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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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鉱山にて





 ラ=パープルの町を出て、東へと伸びる道をひとり歩くシオンの足取りは静かだった。

 潮の匂いが薄れていくにつれ、空気は冷たさを帯び、肺の奥まで澄んでいく。


 やがて、岩山を穿つように開いた穴が見えてきた。

 入口には倒れかけた木柵と、「立入禁止」と書かれた古い札。風に揺れるたび、札は乾いた音を立てた。


 人の気配はない。だが、完全な静寂でもない。

 耳を澄ますと、奥から微かに“きぃ……きぃ……”という、何かが擦れるような音が響いてくる。


「…………」


 シオンは剣の柄に手をかけ、そのまま鉱山へ足を踏み入れた。

 中は広く、天井も高い。壁に残る作業用ランプはすべて消え、代わりに、ところどころで紫がかった淡い光が滲んでいる。


 壁や地面には、黒ずんだ紫の結晶が、血管のように這い回っていた。

 自然の鉱石とは思えない、不気味な生々しさがある。


「…………」


 シオンはしゃがみ込み、指を伸ばしかけて止めた。


 ……冷たい。

 触れた瞬間、体温を奪われるような感覚が走った。


 立ち上がり、さらに奥へ進む。

 足元で小石が転がる音が、やけに大きく響いた。


 やがて通路は二手に分かれる。

 左は狭く下り坂。右は広く、闇が深い。


 シオンは右を選んだ。

 紫の光は、進むほどに濃くなる。

 そして――彼は足を止めた。

 前方に、蠢く影を見たからだ。


「……おい」


 声を掛けるが、返事はない。

 影は、ゆっくりとこちらを向く。


 紫の光に照らされ、姿が浮かび上がった。


 ――人間だ。

 だが、それはもう“人”ではなかった。


 身体のあちこちに紫の結晶が食い込み、皮膚と一体化している。顔の半分は人のままだが、もう半分は鉱石に覆われていた。


「……う、うぅ…、か、かえ……りたい……」


 掠れた声は、確かに人のものだった。

 シオンは剣を抜く。


「……やはり、ここにはもう"人"はいないか」


 一歩、踏み出す。

 影――元鉱夫は、ぎこちなく歩き出した。結晶が擦れるたび、きぃ……きぃ……と嫌な音が鳴る。


「……さむ……い……」


 胸の奥で、何かが静かに痛んだ。


「っ…、」


 ――ここにいたのは、ただの鉱夫だったはずだ。


 助けられない。戻せない。

 だが、放ってはおけない。

 シオンは低く息を吸い、踏み込んだ。


 剣閃。

 だが刃は、肉ではなく“石”を打った感触で弾かれた。


「ちっ…!」


 すぐに後退し、体勢を立て直す。

 結晶と皮膚の境目――そこだけが、わずかに柔らかく見えた。


 斜め下からの一閃。

 ズン、と鈍い音。

 ひびが走り、赤黒い液体が噴き出す。


「――ぁ……」


 元鉱夫は膝をつき、そのまま崩れ落ちた。

 近付くと、最後に掠れた声が落ちる。


「……おく……へ……いくな……」

「…………」


 シオンは一瞬目を伏せ、そして奥へ視線を向ける。


 奥へ行くな。

 だが、依頼の品は奥にある。


「……悪いな。その忠告は俺には無意味だ」


 シオンは歩き出す。

 通路は広がり、紫の光が集まる大広間へ出た。


 中央に、ひとつの巨大な結晶塊。

 心臓のように脈打ち、淡く光っている。


「(…あれか)」


 ――核。

 あれが、シオンが探していた"宝石"だった。


 その瞬間、床の結晶が軋み、持ち上がる。

 “中から”、何かが起き上がった。


 鉱石と肉が混ざり合った巨体――

 鉱山の“主”が目を覚ました。


「グオオオオッ!!」

「っ…」


 シオンは剣を構える。


 次の瞬間、腕が振り下ろされた。

 轟音と衝撃。床が砕け散る。


 シオンは跳び退いて、飛んでくる破片を弾いた。


「――あれが、鉱山に溜まった“(よどみ)”の成れの果てだ」


 声が響く。

 岩棚の影に、フードをかぶった人物が立っていた。


「……来るのが遅いぞ」

「すまない。野暮用を片付けていた」


 鉱山の主が結晶片を弾丸のように飛ばす。

 シオンは剣で弾きながら走った。


「魔獣に化けるなんて聞いてないぞ」

「依頼書には書いた。見ていないだけだろう。核は、危機を察知すると防衛機能が働く」


 フードの人物は、核を指した。


「鉱山の主は、あれを守る殻にすぎない」


 鉱山の主が突進する。

 シオンは正面を避け、側面へ滑り込む。


「……人をあんな化け物に変えたのも、その防衛機能が招いた結果だって言うのか」

「変えたのではない。あれは“染まった”だけだ」


 歯を食いしばる。


「……ふざけるな」


 脚部へ剣を叩き込み、ひびを入れる。


「君は、以前の核のように、あれを持ち帰るか。それとも、今度は壊すか?」


 その言葉と同時に、鉱山の主の胸部が開いた。

 紫の光が脈打つ。


 ――核が露出する。


「っ…」


 シオンは床を蹴った。

 結晶の棘が肌を裂く。

 それでも止まらない。

 止まれない。


「はあっ!!」


 剣を核へ突き立てる。


 ――ガンッ!


 弾かれる。

 だが、体重を乗せ、ひねる。


 ピシ……ピシ……。


 ひびが走り、次の瞬間――


 パキン、と音を立てて核が砕けた。


「グオオオオッ!!!」


 紫の光が爆ぜ、鉱山の主は咆哮しながら崩れ落ちる。

 シオンは破片を掴み、跳び退いた。


 ――ドォン。


 巨体が完全に崩壊し、光は霧のように消えた。


「はぁ、……っ、は…」


 静寂。

 荒い息の中、シオンは手の中を見る。


 拳ほどの結晶。

 紫の奥に、わずかに青が混じっている。


「手に入れたな」


 フードの人物が、背後に立っていた。


「今回も壊さなかったな」

「……これを壊すわけにはいかない」


 結晶を懐にしまう。


「もう二度と人を巻き込まないためにも、俺はこれからも"これ"を壊さずに回収していくさ。"彼女"に代わってな」


 フードの人物は小さく笑った。


「やはり君は、私が何もしなくても自ら茨の道に入り込んでくれるな。面白い。改めて、君に決めて良かったと思うよ」


 紫の光が、フードの奥で揺れる。


「次の依頼を出す時は、君たちがあの獣に残りのカラーの雫を飲ませたあとだ。それまで、ちゃんと生きていなよ」

「……………」


 影の中へ溶けるように消える前、声が残る。


「覚えておくといい。君たちがあの獣にすべての雫を飲ませても、いずれ世界は一度歪み、すべてが無に帰すということを」

「…あの時のようにはさせないさ」

「……ふふ。期待しているよ、"シオン"」


 そして、フードの人物は、シオンの前から完全に消えた。

 踵を返して、ゆっくりとした足取りで外に出ると、空気は冷たく澄んでいた。


 懐の結晶は、まだ微かに脈打っている。


「(あいつらには、見つからないようにしないとな)」


 シオンは、ラ=パープルの方角を見つめ、小さく息を吐いた。



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