失神レベル
港町の喧騒を背に、ジェイクとフィルは細い路地へと入っていった。
昼間でも陽が差し込みにくいその道は、湿った空気がこもっていて、どこかひんやりとしている。
「……こんな所にいるんですか?」
フィルが不安そうに尋ねると、ジェイクは歩きながら肩越しに振り返った。
「ああ。事情があってな。隠れて暮らしてる」
曲がり角をいくつも抜け、ようやく辿り着いたのは、古びた石造りの建物だった。
壁にはひびが入り、窓は板で打ち付けられている。
ジェイクは迷いなく扉を叩く。
「おい、いるか」
しばらくして、ギィ……と軋んだ音と共に扉が少しだけ開いた。
「……誰だ」
低く掠れた声。
「俺だ。ジェイクだ」
その名を聞いた瞬間、扉はゆっくりと開かれた。
中から現れたのは、白髪混じりの痩せた男性。ジェイクは男性を見つめて口元を緩ませる。
「久しぶりだな」
「何しに来た」
「ちょっと、厄介なもんを連れてきた」
「……?」
そう言って、ジェイクはフィルの肩に手を回す。
男性は鋭い目つきで彼を見つめ、次にフィルへと視線を向けた。フィルの左手には、あの指輪が光る。
「……、」
男性は一目で異変に気づいた。
「入れ」
短くそう言って、背を向ける。
二人は顔を見合わせてから、建物の中へ足を踏み入れた。
中は暗く、薬草と鉄の匂いが混ざったような、独特な空気が漂っていた。壁際には、見たことのない器具や道具が無造作に並べられている。
「……何ですか、ここ。なんか怖いです」
フィルが小さく呟くと、ジェイクは鼻で笑った。
「ダリアンよりはマシだろ」
奥の机の前で、男性が振り返る。
「で、厄介というのは…やはり、その指輪か」
「ああ。お前なら外せるだろ」
ジェイクは頷く。
男性はフィルに近づき、小指を掴んでじっと見つめた。
刃が肉に食い込んだまま、微かに脈打つように動いているのが分かる。
「……こいつも、ダリアンの被害者というわけか」
「あの、…外せますか?」
男性は指輪を軽く弾いた。
「外せなくはない。だが――」
そこで言葉を切り、フィルの目をまっすぐ見据える。
「痛むぞ。死ぬほどな」
「っ、」
フィルは喉を鳴らした。
それでも、小さく頷く。
「……お願いします」
その様子を見て、男性は小さく鼻を鳴らした。
「若いのに、なかなか肝が据わっているな」
男性は机の引き出しから、黒い布と、細長い金属器具を取り出した。
「座れ。動くなよ」
フィルは緊張した面持ちで椅子に座り、膝の上に両手を置く。
外す時に舌を噛み切る可能性があるからと、口の中にタオルを詰められた。
ジェイクは壁際に立ち、その様子を黙って見つめる。
男性はフィルの小指に布を巻き、その上から器具を当てた。
「……行くぞ」
「は、はい…っ」
次の瞬間――
ギリ、と嫌な音がして、指輪がわずかに歪んだ。
「――っ!!」
フィルの喉から、思わず悲鳴がこぼれる。
タオル越しに、くぐもった声が部屋中に響き渡った。
「ん、んんん……ッ!んん!!」
肉を裂くような激痛が、小指から腕、そして脳天まで突き抜ける。
「……耐えろ。もうすぐだ」
男性の声は冷静だった。
刃が逆向きに引き抜かれ、指輪がフィルの血を啜りながら、少しずつ、少しずつ緩んでいく。
フィルは歯を食いしばり、声を殺して震えた。
やがて――
カランと金属音が鳴り、指輪が床に落ちた。
男性はそれを拾い上げ、無造作に机の上へ放る。
「……終わりだ」
フィルはその場に崩れ落ちるようにして、肩で息をした。
「っ……ふー。ん、っ…」
小指から血が伝い落ちている。
ジェイクがすぐに近づき、フィルの肩を支えた。
「……よく耐えたな。これを外す時は、だいたいの奴は失神する。…大した小僧だ」
口からタオルを取り出し、フィルは震える声で答えた。
「……ありがとう…ございます……」
男性はふん、と鼻を鳴らした。
「礼はいい。ダリアンに関わると碌なことにならんぞ。もう近づくな」
その言葉に、ジェイクは苦く笑った。
「それが出来りゃ苦労しねぇよ。あいつは常に俺たちを見張ってる。あんたもそれで、今でも苦労してんじゃねぇか」
「…………」
フィルは、床に転がる指輪を見つめながら、小さく息を吐く。
「…………」
指輪は外れた。
けれど、なぜか胸の奥には嫌な感覚が残ったままだった。




