ブルーテイルとの出会い
ルーンが生まれ育った集落は、西の大陸の深い森の奥にあった。
高い木々に囲まれ、外界の音がほとんど届かないその場所で、ダークエルフたちは静かに暮らしている。
ある日、ルーンは集落の近くにある小さな湖まで、ひとりで散歩に出かけていた。水面は鏡のように澄み、空と森を映している。
風に揺れる草の音だけが、耳に心地よく響いていた。
「……ん?」
湖のほとりで、彼女はふと足を止めた。
水辺の岩陰に見慣れない光を発見し、近づいてみると、それは――虹色に淡く輝く卵だった。
「……なに、これ……」
どうしてこんな所に卵が…。
ルーンはしゃがみ込み、そっと手を伸ばす。
不思議な温もりが、指先に伝わってきた。
「…………」
触れていると、不思議な感覚に襲われる。
物珍しさから、というよりも、なぜか――そこに置いていくことができなかった。
ルーンは卵を胸に抱き、集落へと持ち帰った。
彼女の家の地下には、祖父が遺した書庫がある。古い本と巻物がぎっしりと詰まったその部屋は、幼い頃からルーンのお気に入りの場所だった。
机の上に卵をそっと置き、ルーンは次々と本を開いていく。
世界樹、精霊、古代の生物、予言……。
その中で、彼女は“虹色の卵”に関する記述を見つけた。
──それは、世界に危機が訪れたときにのみ、世界樹より生み出される卵。
「っ…」
息を呑む。
さらに読み進めると、五つの“カラー”の存在と、それらが世界にもたらす安寧と繁栄、そして、カラーの歪みが引き起こす“世界の異変”について書かれていた。
「………、」
ルーンは、ページをめくる手を止められなかった。
パラパラとページをめくり続け、眉をひそめる。
そのとき。
「……!」
机の上で、卵が――カタカタと揺れた。
ひびが入り、殻の一部がぽろりと落ちる。
そこから、金色の瞳と、青い羽毛がのぞいた。
「……うそ、生まれる?」
殻が次々と割れ、中から小さな青い生き物が姿を現す。
キツネにもウサギにも見えるその存在は、弱々しく鳴き声をあげ、卵の殻からゆっくりと這い出してきた。
机の端から落ちそうになった瞬間、ルーンは慌てて手を伸ばす。
「っ、危ない……!」
間一髪、受け止めた小さな身体は、ひどく冷たく、震えていた。
「……冷たい。あっためないと」
彼女は魔法で小さな毛布を召喚し、その身体を包み込む。
だが、それでも生き物は小刻みに震え続けていた。
「どうしよう……」
不安に駆られ、ルーンは再び本をめくる。
やがて、ブルーテイルと世界の関係について記されたページに辿り着いた。
──ブルーテイルは、五つのカラーと世界を繋ぐ存在。カラーが歪めば、ブルーテイルの身体は弱り、ブルーテイルが弱れば、世界は崩壊へと向かう。
「世界の、崩壊……」
ルーンは、毛布に包まれた小さな命を見つめた。
今にも消えてしまいそうな、その呼吸。
「……大変…」
知ってしまった以上、放ってはおけない。
ルーンは本を閉じ、ブルーテイルを抱き上げて、集落の長のもとへと走った。
+
長の家には、長と、ルーンの兄…リースレッドの姿があった。
扉を開け、ブルーテイルを抱えて入ってきた妹の姿を見て、リースレッドは眉をひそめる。
「どうした、ルーン」
「長様。お話したい事があります」
ルーンは、震える声で説明した。
卵のこと、五つのカラーのこと、そして世界の危機のこと。
腕に抱くブルーテイルを見せると、長はその姿を見た瞬間、目を見開く。
「……まさか、これが…伝説のブルーテイルだというのか」
長は、ブルーテイルの事を知っていた。
「お前、こいつをどこで?」
「近くの湖で、…その時は、卵だったけど…」
リースレッドに聞かれ、ルーンは答える。
「お願いです、長様。私に、この子にカラーの雫を飲ませる旅をする許可をください」
その後、彼女は二人に向かって頭を下げた。
沈黙が落ちる。
やがて、リースレッドが口を開いた。
「……旅にって、…お前、掟を忘れたのか?」
掟。
ダークエルフは、たとえどんな理由があろうとも決して集落の外に出てはならない。
「忘れてないよ」
ルーンはブルーテイルを見つめながら、言った。
「でも……この子を見つけたのは、私です。それに、本に書いてあることが本当なら――この子が死んだら、世界は滅びる」
顔を上げ、まっすぐに長とリースレッドを見る。
「世界が滅びたら……掟も、何も、なくなります」
必死だった。
声は震えていたが、目は逸らさなかった。
「これは、私がやらなくちゃいけない事なんです」
「………」
「この子を見た時に感じたんです。この子は私が助けないと…。この子を救わないとって。だから、お願いします」
もう一度、深く頭を下げる。
それからどれほどの時間が経ったか。ルーンの説得は続いた。
こんな妹を見るのは初めてだと、リースレッドは思った。
「………」
視線を、長へと送る。
長は、眉間に皺を寄せたまましばらく考え、長く息を吐いた。
「……わかった」
「! 長!」
「ルーンがここまで言うんだ。……それほど本気なのだろう。今回は特例として、集落の外へ出ることを許可する」
「っ、」
その言葉に、リースレッドは目を見開く。
思わず声を上げかけたが、長の視線に押し黙った。
「ルーンにあれを」
「………」
長に言われ、眉間に皺を寄せたままルーンに歩み寄った彼は、渋々、袖の中から五角形に光り輝く板を取り出す。
「……持っていけ」
証と呼ばれるそれを受け取り、ルーンは深く頭を下げた。
「ありがとう、兄さん。ありがとうございます、長様……!」
そして、ルーンは長たちに背を向ける。
急いで彼女は家に戻り、集落を出る準備を始めた。
その夜、荷物を抱えたルーンは、森を抜ける前、一度だけ振り返る。
「………」
胸に付けたブローチにそっと触れ、思い浮かべるのは、生まれ育った場所。
「……いってきます」
ブルーテイルに雫を飲ませて、必ず帰ってくる。
その想いを胸に刻み込み、彼女は前を向いて歩き出した。




