フィラーラの勉強
シオンがショウソウの鉱山で宝石探しをしている頃。
宿屋の二階の一室では、ルーンとフィルがフィラーラに人間の言葉を教えていた。
テーブルの上には、ルーンお手製の簡単な言葉辞典が広げられている。
紙いっぱいに書かれた単語を指でなぞりながら、フィラーラは拙い発音でそれを口にしていた。
「……る、ルーン。……フィル……」
「そうそう。今のは上手だよ」
フィルがにっこりして親指を立てる。
まずは名前をちゃんと言えるようにしよう。ということになり、フィルは紙にそれぞれの名前を書いていった。
発音と文字をひとつずつ教えられ、フィラーラは最初こそ頭を抱えて唸っていたが――
一時間ほど経った頃には。
「……ルーン、フィル、ジェイク……」
不安そうに言いながらも、指差しで三人を当てていく。
「おお……!」
フィルは思わず拍手した。
「全部合ってる!」
その後、シオンの名前も彼女はすんなり言え――
「やった!」
フィラーラは小さくガッツポーズをして、フィルとハイタッチした。
「よく出来たわ、フィラーラ」
ルーンが口元を緩めて言うと、フィラーラは頬を赤くして、にこっと笑う。
「じゃあ、次は簡単な会話ね」
ルーンは淡々とそう告げ、辞典をぱたんと閉じる。
フィラーラは、ぴしっと背筋を伸ばした。
「……貴女の名前を、教えてくれるかしら」
ルーンの問いかけに、フィラーラは少し考えてから、ゆっくり口を開く。
「……わ、わたし、フィラーラ。にんぎょ…です。うみの、ふかく、すんでる…。…ねんれい、じゅ、じゅうごさい……です。……よろしく、おねす…」
言い終えて、ぺこりと頭を下げる。
「……おねす」
フィルが小さく呟く。
「“おねがいします”、よ」
ルーンがすぐに訂正した。
「……あっ……!よ、よろしく、おねがいします……!」
フィラーラは慌てて言い直す。
そして今度は、彼女の方から尋ねた。
「……えと……あなたの、なまえは、なに……?」
その質問に、ルーンは答えた。
「私はルーン。ダークエルフよ。西の大陸の山奥にある集落で育ったわ。年は、16よ」
「えっ!ルーンって年下だったの!?」
フィルが大きな声を出す。
「……何か問題かしら?」
「いや、あの……、大人びてるから、年上だと思ってた…」
ルーンが聞くと、フィルは眉尻を下げた。
「貴方が子供っぽいだけよ」
「うっ……」
フィルが肩を落とすと、フィラーラが心配そうに彼の顔を覗く。
「ルーン…。フィル…いじめる、だめ」
「別にいじめてるわけではないわ」
そのとき、部屋の扉が開いた。
顔を向けると、そこにはカナメがいた。
「……あ」
「どうしたの?」
ルーンが聞くと、カナメは少し息を弾ませて言う。
「ご飯、できたから。呼びに来た」
「飯か!」
ジェイクがベッドから起き上がる。
気づけば、もう夕方だった。
「そういえば、シオン、まだ帰ってこないな」
フィルが言う。
「もうすぐ戻るわよ」
そう言って、ルーンは立ち上がった。
+
カナメに連れられて、一階の食事部屋へ向かう。
扉を開けた瞬間、焼きたてのパンとスープの匂いが鼻をくすぐった。
楕円形のテーブルの上には、色とりどりの料理が並んでいる。
今日の夕食は、野菜たっぷりのコンソメスープとパン、そしてデザートのプリン。
「……おいしそう……」
フィラーラの目がきらきら輝く。
今日の夕飯はカナメが用意したんだ。とセシルに教えられた。
料理出来るみたい。と、カナメは恥ずかしそうに頷く。
「いただきます!」
席につくとフィルが手を合わせ、皆もそれにならった。
フィルはスープ、ジェイクはパン、フィラーラは真っ先にプリン。
それぞれが好きなものから手をつける。
しかし、その中で――
「……………」
ルーンだけは、皿を前にして動かなかった。
隣の席のカナメが気づいて、声をかける。
「どうしたの、姉ちゃん。お腹空いてないの?」
「そういうわけじゃないわ」
向かいに座るフィルも、手を止めた。
ルーンは、食べられないものが多い。
ここにある中では、かろうじてパンだけが大丈夫なはずだが――そのパンにも手を伸ばしていなかった。
フィルは中央のバスケットからパンを一つ取る。手に伝わったのは、ざらざらとした感触。
「これ何パン?」
「砂糖パンだよ」
カナメが言う。
「大量の砂糖をパン生地に練り込んで焼き上げた、おれ特製のパン!」
「え……砂糖?」
フィルは顎に手を添える。
口に入れると、とてつもなく甘い味が口いっぱいに広がった。
「っ、…これっ、全部そうなの?」
「あとはスープに使った野菜を入れたやつとか、唐辛子パウダーを大量にふりかけたやつとか。どれも美味しく出来たんだ!」
「…そ、そう」
その会話を聞いて、ルーンは小さく息を吐いた。
「ルーン……すききらい、だめ……」
フィラーラが言う。
「別に嫌いとかではないわ。味が合わないだけ」
「それを好き嫌いって言うんだよ」
「そんなの駄目だよ、姉ちゃん! 大きくなれないよ!」
「大きくならなくても問題ないわ」
「ルーン……おおきく、なる……。わたし、すききらい、ない。だから……こんなに、おおきくなった」
「……どこを見て言っているのかしら?」
そのやり取りをしたあと、カナメが突然立ち上がった。
「よし! 決めた!」
「……何を?」
「姉ちゃんの好き嫌いをなくす特訓をする!」
「特訓?」
全員が首を傾げる。
「そうすれば、姉ちゃんもみんなと一緒にご飯食べられるでしょ?」
「それ、いい、ていあん!」
フィラーラが勢いよく賛同する。
「余計なお世話なんだけど」
「もう決めたから! 明日から特訓!」
カナメは拳を突き上げる。
「わたしも……てつだう!」
フィラーラも真似して拳を上げた。
「…………」
両側で盛り上がる二人に、ルーンは面倒くさそうに息を吐く。
その様子を見てフィルは困ったように眉を下げ、ジェイクは我関せずといった顔でパンをちぎって口に放り込んだ。




