港町に戻ってきて
ブルーテイルにレッドの雫を飲ませることに成功したルーンたちは、森を離れて、野宿を経て港町に戻ってきた。
まだ日が高いにもかかわらず、港町はどこか重たい空気を漂わせている。
魔獣の被害は清掃員たちの手によって表面上は片付けられていたが、船着き場には爪痕のような傷が残り、壊れた木材や歪んだ柵があちこちに見えた。
「……改めて見るとすげぇ有り様だな」
「……………」
「こりゃしばらく船は出ねぇな」
ジェイクが腕を組みながら呟く。
船着き場の惨状を見つめながら歩いていると、その時、背後から声を掛けられた。
「あっ、君たち。少し、いいですか?」
「?」
その声に、四人は足を止める。
振り返ると、そこには白い衣服に身を包み、腕には“清掃員”と書かれた腕章を付けた黒髪の男性が立っていた。
船着き場で見かけた、あの清掃員の男性だった。
「よかったです。戻ってきてくれて」
「貴方は…?」
首を傾げて、ルーンは男性を見る。
男性の視線は、まっすぐフィルに向けられていた。
「フィルくん…ですよね。君に用があるんです」
「……オレ?」
男性は言う。
戸惑うフィルに、男性は頷いた。
「船着き場に現れた魔獣について、少し話を聞きたくて」
男性は淡々と続ける。
清掃の最中に船着き場の人々から話を聞いたところ、彼らは皆、魔獣たちは盾を持った少年――フィルを狙っていた、と口を揃えて言っていたそうだ。
その真意を確かめようとフィルを探していたのだが、既にフィルは港町を離れていて、詳しい話を聞くことができなかった。
だから彼はここでフィルが戻ってくるのを待っていたのだという。
町を離れて二度と帰ってこない可能性だってあったはずなのに、それでもこの男性は、ここでずっとフィルの帰りを待っていた。
「(……暇なのかしら)」
ルーンはそんなことをぼんやり考えながら、男性の横顔を見つめた。
もし自分たちが永遠にこの町に戻らなかったら、この人は一体どうしていたのだろう。
「オ、オレとあの魔獣は関係ないです!」
フィルは慌てて首を振ったが、男性はそれを意に介さず、さらりと言った。
「事情はギルドで聞くよ」
そう言うなり、フィルの腕を掴んで歩き出してしまう。
「え、ちょ、ちょっと……!」
困惑したフィルは引きずられながら、シオンたちの方を振り返った。
連れ去られていくフィルを見つめ、ルーンは目を丸くし、シオンとジェイクは顔を見合わせる。
「………フィル…!」
「…俺たちも行くぞ」
ルーンが一歩踏み出すと、シオンとジェイクも後に続いた。
+
男性に連れてこられたのは、ギルドのカウンター奥にある小さな部屋だった。
フィルは椅子に座らされ、男性と向かい合う形でテーブル越しに対面させられる。
一方で、シオンたちはその先への立ち入りを禁じられ、カウンター前で待たされることになった。
「…………」
部屋の中。
テーブルの上には、無造作に置かれた数枚の紙束。
男性はその中から一纏めの書類を取り出し、ペラペラとめくり始めた。
「えーと、名前はフィル・アーバン。年齢17。出身地は北の大陸。職業は探求者……、あ、君、A級なんだね。凄いね」
淡々と読み上げられる内容に、フィルは背筋が冷える。
「……その他、家族構成、過去の依頼履歴、素行記録――」
一通り読み終えると、男性は紙束を置いた。
「さて」
視線がフィルに向けられる。
「もう一度聞くよ。船着き場に現れた魔獣とは、どういう関係なんだい?」
「……あの、清掃員って、こういう……事情聴取みたいなこともするんですか?」
フィルの声は引きつっていた。
「本来なら、これは騎士団の仕事だよ」
男性はそう前置きしてから、軽く肩をすくめる。
「だけどね。僕は気になった“汚れ”は、全部きれいにしておかないと気が済まない性質なんだ」
貼り付けたような笑顔。
その不自然さに、フィルは眉尻を下げた。
「オ、オレは……あの魔獣とは関係ありません」
怯えながらもそう言うと、男性の表情がすっと戻る。
「君が船着き場に来てすぐ、あの魔獣たちも現れた」
男性は指を絡めた手に顎を乗せる。
「まだるっこしいのは嫌いだから、単刀直入に言うよ。…僕はね、君が召喚の魔法陣を船着き場のあちこちに設置して、タイミングを見てあの魔獣たちを召喚した。そう思ってるんだ」
「……っ!」
フィルは目を見開いた。
「そんなことしてない!」
叫ぶように否定しても、男性は信じなかった。
「もし、魔獣を仕向けたのがオレなら、それならどうしてオレが魔獣に狙われるんですか!」
「自作自演だよ」
「!」
「それに…」
男性は続ける。
「魔獣と一緒に現れた女性。君の知り合いみたいじゃないか」
男性は紙束の上に置かれた一枚の写真に視線を落とす。
そこには、灰色の髪をした女性の姿が写っていた。
「……っ」
フィルは息を呑む。
「善良な市民からの情報提供は助かるよね」
男性は淡々と言う。
「彼女の名前は?」
「……知らない」
フィルは首を振った。
「嘘はよくないな」
男性の視線が鋭く突き刺さる。
「本当に……知らないです」
再び首を振ると、男性は一度息を吐き、背もたれに身体を預けた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
男性はフィルに近づき、胸元のポケットから小さな黒い指輪を取り出した。
それを、フィルの左手の小指にすっと嵌める。
「……これは?」
フィルが首を傾げると、男性はにこやかに――けれど、どこか不気味に笑った。
「保険だよ」
静かに、そう言って。




