅ……」
顔を手で覆いながら、フィルは小さくうめく。
「……もう、それ以上言わないで……」
その様子を横で見ていたシオンが、ぽつりと言う。
「……お前、わかりやすいな」
「! う、うるさい!」
即座にフィルが言い返す。
けれど、その声はどこか嬉しそうだった。
キッチンの中には、夜の静けさと、米の湯気と、ほんのり甘い空気が漂っていた。




