カラー・レッド
鬱蒼とした森の中は、昼間だというのに薄暗かった。高く伸びた木々が空を覆い、差し込む光は葉に遮られて地面に斑点のように落ちている。
シオン、ルーン、フィル、ジェイクの四人は、足元に気をつけながら、周囲をきょろきょろと見渡して進んでいた。
「……やけに静かだな」
ジェイクが小さく呟き、周囲の気配を探るように目を細める。
ルーンは胸元のブローチに指先を当てながら、意識を森全体へ向けていた。
「レッドは、きっとこの森のどこかにいるはず……」
少し歩いたところで、ジェイクがふと思い出したようにルーンを振り返った。
「そういやさ、てめぇらが探してるっつーカラーってのは結局なんなんだ?俺が知ってるのとは違うってなさっき聞いたが」
「…ええ。貴方が今まで見てきたカラーはすべて偽物よ」
ルーンは即座に答えた。
「私たちが探してる本物のカラーは、世界を巡って移動する存在で……五つあるの。その五つそれぞれが世界のバランスを保っていて、何らかの事情で歪みが生じると、世界に異変が起きる」
「……は?」
ジェイクは思わず立ち止まり、腕を組んだ。
「カラーが、世界を保ってる?」
「ええ。その歪みを正すためにいるのが、ブルーテイルなの。私たちは、ブルーテイルにカラーの雫を飲ませて、世界を崩壊から救うために旅をしているのよ」
ルーンの言葉に、ジェイクは目を丸くしたまましばらく黙り込んでいたが、やがて大きく息を吐いた。
「……なんかすげぇことしてんだな、お前ら」
「後悔したかしら?」
「…いや。後悔なんてとんでもねぇ。むしろ、こんなやりがいのあるもんに参加できて嬉しいくらいだ。久しぶりに大暴れできそうだぜ」
にやりと笑い、ジェイクは言った。
そして、そのまま四人は歩き続け、やがて森の奥で視界が開ける。
木々の間を抜けると、そこには大きな湖が広がっていた。
澄んだ水面が空を映し、周囲には水を求めて鹿や小動物たちが集まっている。
「ここにも……いなさそうだな」
シオンが低く呟く。
「もっと奥地にいるのかもな」
ジェイクは辺りを見渡しながら答えた。
その時。
――ドン、と足元の地面が揺れる。
同時に、腹の底に響くような魔獣の咆哮が、森全体を震わせた。
動物たちは悲鳴のような鳴き声をあげ、一斉にその場から駆け出す。
ルーンは息を呑み、顔をしかめた。
「……この声……」
船着き場で聞いたものと同じだ。
「レッドか……!」
四人は顔を見合わせ、同時に走り出した。
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湖のほとりを抜け、枝をかき分け、しばらく走った先――
そこで、彼らはそれを見た。
最初に遭遇したカラー・パープルと同じように、額に宝石を埋め込んだ巨大な魔獣。
二本の足で地面に立ち、だらりと下がった両腕の先には鋭い爪。
口から覗く牙は長く、額の赤い宝石は不気味に光を放っていた。
「……こいつが、レッドか」
ジェイクは思わず口笛を鳴らした。
「これまた、派手なのが出てきたな……」
赤い宝石を額に埋め込んだ魔獣――カラー・レッドは、低く唸り声を上げながら、四人を見下ろしていた。
レッドが低く唸り声をあげ、足を動かす。
その一歩で、地面が震えた。
「レッド、凄く怒っているわ」
「これも、歪みの影響?」
「ええ」
「……来るぞ」
シオンが剣を構えた瞬間、レッドは地面を蹴り、突進してきた。
――ドンッ!!
木々をなぎ倒す勢いで突っ込んでくる巨体。
シオンとジェイクは左右に跳び、ルーンは後方へ距離を取る。
「みんな、散開して!」
ルーンの声と同時に、レッドの爪が地面を抉る。
土砂と木片が飛び散り、視界が一瞬遮られた。
「ちっ、動きが速ぇな……!」
ジェイクが低く舌打ちし、横から拳を叩き込む。
だが、レッドはその攻撃を片腕で弾き返した。
「なっ……」
「ジェイク!」
シオンがすかさず斬り込む。
刃は確かに当たったが、赤い宝石から光が広がり、衝撃が吸収された。
――グォオオオッ!!
レッドは怒りの咆哮をあげ、腕を振り回す。
ジェイクは間一髪で後退し、シオンも距離を取った。
「物理が通りにきぃな、めんどくせぇ!」
「なら、私が削るわ!」
ルーンは詠唱を始める。
足元に複数の魔法陣が浮かび上がり、光の矢がレッドへと放たれる。
――バシュッ、バシュッ!!
魔法は命中するが、レッドは怯まず、今度はルーンの方へ顔を向けた。
「グオオオオッ!!」
「……っ!」
レッドが地面を蹴り、一直線に突っ込んでくる。
「ルーン、避けろ!」
シオンが叫ぶが――
レッドの咆哮とともに衝撃波が走り、ルーンの身体が弾き飛ばされた。
「……きゃあっ!」
木の根元に叩きつけられ、息が詰まる。
視界の端で、巨大な影が迫る。
レッドは爪を振り上げ、ルーンにとどめを刺そうとしていた。
「ルーン!!」
シオンが再び叫ぶ。
次の瞬間――
彼女の前に、盾が滑り込んだ。
――ガァンッ!!
金属と爪がぶつかる重い音。
フィルが、盾を構えて立っていた。
「…やらせはしない……!」
爪による強撃が盾に思い切り叩き込まれ、フィルの顔が苦痛に歪む。
だが、足は一歩も引かなかった。
「フィル…!」
「ルーン……!魔法を!」
ルーンは歯を食いしばり、すぐさま魔法陣を展開する。
「ジェイク!」
「おう!」
シオンが横から斬り込み、ジェイクが逆側から深く踏み込む。
――グォオオオオオッ!!
ルーンの魔法が直撃し、レッドは大きく仰け反り、地面に膝をついた。
「――終わりだ!」
シオンの剣が、レッドの胴体を正面から斬り裂く。
閃光。
次の瞬間、レッドの身体は霧のように消え――
そこには、赤い宝石だけが残った。
「……っ、終わった…わね」
ルーンは小さく呟き、ゆっくりと宝石へ近づく。
足元に魔法陣を展開し、胸元のブローチに触れた。
「ブルーテイル……出てきて」
光とともに、青い小さな身体が現れる。
ルーンは腕を伸ばし、赤い宝石にそっと触れた。
「赤の精霊よ──」
呪文を唱えると、宝石は強く光り――
やがて、雫を一滴、ぽとりと垂らした。
「!」
ブルーテイルが、それを口に含む。
その瞬間、身体の色がパープルの時と同じように次々と変化していった。
やがて光が収まり、ブルーテイルはルーンの掌の上で元気よく「きゅうっ」と鳴く。
宝石は形を変え――
赤い獣の姿となった。
「グルルル…」
ルーンより少しだけ背の高い魔獣は、じっと彼女を見つめ、小さく唸ったあと、くるりと背を向けて、のそのそと森の奥へと歩いていく。
「…………」
その姿を見送ると、ルーンの身体がふらりと揺れた。
「ルーン!」
崩れ落ちそうになった彼女を、フィルが咄嗟に抱きとめる。
細い身体が、腕の中にすっぽり収まった。
「……大丈夫?」
フィルの声は、いつもより少しだけ震えていた。
「ええ……ありがとう、フィル」
ルーンは一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。




