食後
食事を終えて部屋へ戻ると、すでにシオンが帰ってきていた。
扉を開けたフィルが真っ先にそれに気づき、ぱたぱたと彼の方へ近づく。
「シオン。帰ってたんだな。随分と遅かったね」
そう声をかけると、シオンが答えるより先にジェイクが口を挟んだ。
「女のとこにでも行ってたんじゃねえの?」
「……シオンはそんなタイプじゃないわ」
ルーンが即座に切り捨てる。
「ひとつだけ、依頼をこなしてきた」
ぽつりと、シオンはそう言った。
「依頼?」
フィルが首を傾げる。
けれど、シオンはそれ以上は何も語らなかった。
立ち上がり、「シャワーを浴びてくる」とだけ告げて部屋を出ていく。
「え、シオン!」
「なるほど。俺たちには内緒の依頼ってわけね」
何も言わずに部屋を出て行ったシオンにフィルは目を見開き、ジェイクは肩を竦める。
そして、彼が出て行ったその後もフィラーラの勉強会は続いた。
言葉辞典を広げ、フィラーラはベッドの端に腰掛け、ルーンの言葉に耳を澄ませている。
覚えるには反復が一番――というジェイクの助言で、フィラーラはルーンの発した単語や文章をそのまま真似していった。
噛んだところ、間違えたところは、うまく言えるまで何度も繰り返す。
そして、二時間ほど経った頃。
突然、フィラーラの声が途切れた。
「……?」
「すー…」
見れば、彼女はルーンの隣で、こくりと頭を揺らし――そのまま眠ってしまっていた。
「辞典持ったまま寝てる」
「……そんじゃ、俺らも寝るか」
ジェイクが言う。
そうね。と、ルーンは小さく頷き、眠ったフィラーラを抱きかかえた。
「おやすみなさい」
そう言って、彼女は部屋を出ていく。
自分たちの部屋に戻り、ルーンはフィラーラをそっとベッドに寝かせた。
一息ついてから自分も隣のベッドに腰をおろし、腹部に手を当てる。
――結局、カナメが用意してくれた食事には、ほとんど手をつけなかった。
「…………」
悪いことをしたかしら、と思いながらも、目の前にあったのは彼女が苦手な食べ物、どうしても体が受け付けなかったのだ。
ぐう、と小さくお腹が鳴る。
「……このまま何も食べないのは、さすがに駄目ね」
少し考え、ルーンは立ち上がった。
+
一階へと降りて、食事部屋へ。
そこを通り抜け、その奥のキッチンへ向かう。
「!」
扉を開けて中に入ると――そこには、先客がいた。
音に気づいて顔を向けたその人物を見て、ルーンは目を瞬かせる。
「……シオン?」
キッチンの前に立ち、彼は何かを手にしたまま、ルーンを見ていた。
「お前か」
「何してるの?」
「飯、作ってる」
シオンの前には、小さな丸い木の桶が置かれていた。
中には、ルーンの知らない白い食材のようなものが入っていて、近づくと、ほんのりと良い香りが鼻をくすぐる。
湯気も微かに立っていて、肩に乗っていたブルーテイルも桶に近付いた。鼻をひくひくとさせて匂いを嗅いでいる。
「……これ、何?」
「米だ」
「……こめ?」
それは主に東の大陸で食べられている穀物だと、シオンは簡単に説明した。
しゃもじと呼ばれる道具で掬い、お皿に乗せて食べるらしい。
彼は手を止め、掌に乗せた米を器用に三角形にまとめた。
それを見て、ルーンは首を傾げる。
「……それは?」
「おにぎりだ。……食ってみるか?」
「え?」
そう言って、シオンは一つ、桶のそばに置いてあったラップに包まれたそれをルーンに差し出した。
綺麗な三角形。中には何も入っておらず、塩だけだという。
「…………」
ルーンは、食べられないものが多いといっても食わず嫌いはしない。
両手いっぱいに乗せられたそれを見つめ、ルーンは慎重にラップを外した。三角形の頂点から、そっと口に運び、もぐもぐと噛む。
一回、二回、三回と咀嚼を続けていくと、ほんのり甘い味が口いっぱいに広がった。
ルーンは、思わず目を見開く。
「……おいしい……」
ぽつりと呟いて、もう一口。
さらにもう一口と食べ進めるうちに、あっという間になくなってしまった。
「早食いだな」
その見事な食べっぷりに、シオンが言う。
ルーンは肩を震わせ、頬を赤く染めた。
「こ、これは、お腹が空いてたからで…」
「もっと食べたいなら、作り方教えるから自分でやれ」
そう言って、シオンはラップに包んだおにぎりを桶のそばに置き、しゃもじで新たな米を掬う。
彼の動きを見て、ルーンも見様見真似でしゃもじを取り、米を掌に乗せた。
「こうやって、手を動かして回す。何回かやれば……できる」
「……簡単そうね」
シオンの掌には、また綺麗な三角形が出来上がる。
けれど、ルーンがやると――できたのは、丸いおにぎりだった。
「……難しいわね」
「最初はそんなもんだ。俺もここまで来るのに時間かかった」
納得がいかず、ルーンはもう一度しゃもじを持ち、米を掬い直した。




