次のカラーは
フィルが白い衣服の男性に連れて行かれてから、もう一時間近くが経っていた。
それでも、ギルドのカウンター奥の扉は一向に開く気配を見せない。
「……遅ぇな」
ジェイクが腕を組んだまま、小さく呟く。その声には、明らかに苛立ちが滲んでいた。
「…………」
ルーンは、フィルが連れて行かれた方向――カウンター奥の扉から、ずっと視線を外していなかった。
あの中で、フィルは何を聞かれているのか。何を言わされているのか。
「時間、かかってるな」
シオンがルーンの隣に歩み寄って言う。
ルーンは彼の方を見ずに、静かに頷いた。
「……ええ」
そのとき。ギィ、と音を立てて、カウンター奥の扉が開く。
そこから、白い衣服の男性が現れた。その後ろにはフィルの姿もある。
男性は相変わらず、にこにこと愛想のいい笑顔を浮かべていたが、一方のフィルは、どこか疲れたような、力の抜けた表情をしていた。
二人はそのままシオンたちの方へ歩いてくる。
「ご協力、ありがとうございました」
男性は丁寧に頭を下げる。
「聴取した結果、フィルくんへの疑いは晴れました」
そう言ってから、今度はフィルの方を見て続けた。
「お疲れさまでした。頑張ったご褒美です」
男性はポケットから飴を一つ取り出し、フィルの手に乗せる。
「……どうも」
フィルは小さく頷いた。
「その指輪は差し上げます」
男性はにこやかなままそう言い、今度はシオンたちの方にも軽く頭を下げる。
「では、これで失礼します」
そう言って、背を向けた。
すれ違いざま。男性はフィルの耳元に口を寄せ、誰にも聞こえないほどの小さな声で、何かを囁く。
それを聞いた瞬間、フィルの肩がぴくりと震え、表情が強張った。
やがて、男の姿はギルドの入口の向こうに消えていった。
静寂が戻る。
ルーンはすぐにフィルの前に立った。
「……部屋の中で、何をしてたの?」
「え?…えっと…」
フィルは一瞬、言葉に詰まったように視線を泳がせる。
「大したことじゃないよ」
そう言って、無理に口元を緩めた。
「ただ、色々質問されただけ」
眉尻を下げてそう答えるフィルを見て、ルーンは何も言わずに彼を見つめ続けた。
――明らかに、何かを隠された。
男性が去ったあと、しばらく誰も言葉を発さなかったが、しばらくして最初にジェイクが口を開く。
「……なぁ。本当に質問されただけか?」
フィルは肩をすくめるようにして笑う。
「うん。……色々聞かれて、参っちゃったよ」
「それにしちゃ、顔色悪すぎだろ」
ジェイクの指摘に、フィルは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……ちょっと疲れただけ」
そう言って視線を逸らした。
「……………」
ルーンはフィルの様子をじっと見つめていた。
さっき、男性が耳元で何かを囁いたときの、あの一瞬の震え。とても“質問されただけ”で済む反応じゃなかった。
「……本当に、それだけ?」
ルーンが静かに問いかける。
フィルは一度だけ彼女を見て、すぐに目を伏せた。
「……うん」
それ以上、何も言わなかった。
その空気を切るように、シオンが口を開く。
「宿に戻るぞ。ここに長居する理由はない」
「…ま、それもそうだな」
ジェイクも頷く。
四人はそのままギルドを出て、港町の通りを歩き出した。
+
人通りの多い道を抜け、宿屋へと向かう。
カウンターのエルフ族の男性がちらりと彼らを見て、軽く会釈した。
部屋に入ると、フィルはベッドに腰を下ろし、はぁ、と盛大に息を吐く。
「……あー。どっと疲れた」
「お疲れ様」
ルーンがそう言いながら、荷物を降ろす。
ブルーテイルがブローチの中から出て、ルーンの肩の上で小さく「きゅう」と鳴いた。
「オレ、もうこのまま寝たい」
「そうだな。…だが、その前に」
シオンは壁際に寄りかかり、腕を組む。
「……ええ。次のカラーの話をしましょう」
ルーンは視線を三人に向けて、荷物袋から地図を取り出した。
「パープルとレッドは回収できた。残りは……ブルーとグリーン、それからホワイトね」
「あと3つか。確か、全部集めるって話だったな」
ジェイクが腕を組んで地図を覗き込む。
「あとの3つは、どこにある?」
「ブルーは西の大陸に近い海の上。グリーンは東の大陸の森の奥地、ホワイトは……」
ルーンは指をすべらせながら言った。
「北の大陸の雪が多い高地にいる可能性が高いわ」
「どれも、ろくな場所じゃねぇな」
ジェイクが苦笑する。
「だけど、この中でホワイトだけ、もうすぐ動き出す可能性があるの」
「何で、んな事わかんだ?」
「教えてくれるのよ。ブルーテイルから。テレパシーでね」
胸のブローチに触れ、ルーンは言う。
「ふーん。…で、その3つのうち、次はどれなんだ」
「次はブルーよ」
「ブルー…ってこたぁ、海の上か」
「ええ。でもまずは、ラ=パープルに戻るわ。"すぐに戻る"って約束しているしね」
「…だが、船はどうする。しばらくは乗れないみたいだが?」
三人の会話は続く。
その横で、フィルは黙ったまま、自分の小指をじっと見つめていた。
そこには、あの男性に嵌められた黒い指輪が、静かに光を吸い込むように存在している。
ルーンはそれに気づき、眉をひそめた。
「……フィル」
名前を呼ばれて、フィルははっと顔を上げる。
「な、何?」
「話、聞いていたかしら?」
「え、あ、うん。……あ、…ごめん。聞いてなかった、かも」
眉尻を下げて答えたフィルに、ルーンは息を吐いた。
「…その指輪、差し上げると言っていたが、見た感じ…お礼ってわけじゃなさそうだな。何だそれは?」
「……えっと、……オレにも、わかんない」
フィルは一瞬迷ってから、小さく言った。
「………」
眉尻を下げながら言うフィルを、ジェイクはただ何も言わず見つめた。




