船を直す
フィラーラが「船を直せる」と言ったその一言で、シオンたちは再び西の海岸へと足を運んだ。
潮風に吹かれながら歩く道すがら、ルーンは何度もフィラーラの横顔を盗み見ていた。
本当に、あの船をどうにかできるのだろうか――半信半疑のまま、彼らは彼女がいた船のもとへ向かう。
やがて視界に現れたのは、打ち捨てられたように砂浜に横たわる大きな木造船だった。
初めてその姿を目にしたフィルとジェイクは、思わず足を止める。
「……でっか」
ジェイクがぽつりと呟く。
今よりもずっと昔に使われていた船だと、シオンが言っていた。
フィルはそっと船体に手を伸ばす。指先に伝わってきたのは、ざらざらとした乾いた感触だった。
「こんな大きなものを、どうやって直すの?」
ルーンは言う。
問いかけられて、フィラーラは両手を胸の前で広げた。
「わたし、このふね、なおす……ちいさい、ふね、つくる」
小さい船。
四人は顔を見合わせた。
「船の一部を剥ぎ取って、新しい小さな船を作るってこと?」
フィルがそう聞くと、フィラーラは彼の方を見て、こくこくと大きく頷いた。
「ふね、ちいさい、つくる。そして、わたし……うた、おおきく、する」
意味はよくわからない。けれど、ここまで来た以上、彼女の言葉を信じるしかなかった。
シオンたちは再び視線を交わし合い、無言のうちにうなずき合う。
まずは、船体から板を剥ぎ取るところからだ。
四人は手分けをして作業を始めた。
古びた釘を外し、使えそうな板を選びながら、一枚一枚運び出していく。
「がんばれー」
少し離れた場所から、フィラーラが小さな声で応援していた。
「よいしょ…っ」
作業を始めてから一時間あまり。
使えそうなものだけを厳選しながらの重労働だったが、なんとか小さな船を作れるだけの板を集めることができた。
「はー。結構な重労働だったな……」
ジェイクは腰を叩きながら、そうぼやく。
積み上げられた板の前に立ち、ルーンがフィラーラに問いかけた。
「これで船が作れるの?」
フィラーラは、こくこくと頷いた。
そして、板の前に立つと足元に淡く光る魔法陣を浮かび上がらせる。
魔法陣から光の粒子が舞い上がり、彼女の周囲を包み込んだ。
「…………」
シオンたちは少し距離を取り、その様子を見守る。
フィラーラは両手を胸の前で組み、小さく息を吸った。
「───」
そして――静かに、声を漏らす。
海岸に響いたのは、波音ではなく、澄んだ歌声だった。
「………」
ルーンの耳に届いたその声は、どこか懐かしくて、優しくて――思わず息を呑むほどに綺麗だった。
「(何かしら、この歌声…。凄く落ち着く)」
見ると、シオンもジェイクもフィルも、皆その歌に聴き入っていた。
しばらくすると、積み上がっていた板が、かたかたと音を立てて動き出した。ふわりと宙に浮き、ばらばらに回転を始める。
フィラーラの歌声に合わせて、板たちは意思を持つかのように動き、少しずつ形を成していく。
船体、甲板、帆――船に必要なものが、次々と組み上がっていった。
やがて、ひとつの船の形が出来上がり、フィラーラは歌を止めた。
彼女の足元には、小さな船がぷかりと浮かんでいる。
「……ふね、つくった」
そう言って、フィラーラは口元を緩ませ、四人に顔を向けた。
ルーンはその光景を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
一体、何がどうなっているのか、理解が追いつかない。
「あと、これ、おおきくする」
そう言って、フィラーラは再び魔法陣を展開し、もう一度歌い始める。
すると、今度は船体がみるみるうちに大きくなっていった。
港に停まっている船ほどではないが、四人が乗るには十分な大きさだ。
「かんせい!」
歌を止め、フィラーラはそう言った。
「ふね、できた!」
「ひゅー。なんとも立派な船が出来たもんだな」
ジェイクは口笛を鳴らしながら、船へと近づく。
ルーンとフィルも続いて、まじまじとそれを見つめた。
「これ、ふね、おれい、おれい」
フィラーラはシオンの方を見て言う。
シオンは腰に手を当て、ひとつ息を吐いた。
やがて四人は船に乗り込み、周囲を見渡す。
これが、さっきまでただの板だったとは思えない。
手すりに手をかけ、ルーンは海の向こうを見つめた。
「わたし、おれい、きにいった?」
フィラーラが尋ねてくる。
彼女の方に顔を向けて、ルーンは頷いた。
フィラーラは無邪気に笑う。
――これで、この大陸を離れられる。
そう思った矢先、フィルが首を傾げた。
「でも、どうやってこれ動かすの?」
もっともな疑問だった。
シオン、ルーン、ジェイクは顔を見合わせ、そろって肩を竦める。
彼らの中に、船を操縦できる者はいない。
どうしよう、と相談していると、フィラーラがシオンの肩をとんと叩いた。
「わたし…できる…ちから、できる」
そう言いながら、彼女は舵を取る仕草をする。
シオンは少し首を傾げたが、その仕草を見て察し、問い返した。
「操縦できるのか?」
フィラーラは、こくこくと頷いた。
「そうじゅ…、わたし、できる。やる、やらせて」
それも、お礼だと――そう言うように、フィラーラはにこりと笑った。




