次なるカラーは
ブルーテイルにパープルの雫を飲ませた三人は、港町へと戻ってきた。
夕暮れの空気はどこか湿り気を帯びていて、潮の匂いが町全体を包んでいる。
長い移動と戦闘の疲労が、今になってじわじわと身体にのしかかっていた。
「やっと帰ってきたー…!オレ、もうへとへと…」
「私も疲れたわ」
「なら、このまま宿へ向かおう」
シオンの言葉に、誰も異を唱えなかった。
三人が向かったのは、シオンとフィルが寝泊まりしている宿屋だった。
木製の扉を押し開けると、鈴の音が小さく鳴る。
ちょうどロビーでは、宿の店主が箒を手に掃除をしていた。
ブロンドの長い髪を後ろでひとつにまとめ、軽やかな手つきで床を掃いている。彼女の名はセシル。セシルはシオンたちの姿に気付くと、箒を止め、穏やかに微笑んだ。
「おかえり。シオン、フィル」
そう言って、壁に箒を立てかけ、こちらへ歩み寄ってくる。
そのとき、ルーンの視線は、セシルの頬から首筋へと自然に向かった。そこには、はっきりと残るひとつの大きな傷痕があった。
「ただいまー、セシルさん」
「うん?なんだか疲れた顔をしてるね。しばらく部屋に帰ってなかったみたいだけど、何処かに行っていたのかい?」
「少し遠出をしていた。依頼を受けてな」
「そうかい。…ん?その子は?」
セシルはルーンの方に視線を向ける。
シオンがルーンを紹介すると、彼女は驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかく微笑んだ。
「なるほど。よろしくね、ルーンちゃん。私はセシルだ」
「……よろしく」
そして、三人はシオンたちが借りている二階の部屋へと向かう。
部屋に入るなり、ルーンは荷物をベッドの上に置くと、間を置かずに口を開いた。
「疲れているところ悪いけど、次のカラーの話をさせてもらうわ」
彼女の声は、疲れを感じさせながらも迷いがない。
「次のカラーは何処にあるんだ?」
椅子に座り、背もたれに両肘を乗せたフィルが聞いた。
パープルの雫を飲ませたことで、ブルーテイルにはわずかな猶予が生まれた。だが、それでも時間がないことには変わりない。
ルーンは荷物袋から地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
そして、指先で南を示した。
今いる大陸よりも、ひと回り小さな南の大陸。
次に狙うべきカラーは、そこにあった。
「次は、ここよ」
ルーンの肩に乗っていたブルーテイルが、ぴょんと地図の上に降り、丸くなる。
「ここは、南の大陸だな」
「ここにあるのは?」
「レッドよ」
「レッド…。南の大陸ってことは…」
「船に乗る必要があるな」
南の大陸へ渡るには、海を越えなければならない。
定期船が出ているはずだ。と、シオンがそう言った、その時。部屋の扉がノックされ、セシルが顔を覗かせた。
「ルーンちゃんの部屋、用意できたよ」
「部屋?」
「今日は泊まっていくんだろ?だったら、彼女の部屋も用意しなくちゃ。年頃の少年少女が同室ってわけにもいかないだろ。いくら、保護者同伴と言えどね」
「(保護者って、俺の事か?)」
「…………」
セシルが言うも、ルーンは必要ないと首を振る。
「せっかく用意してくれたのに申し訳ないけど、できれば、今日中に南へ渡りたいの。休みたいのは山々だけど、遠慮しておくわ」
その言葉に、セシルは少し驚いたように目を見開いた。
だが、シオンが口を開き、今すぐに船には乗れないと言う。
「どうして?」
「船に乗るには、チケットが要る」
「チケット?それは、すぐに買えないの?」
「一人分ならなんとかなるかもしれないが、三人分となると難しいな」
「いくらで買えるの?」
フィルが続ける。
「三人分で、だいたい金貨200。今、オレたちが持ってる金貨だけじゃ全然足りないよ」
「………」
ルーンは眉をひそめた。
今、彼らが持っている金貨は30。
魔獣から得たコインを売って合わせても、せいぜい70枚程度で、あと130枚足らなかった。
「手頃な依頼を受けるしかないな」
シオンとフィルは顔を見合わせ、そう結論づけた。
ルーンは静かに息を吐く。
自分ひとりなら、魔法で木舟を召喚して海を渡ることもできる。
だが、彼らに協力を頼んだ以上、勝手な行動は取れない。
「(仕方ない、のかしらね……)」
カラー探しの旅は、思わぬところで足止めされた。
「……なら、今日は休むわ」
そう言って、ルーンはセシルに部屋へ案内してほしいと頼んだ。
船に乗れないとわかった以上、用意してくれた部屋を使わないという選択肢を選ばないわけにはいかない。
セシルはにこりと笑い、「こっちだよ」と扉を開けたまま歩き出した。
「じゃあ、今日は解散だね」
フィルの言葉にシオンは頷き、立ち上がる。
「ギルドで、手頃な依頼がないか見てくる」
そう言い残し、彼は部屋を出て行った。
ルーンも地図を畳んで荷物袋に戻し、ブルーテイルを肩に乗せると、フィルに背を向ける。
「それじゃあ、私も行くわ。またあとでね」
「うん」
「お金稼ぎ、私も手伝うから」
それだけ言って、彼女も部屋を出ていった。
扉が閉まり、部屋にはフィルひとりが残される。
足音が聞こえなくなったタイミングでフィルは両手を振り上げ、そのままどさりとベッドに倒れ込んだ。
「はぁ。凄く、疲れた……」
大きな欠伸をし、右手を天井へ向けて伸ばして掌を見つめる。
そこには、彼にしか見えない刻印があった。
黒く光り、陽炎のように揺らめく紋様。
確かな存在感をもって、そこに刻まれている。
フィルはそれを見つめ、静かにため息を吐いた。
三年前、突如として現れたこの刻印。
それが原因で国を追われ、一夜にして居場所を失った彼だが、シオンに助けられたあの日から、この大陸、この港町で、今日まで身分を隠しながら探求者として生きてきた。
「……カラー、か」
世界中を移動する存在。
もしかしたら、自分がいた国のある大陸にも、カラーが存在するのかもしれない。
――そのときは、行くことになるんだろうな。
「……(嫌だなぁ)」
そう呟いて、伸ばした腕を額に乗せる。
そしてもう一度、深いため息を吐いた。




