指輪
港町の船着き場には、まだ数名の清掃員たちが忙しなく行き交っていた。
壊れた桟橋の修繕、散らばった瓦礫の撤去、魔獣の爪痕が残る柱の補強――。
船着き場は少しずつ元の姿を取り戻しつつあったが、完全に落ち着くにはまだ時間がかかりそうだった。
ルーンたちは桟橋の端に立ち、作業の様子を眺める。
「少しいいか?」
「はい?」
「船は、いつ頃出せる?」
シオンが近くを走っていた清掃員の女性に声をかけると、彼女は足を止めて振り返る。
「そうですね……たぶん明後日くらいには、全部片付いて船も出せると思います」
「明後日……」
頭を下げて、女性は走っていく。
四人は顔を見合わせた。
本当なら今すぐにでもラ=パープルへ戻りたいところだが、しかし船が出ない以上、どうしようもない。
「……待つしかないわね」
ルーンが眉をひそめて言うと、シオンは小さく頷いた。
そのやり取りを見て、ジェイクは肩を竦める。
「んじゃあ、今日は解散か?そんじゃあ、俺たちはギルドで依頼でも見てくるか」
そう言って、フィルの肩を軽く叩く。
「え、オレも行くんですか?」
「ひとりて行くのは寂しいからよ。…お前らはどうすんだ?」
「俺たちは宿に戻る」
「そうか。…なんかいい依頼見っけたら受けとくからよ。そん時ぁ、手伝ってくれよな」
そして、ジェイクとフィルはシオンたちから離れ、ギルドへと向かった。
二人を見送ったあと、ルーンは周囲を見回す。
「…………」
船が停まっている桟橋を見つめて、彼女は顎に手を添えた。
「宿に戻るぞ、ルーン。……どうした?」
歩き出そうと足を動かしたシオンは、ルーンの様子を見て首を傾げる。
「……ねぇ。思ったのだけど」
「?」
「船を買うことってできないのかしら」
「………。…できないことはないが、船を買うには莫大な金貨が必要になる。今の俺たちじゃ、手も足も出ない」
「莫大…。それって、どれくらい?」
「魔獣退治の依頼を一生分やっても足らないくらいだ」
「一生分、…。でもそれって、魔獣退治だけをやっていればって話よね?」
「………、何が言いたい?」
「…報酬金額の高い依頼をやれば、もしかしたらすぐにでも船を買うことってできるんじゃないの?特S級の依頼なら、探せば報酬金額の高いものがあるはずでしょ?」
「……………」
ルーンの言葉に、シオンは言葉を失った。
探求者を舐めているのか。そんな表情を浮かべて、彼は彼女を見つめる。
「……馬鹿なことを言うな。特S級の依頼でも、報酬金額の最高は3000。船を買うのに数十年は掛かる。…そこまでお気楽な旅だったならやってもいい話なんだろうが、お前の旅で、そこまで待ってはいられないだろ」
「…………」
「ほら、宿に戻るぞ。ここにいたら清掃員の邪魔だ」
そう言って、シオンはルーンに背を向けて歩き出す。
「(………本気だったのだけど)」
眉をひそめて、ルーンは再び船を見つめた。
もし本当に船が買えたのなら、こうして待ち時間なくすぐに行動ができるのに。
そう思いながら、ルーンは短く息を吐き、シオンを追っていった。
+
ギルドの中は、相変わらず人の出入りで賑わっていた。
ジェイクとフィルは依頼表の前に立ち、ずらりと貼られた依頼書を眺める。
「さて、どれにするか……」
ジェイクは適当に一枚剥ぎ取り、内容に目を通した。
「西の海岸で魔獣退治……これなら楽だし報酬も悪くないな」
口元を緩めるジェイクの横で、フィルは彼の横顔をじっと見ていた。
「…………」
――どうしてジェイクさんは、オレを連れてきたんだろう。
「っ、」
考えている最中でも左手の小指には鋭い痛みが走って、思考を遮る。
指輪から伸びた刃が、肉に食い込んでいるのだ。
「………」
フィルは眉をひそめ、痛みを誤魔化すように拳を握った。
その様子を、ジェイクは横目で見つめる。
「……これでいいな。行くぞ」
「…あ、はい」
そう言って依頼書を持ち、ジェイクはカウンターへ向かった。
「西の海岸での魔獣退治ですね。手続きいたしますので、少々お待ちください」
受け付けの男性に依頼書を渡して、しばらく待つ。
依頼はすぐに受理され、そのまま二人はギルドをあとにした。
+
宿屋へ戻る道中、石畳の上を歩きながらジェイクが口を開く。
「フィル。あの野郎と、何を話した」
「あの野郎……?」
突然問われたジェイクの質問に、フィルは首を傾げる。
だが、すぐにフィルの脳裏にはあの清掃員の男性の顔が浮かび上がり、眉をひそめた。
「…えと、…言いましたよね?ただ質問されただけだって」
そう答えると、ジェイクは大きく息を吐く。
「……俺には隠さなくていい」
その言葉に、フィルは肩を震わせてジェイクを見る。
ジェイクの視線は、フィルの小指に嵌った黒い指輪に向いていた。
「その指輪……吸血の指輪だろ」
フィルは目を見開く。
「嵌めた相手の血を媒体にして動く、拷問道具のひとつだ」
「…ジェイクさん、これ、知ってるんですか?」
「ああ。俺もな、一度だけ嵌められたことがある」
ジェイクはそう言って、自分の小指を見せた。
そこには、刃が食い込んだ痕が、今も消えずに残っていた。
「……あの男の名前はダリアンだ」
ジェイクの声が低くなる。
「表では優しい兄さんを演じてはいるが、裏じゃ、常人が思いつかねぇことを平気でやるとんでもねぇ野郎だ。今まで、何度あいつの手に落ちてきた奴を見てきたことか」
フィルは息を呑んだ。
「……この指輪、外せないんですか?」
「本来なら、身の潔白が証明されれば自然に外れるんだが…」
顎に手を添えて、ジェイクはフィルを見る。
「お前が白だって事ぁ、すでにあいつはわかってるはず。なのに何でまだそんなものを…」
「…………」
「……もしかして、まだなんか疑われてんのか?」
聞くと、フィルはゆっくりと頷いた。
「……くそっ、あの野郎!」
足を止め、ジェイクは腰に手を当てて深く息を吐く。
フィルも立ち止まり、小指の指輪を見つめる。
「……あの、ジェイクさんは、どうやってこれを外したんですか?」
「無理やりだ」
「無理やり……?」
「拷問道具に詳しい知り合いがいてな。そいつに相談して外してもらった」
「……オレのも、外せますか?」
「ああ。たぶんな。案内する」
そう言って、ジェイクは再び歩き出した。
フィルはその背中を見つめてから、後を追う。
そうしている間も、指輪は少しずつ血を吸い、痛みを与え続けていた。




