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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
1,三人の旅
18/23

ブルーテイルとの出会い





 ルーンが生まれ育った集落は、西の大陸の深い森の奥にあった。

 高い木々に囲まれ、外界の音がほとんど届かないその場所で、ダークエルフたちは静かに暮らしている。


 ある日、ルーンは集落の近くにある小さな湖まで、ひとりで散歩に出かけていた。水面は鏡のように澄み、空と森を映している。

 風に揺れる草の音だけが、耳に心地よく響いていた。


「……ん?」


 湖のほとりで、彼女はふと足を止めた。

 水辺の岩陰に見慣れない光を発見し、近づいてみると、それは――虹色に淡く輝く卵だった。


「……なに、これ……」


 どうしてこんな所に卵が…。

 ルーンはしゃがみ込み、そっと手を伸ばす。

 不思議な温もりが、指先に伝わってきた。


「…………」


 触れていると、不思議な感覚に襲われる。

 物珍しさから、というよりも、なぜか――そこに置いていくことができなかった。


 ルーンは卵を胸に抱き、集落へと持ち帰った。

 彼女の家の地下には、祖父が遺した書庫がある。古い本と巻物がぎっしりと詰まったその部屋は、幼い頃からルーンのお気に入りの場所だった。


 机の上に卵をそっと置き、ルーンは次々と本を開いていく。

 世界樹、精霊、古代の生物、予言……。

 その中で、彼女は“虹色の卵”に関する記述を見つけた。


──それは、世界に危機が訪れたときにのみ、世界樹より生み出される卵。


「っ…」


 息を呑む。


 さらに読み進めると、五つの“カラー”の存在と、それらが世界にもたらす安寧と繁栄、そして、カラーの歪みが引き起こす“世界の異変”について書かれていた。


「………、」


 ルーンは、ページをめくる手を止められなかった。

 パラパラとページをめくり続け、眉をひそめる。


 そのとき。


「……!」


 机の上で、卵が――カタカタと揺れた。


 ひびが入り、殻の一部がぽろりと落ちる。

 そこから、金色の瞳と、青い羽毛がのぞいた。


「……うそ、生まれる?」


 殻が次々と割れ、中から小さな青い生き物が姿を現す。

 キツネにもウサギにも見えるその存在は、弱々しく鳴き声をあげ、卵の殻からゆっくりと這い出してきた。


 机の端から落ちそうになった瞬間、ルーンは慌てて手を伸ばす。


「っ、危ない……!」


 間一髪、受け止めた小さな身体は、ひどく冷たく、震えていた。


「……冷たい。あっためないと」


 彼女は魔法で小さな毛布を召喚し、その身体を包み込む。

 だが、それでも生き物は小刻みに震え続けていた。


「どうしよう……」


 不安に駆られ、ルーンは再び本をめくる。

 やがて、ブルーテイルと世界の関係について記されたページに辿り着いた。


──ブルーテイルは、五つのカラーと世界を繋ぐ存在。カラーが歪めば、ブルーテイルの身体は弱り、ブルーテイルが弱れば、世界は崩壊へと向かう。


「世界の、崩壊……」


 ルーンは、毛布に包まれた小さな命を見つめた。

 今にも消えてしまいそうな、その呼吸。


「……大変…」


 知ってしまった以上、放ってはおけない。


 ルーンは本を閉じ、ブルーテイルを抱き上げて、集落の(おさ)のもとへと走った。



+


 長の家には、長と、ルーンの兄…リースレッドの姿があった。

 扉を開け、ブルーテイルを抱えて入ってきた妹の姿を見て、リースレッドは眉をひそめる。


「どうした、ルーン」

「長様。お話したい事があります」


 ルーンは、震える声で説明した。

 卵のこと、五つのカラーのこと、そして世界の危機のこと。


 腕に抱くブルーテイルを見せると、長はその姿を見た瞬間、目を見開く。


「……まさか、これが…伝説のブルーテイルだというのか」


 長は、ブルーテイルの事を知っていた。


「お前、こいつをどこで?」

「近くの湖で、…その時は、卵だったけど…」


 リースレッドに聞かれ、ルーンは答える。


「お願いです、長様。私に、この子にカラーの雫を飲ませる旅をする許可をください」


 その後、彼女は二人に向かって頭を下げた。


 沈黙が落ちる。

 やがて、リースレッドが口を開いた。


「……旅にって、…お前、掟を忘れたのか?」


 掟。


 ダークエルフは、たとえどんな理由があろうとも決して集落の外に出てはならない。


「忘れてないよ」


 ルーンはブルーテイルを見つめながら、言った。


「でも……この子を見つけたのは、私です。それに、本に書いてあることが本当なら――この子が死んだら、世界は滅びる」


 顔を上げ、まっすぐに長とリースレッドを見る。


「世界が滅びたら……掟も、何も、なくなります」


 必死だった。

 声は震えていたが、目は逸らさなかった。


「これは、私がやらなくちゃいけない事なんです」

「………」

「この子を見た時に感じたんです。この子は私が助けないと…。この子を救わないとって。だから、お願いします」


 もう一度、深く頭を下げる。

 それからどれほどの時間が経ったか。ルーンの説得は続いた。


 こんな妹を見るのは初めてだと、リースレッドは思った。


「………」


 視線を、長へと送る。

 長は、眉間に皺を寄せたまましばらく考え、長く息を吐いた。


「……わかった」

「! 長!」

「ルーンがここまで言うんだ。……それほど本気なのだろう。今回は特例として、集落の外へ出ることを許可する」

「っ、」


 その言葉に、リースレッドは目を見開く。

 思わず声を上げかけたが、長の視線に押し黙った。


「ルーンにあれを」

「………」


 長に言われ、眉間に皺を寄せたままルーンに歩み寄った彼は、渋々、袖の中から五角形に光り輝く板を取り出す。


「……持っていけ」


 (しょう)と呼ばれるそれを受け取り、ルーンは深く頭を下げた。


「ありがとう、兄さん。ありがとうございます、長様……!」


 そして、ルーンは長たちに背を向ける。

 急いで彼女は家に戻り、集落を出る準備を始めた。


 その夜、荷物を抱えたルーンは、森を抜ける前、一度だけ振り返る。


「………」


 胸に付けたブローチにそっと触れ、思い浮かべるのは、生まれ育った場所。


「……いってきます」


 ブルーテイルに雫を飲ませて、必ず帰ってくる。

 その想いを胸に刻み込み、彼女は前を向いて歩き出した。



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