旧灯台で
旧灯台は、近付くほどに静まり返っていた。
波の音は確かに聞こえているはずなのに、建物の周囲だけ、音が薄く引き伸ばされたように感じられる。
石造りの灯台は長く放置されていたらしく、壁にはひびが走り、扉の蝶番は錆びついていた。
「……ここか」
「わー。見るからに何か出そう…」
シオンが押すと、軋む音を立てて扉が開く。
中は暗い。
かつて灯りを導いていたであろう内部は、今では空気が澱み、湿った匂いが鼻を刺した。
「手掛かりを探そう。フィルは右。ルーンは左だ」
そう言い、シオンは奥へ。
ルーンは壁沿いに視線を走らせ、フィルは二人から少し遅れて入口付近を調べる。
床には転がった木箱、崩れかけた机、空の樽。
どれも長い年月を感じさせるものばかりだ。
「……な、何もなさそうだけど」
フィルがそう呟いた、その時。
――……かえれ……
どこからともなく、掠れた声が聞こえた。
「ひっ!?」
フィルが肩を跳ねさせる。
「い、いいいい、今、聞こえた!?」
「ええ」
ルーンは落ち着いた声で答え、視線を天井へ向けた。
「声、ね」
シオンは剣の柄に手を置き、ゆっくりと周囲を見渡す。
――……でていけ……
今度は、はっきりと聞こえてくる。
次の瞬間、ガタン、と音がした。
入口近くに置かれていた樽が、ひとりでに転がり出す。
それだけではない。倒れかけていた机が浮き上がり、軋む音を立てながら宙を滑った。
「わあああ!?」
机がフィルに向かって飛んでくる。
「フィル!」
シオンが間に入り、剣で叩き落とす。
木片が弾け、床に散らばった。
だが、それで終わりではなかった。
樽、木箱、破片――
灯台の内部にあるものすべてが、意思を持ったかのように動き出す。
「物体操作?……いえ、違う」
ルーンは冷静に状況を見極める。
「何かが、ここから私たちを追い出そうとしてる」
「何かって、何……!?」
フィルは盾を構えながら、必死に飛んでくる木箱を防ぐ。
衝撃が腕に伝わり、思わず歯を食いしばった。
「フィル、右だ!」
「ひい!わ、分かってるよ!」
声は出ているが、明らかに余裕はない。
呼吸が浅く、視線も定まらず、足がわずかに震えている。
それとは対照的に、シオンは冷静だった。
最小限の動きで飛来物を弾き、進路を切り開いていく。
「っ…」
彼の視線の先、崩れかけた壁の奥に、螺旋階段が見えた。
「階段だ!ひとまず上に行くぞ!」
ルーンが頷き、魔法陣を展開させる。
「このままここにいれば、消耗するだけね」
「でも、どうやってあそこまで行くの……!?」
フィルの声は半ば悲鳴だった。
「俺が前に出る。ルーンは援護。フィルは頑張ってついてこい」
シオンは迷いなく言い切る。
「……っ、り、了解!」
再び声が響く。
――……でていけ……でていけ……!
怒りを孕んだような音と共に、樽がまとめて飛んでくる。
ルーンが短く詠唱し、風が巻き起こる。
軌道が逸れ、樽は壁に激突して砕け散った。
「今だ!」
三人は一気に駆け出す。
瓦礫を踏み越え、軋む床を蹴り、螺旋階段へと飛び込んだ。
最後にフィルが振り返ると、暗闇の奥で、何かが蠢く。
「……っ」
背筋が凍る。
だが、考えている暇はない。
階段を駆け上がる三人の背後で、灯台の内部は、なおも不気味な声を響かせていた。




