北東の森へ
港町を離れると、潮の匂いは次第に薄れ、代わりに土と草の匂いが風に混じり始めた。
石畳は、いつしか踏み固められた街道へと変わり、シオン、ルーン、フィル、そしてジェイクの四人は、北東へと続く道を並んで歩く。
「いやぁ、久しぶりだな。若い連中と旅するのは」
先頭を歩きながら、ジェイクは肩越しに振り返って口元を緩めた。
「昔は毎日こんな感じで、仲間と魔獣を追い回してたもんだ」
「……そうか」
シオンは短く答えるだけで、視線は前方から外さない。
ジェイクはそれを気にした様子もなく、鼻で笑った。
「相変わらず無愛想だな、お前は」
ルーンは二人の様子を横目で見ながら、フィルの歩調に目を向けた。
フィルは少し後ろを歩き、時折、無意識に右手を見つめている。
「……フィル?」
声をかけると、彼はハッとして顔を上げた。
「な、なに?」
「掌、どうかしたの?」
ルーンの問いに、フィルは一瞬だけ言葉に詰まる。
「え?あ、いや……なんでもない。さっきの戦闘で痺れちゃって。でも、もう…大丈夫」
そう言って笑おうとするが、どこかぎこちない。
「……そう」
ルーンはそれ以上追及せず、ただ一度だけ、心配そうに彼を見つめた。
「…………」
ジェイクはそのやり取りをちらりと見て、片眉を上げたが、すぐに前を向いた。
「それにしても……」
今度はシオンが口を開いた。
「お前が通行証なんて持ってるとはな」
「ん?…ああ。まぁ、前までは持ってなかったんだけどな」
ジェイクは軽く肩を竦める。
「前に、王都の連中とでかい依頼を片付けてな。その時に貰ったものだ」
それ以上は語らず、ジェイクはそれきり黙った。
シオンも深くは聞かなかった。
「お、見えてきたぜ」
やがて、道の先に濃い緑の影が見え始める。
森だ。木々が重なり合い、空を覆い隠すように枝を広げている。
その手前、街道の脇には人工物らしき影も見え、検問所の存在を感じさせた。
「…………」
ルーンは胸元のブローチにそっと触れる。
中でブルーテイルが小さく身じろぎし、きゅう、と微かな声が伝わってきた。
「……もうすぐだからね」
ルーンは呟く。
そして四人は足を止めることなく、森と検問所へと続く道を進んでいった。
+
街道の先に見えていた人工物は、近づくにつれてはっきりとした形を帯びてきた。
石造りの門と、その両脇に立つ見張り塔。門の前には槍を持った兵士たちが数人、直立して通行人を監視している。
「止まれ。ここは通行証を持っていないものは通れない」
門のそばまで歩いて行くと、門番のひとりが低い声で告げた。
ジェイクは一歩前に出て、慣れた様子で懐に手を入れる。そして、取り出した四角い板を兵士の目の前に差し出した。
「これでいいか?」
兵士はそれを受け取り、刻まれた王都の紋章に目を落とす。
その紋章を見た兵士は、一瞬だけ目を見開いた。
「……失礼しました。探求者ジェイク殿」
通行証を返しながら、兵士は姿勢を正す。
「貴殿は、我が王都の恩人だと聞いています。お目にかかれて光栄です」
その様子を見て、フィルは小さく目を丸くし、ルーンは驚いたようにジェイクを見た。
「恩人って?」
ルーンが小さく呟くと、ジェイクは肩を竦めて振り返る。
「大袈裟に言ってるだけだ」
「ん?…おい、そこの女」
もうひとりの門番が、ルーンの方へ視線を向けた。
小柄な体形。紫色の長い髪。そして、髪から覗く先端が黒く染まった耳が彼の瞳に映る。
「……貴様、ダークエルフだな。ダークエルフがここで何をしている?」
その声色には、わずかな警戒が滲んでいた。
「…………」
ルーンは門番を見つめる。
その瞬間、シオンが一歩前に出た。
「問題はないだろ。彼女は俺たちの仲間だ」
兵士はシオンとルーンを見比べ、数秒考えたあと、小さく頷いた。
「……まぁ、いいだろう。通行を許可する。最近、魔獣の動きが活発だ。気を付けろよ」
門が、軋む音を立てて開かれる。
「奴らも仕事だからな。…気にすんな」
「平気よ」
ジェイクの言葉に、ルーンは表情を崩さずに答える。
門が完全に開かれ、四人はそのままその間を抜けて検問所の向こう側へと進んだ。
+
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
街道の先は、より濃い緑と静けさに包まれている。
「……さて、こっからだな」
ジェイクが呟く。
ルーンは胸元のブローチにもう一度手を当てた。
ブルーテイルは静かにしていたが、その奥に、何かを感じ取っているようだった。
「レッドは近いわ」
そう呟いて、ルーンは森の奥を見つめる。
四人は視線を交わし合い、そして無言で森へと足を踏み入れた。




