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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
29/79

失神レベル





 港町の喧騒を背に、ジェイクとフィルは細い路地へと入っていった。

 昼間でも陽が差し込みにくいその道は、湿った空気がこもっていて、どこかひんやりとしている。


「……こんな所にいるんですか?」


 フィルが不安そうに尋ねると、ジェイクは歩きながら肩越しに振り返った。


「ああ。事情があってな。隠れて暮らしてる」


 曲がり角をいくつも抜け、ようやく辿り着いたのは、古びた石造りの建物だった。

 壁にはひびが入り、窓は板で打ち付けられている。


 ジェイクは迷いなく扉を叩く。


「おい、いるか」


 しばらくして、ギィ……と軋んだ音と共に扉が少しだけ開いた。


「……誰だ」


 低く掠れた声。


「俺だ。ジェイクだ」


 その名を聞いた瞬間、扉はゆっくりと開かれた。

 中から現れたのは、白髪混じりの痩せた男性。ジェイクは男性を見つめて口元を緩ませる。


「久しぶりだな」

「何しに来た」

「ちょっと、厄介なもんを連れてきた」

「……?」


 そう言って、ジェイクはフィルの肩に手を回す。

 男性は鋭い目つきで彼を見つめ、次にフィルへと視線を向けた。フィルの左手には、あの指輪が光る。


「……、」


 男性は一目で異変に気づいた。


「入れ」


 短くそう言って、背を向ける。


 二人は顔を見合わせてから、建物の中へ足を踏み入れた。

 中は暗く、薬草と鉄の匂いが混ざったような、独特な空気が漂っていた。壁際には、見たことのない器具や道具が無造作に並べられている。


「……何ですか、ここ。なんか怖いです」


 フィルが小さく呟くと、ジェイクは鼻で笑った。


「ダリアンよりはマシだろ」


 奥の机の前で、男性が振り返る。


「で、厄介というのは…やはり、その指輪か」

「ああ。お前なら外せるだろ」


 ジェイクは頷く。


 男性はフィルに近づき、小指を掴んでじっと見つめた。

 刃が肉に食い込んだまま、微かに脈打つように動いているのが分かる。


「……こいつも、ダリアンの被害者というわけか」

「あの、…外せますか?」


 男性は指輪を軽く弾いた。


「外せなくはない。だが――」


 そこで言葉を切り、フィルの目をまっすぐ見据える。


「痛むぞ。死ぬほどな」

「っ、」


 フィルは喉を鳴らした。

 それでも、小さく頷く。


「……お願いします」


 その様子を見て、男性は小さく鼻を鳴らした。


「若いのに、なかなか肝が据わっているな」


 男性は机の引き出しから、黒い布と、細長い金属器具を取り出した。


「座れ。動くなよ」


 フィルは緊張した面持ちで椅子に座り、膝の上に両手を置く。

 外す時に舌を噛み切る可能性があるからと、口の中にタオルを詰められた。


 ジェイクは壁際に立ち、その様子を黙って見つめる。


 男性はフィルの小指に布を巻き、その上から器具を当てた。


「……行くぞ」

「は、はい…っ」


 次の瞬間――


 ギリ、と嫌な音がして、指輪がわずかに歪んだ。


「――っ!!」


 フィルの喉から、思わず悲鳴がこぼれる。

 タオル越しに、くぐもった声が部屋中に響き渡った。


「ん、んんん……ッ!んん!!」


 肉を裂くような激痛が、小指から腕、そして脳天まで突き抜ける。


「……耐えろ。もうすぐだ」


 男性の声は冷静だった。

 刃が逆向きに引き抜かれ、指輪がフィルの血を啜りながら、少しずつ、少しずつ緩んでいく。


 フィルは歯を食いしばり、声を殺して震えた。


 やがて――


 カランと金属音が鳴り、指輪が床に落ちた。

 男性はそれを拾い上げ、無造作に机の上へ放る。


「……終わりだ」


 フィルはその場に崩れ落ちるようにして、肩で息をした。


「っ……ふー。ん、っ…」


 小指から血が伝い落ちている。

 ジェイクがすぐに近づき、フィルの肩を支えた。


「……よく耐えたな。これを外す時は、だいたいの奴は失神する。…大した小僧だ」


 口からタオルを取り出し、フィルは震える声で答えた。


「……ありがとう…ございます……」


 男性はふん、と鼻を鳴らした。


「礼はいい。ダリアンに関わると碌なことにならんぞ。もう近づくな」


 その言葉に、ジェイクは苦く笑った。


「それが出来りゃ苦労しねぇよ。あいつは常に俺たちを見張ってる。あんたもそれで、今でも苦労してんじゃねぇか」

「…………」


 フィルは、床に転がる指輪を見つめながら、小さく息を吐く。


「…………」


 指輪は外れた。

 けれど、なぜか胸の奥には嫌な感覚が残ったままだった。



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