旧灯台の幽霊
螺旋階段を上っても、声は止まらなかった。
――でていけ。
――でていけ。
灯台全体が唸るように震え、背後からはなおも物が飛んでくる気配がある。
シオンは振り返りざまに剣を振るい、飛来する破片を弾き落とした。
「くっ……!」
「右から来るわ!」
ルーンの声と同時に魔法が放たれ、宙を舞っていた樽が壁に叩きつけられる。
容赦のない攻撃の中、三人は息を切らしながら階段を駆け上がった。
やがて、ひとつの扉が見えた。
「逃げ込め!」
シオンが押し開け、三人は雪崩れ込むように中へ転がり込む。
直後、扉の向こうでドン、ドン、と激しい衝撃音が響いた。
シオンは背中で扉を押さえ、短く息を吐く。
「……っ、どうなってるんだ」
剣を持つ手に力を込めたまま、低く呟く。
まさか、リリアが言っていたように、本当にここには“幽霊”がいるとでもいうのだろうか。
「…………」
ルーンは周囲を見渡す。
コンクリートの壁に囲まれた、狭い部屋。
ボロボロのベッドと机があり、机の上には壊れたランタンが転がっている。誰かが、ここで生活していた痕跡だった。
「ここから、どうするの?」
ルーンの問いに、シオンは眉をひそめる。
背後の扉は今にも蹴破られそうだ。
「そうだな…」
窓から外へ出て、一時撤退するか。
それとも、覚悟を決めて扉を開け、さらに上を目指すか。
二つにひとつだった。
顔を見合わせ、短い言葉を交わしながら思案する二人。
その様子を見て、フィルは盾を抱えたまま、震える胸元を押さえた。
「……ちょ、二人とも何でそんな落ち着いてるの!怖くないの!?」
彼の言葉に、シオンは首を横に振る。
「別に」
それに続いて、ルーンもあっさりと頷いた。
「私も、そこまででもないわ」
「……えぇ」
平然と答える二人に、フィルは肩を落とす。
シオンが幽霊を怖がらないのは、なんとなく分かる。
だが、ルーンまで恐怖を感じていないのは予想外だった。
今まで彼が出会ってきた女の子は、例外なく全員、幽霊が苦手だった。だから、ルーンも当然、幽霊が怖いものだとどこかで思い込んでいたのだ。
「フィルは怖いの?」
ルーンにそう聞かれ、フィルは勢いよく頷く。
「こ、怖いに決まってるよ!」
声が裏返る。
「子供の頃、母さんに読んでもらった絵本に出てきた幽霊が、もう……本当に怖くてさ……それからずっと、幽霊って聞くだけで震えが止まらなくなっちゃって、無理なんだ!」
言い終えた直後、再び声が響く。
――でていけ
低く唸るような声に、フィルは短く悲鳴を上げ、盾で身体を隠した。
「ひっ……!」
その時、ルーンがふと天井を見上げ、視線を止める。
彼女の視線の先。
天井から、古びた伝声管がぶら下がっていた。
「…大丈夫よ、フィル。あれを見て」
「へ?」
ルーンはフィルの方を見ずに、落ち着いた声で言う。
彼女の指差す先を追って、フィルが顔を上げた。
再び、伝声管から声が響く。
――でていけ
――でていけぇ
ルーンは近付いて耳を澄ませた。
声と同時に、微かな機械音も混じっている。
「…ここにいるのは、幽霊じゃないわ」
ルーンはきっぱりと言った。
「外にあるものも、誰かが魔法を使って動かしてるだけ」
「……人間の仕業って事か?」
シオンの問いに、ルーンは頷く。
そして、ブローチに触れた。
淡い光と共に、ブルーテイルが呼び出される。
掌の上でくるくると回り、小さく鳴き声をあげた。
「少し、驚かせてあげましょう」
そう言って、ルーンはブルーテイルを伝声管の方へ送り出す。
ブルーテイルは軽やかに宙を滑り、そのまま伝声管の中へと吸い込まれていった。それは、部屋の外へと続いている。
――でていけ。
――でていけ。
声は続く。
怯えながら、フィルはルーンのそばへ寄り、伝声管を見つめた。
そして、しばらくすると――
『わー!?なんだこいつ!!』
伝声管越しに、慌てた少年の声が響いた。
同時に、ブルーテイルの鳴き声。
『きゅうっ!』
『ぎゃー!や、やめろって!!そこには乗るなぁ!!』
何かが倒れる音、金属がぶつかる音。
その瞬間、扉の向こうでガラガラと音がした。
どうやら、疑似心霊現象は収まったらしい。
伝声管からは、ガシャン、ガシャンと騒がしい音が続いている。
その音を聞きながら、ルーンはフィルに向かって微笑んだ。
「ね。幽霊じゃなかったでしょう」
「……う、うん……」
フィルはまだ半信半疑ながら、盾を下ろした。
「さ、あの子たちのもとへ向かいましょう」
ルーンの言葉で、三人は部屋を出る。
廊下には、樽や机が無造作に転がっていた。
先ほどまでの異様な気配は、嘘のように消えている。
「行くぞ」
天井を伝う管を辿り、さらに上へ。
階段を上ってすぐの場所にある部屋。
管は、その扉の向こうへと続いていた。
「どうやら、ここのようね」
「き、気を付けてね、シオン…っ」
「…………」
シオンが剣を構え、ゆっくりと扉を開ける。
警戒しながら中を覗いた、その先には――
「きゅう!」
「だから待てっての!!」
ブルーテイルと、ブルーテイルを追い掛ける、ひとりの少年の姿があった。




