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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
プロローグ
1/9

出会い 前編





 一隻の小さな木舟の上。両の手のひらにそっと乗せたブルーテイルを見つめながら、私は眉をひそめた。


 ブルーテイルの力が、明らかに弱まっている。

 淡い光は以前よりも心許なく、呼吸に合わせて揺れるその輝きさえ、どこか不安定だ。


 ――早くしないと。


「…………」


 胸の奥で焦りが膨らむ。

 急がなければ、取り返しのつかないところまで行ってしまう。

 そんな予感が、嫌になるほど鮮明だった。


「……!」


 顔を上げる。

 見渡す限り、青しかない大海原。

 その先、水平線を割るようにして、巨大な大木がそびえ立っていた。


 世界樹と呼ばれた大木の根元に抱かれるようにして築かれた港町――ラ=パープル。

 そこが、私の目的地だ。



+



「よいしょ」


 やがて舟は桟橋へと辿り着く。

 紫色の前髪が潮風に揺れるのを感じながら、荷物を手にして舟を降りた。


 もう、この舟に用はない。


 指先に緑の炎を灯す。

 木舟は抵抗することなく燃え上がり、やがて灰となって海へ還った。

 振り返ることなく、私は港町へと歩き出す。


 商店通りは賑やかだった。人間だけではない、エルフやドワーフなど様々な種族の生き物が行き交い、呼び込みの声や笑い声が絶えない。

 その流れに身を任せつつ、私は灰色の屋根の建物の中へと足を踏み入れた。


 中もまた、同じように騒がしかった。

 きょろきょろと周囲を見渡しながら、カウンターへと向かう。

 木の柵を挟んだ向こう側に座る女性が、私を見るなり柔らかく微笑んだ。


「こんにちは。初めてさんですね」


 被っていたフードを外し、私は口を開く。


「ここに来れば、依頼を出せると聞いたのだけれど」


 その言葉に、女性は慣れた手つきで数枚の紙を取り出し、私の前に並べた。


「では、こちらに記入をお願いします」


 にこやかな笑顔。

 近くに置かれていた小さな木箱からペンを取り、紙に手を添える。

 どうやら、依頼を出すには手続きが必要らしい。


「(……面倒くさいわね)」


 内心でそう呟きながら、必要事項の枠へとペンを走らせる。

 そのとき、背後から笑い声が聞こえてきた。男性が二人、女性が一人。どうやら私の容姿を見て、面白がっているらしい。

 小さな身体の、どこが悪いのかしら。


「すまない。少しいいか?」


 気に留めることなく書き続けていると、今度は頭上から声が降ってきた。

 思わず肩を跳ねさせ、振り向く。

 そこに立っていたのは、私より頭ひとつ分背の高い、紺色の髪の男性だった。

 彼はちらりと私を見て、カウンターの女性へ声を投げる。


「あ、お疲れ様です。今回はどんなご要件です?」

「すぐに金が欲しい。手頃な依頼はあるか?」

「はい。少々お待ちください」


 短いやり取りのあと、女性は奥へと歩いていく。

 カウンターの奥には女性の背丈より少し高い棚が並び、色とりどりのファイルが整然と収められていた。

 その中で、彼女は赤いファイルが収められている棚に立ち、透明な戸を開ける。


「書き終わったわ」


 ペンを木箱に戻し、ふぅと息を吐く。

 そう言うと、女性は振り返り、ファイルを手にしたままこちらへ戻ってきた。

 私から紙を受け取り、じっと目を走らせる。


 その瞬間、彼女の目が一瞬だけ見開かれた。


「あの……これは、本気で?」


 恐る恐る、といった調子で問われる。私はただ頷いた。

 すると、彼女は見るからに慌て始める。


「あの、ここに書かれた依頼内容は、特S級に該当するものです。本当によろしいのですか?」

「問題ないわ」


 再び頷くと、女性は眉尻を下げ、観念したように言った。


「……わかりました」


 作業には少し時間がかかるとのことで、私はその場で待つことになった。

 礼を告げ、カウンターから離れる。


「……?」


 近くの壁には、「依頼表」と書かれたボードが掛けられていた。

 上から下まで紙がびっしりと貼られており、上に行くほど内容は難しくなっているようだ。


「……(色々あるのね)」


 それらを眺めていると、再び背後から声をかけられた。

 振り向けば、先ほどの男女三人。


「おっと?ここはいつから託児所になったんだ?」

「子供の来る所じゃねぇぞ」


 にたにたとした笑みが、不快感を煽る。


「ここはギルドだ。探求者の溜まり場なんだよ」


 男性の一人が言う。


「誰が来たっていいでしょ」


 返すと、男性は眉をひそめ、距離を詰めてきた。

 壁に手をつき、私を見下ろす。


「ここはてめぇみたいな女が来ていい場所じゃねぇって言ってんだよ。生意気言ってっと、どうなるかわかってんだろうな」


 ――典型的な煽り屋。


「オレはA級ライセンス持ちだ。怒らせたら、その細っこい腕、使い物にならなくなるぜ」


 どうやら、誰でもいいから八つ当たりしたいらしい。


「……はぁ」


 思わず溜め息が漏れる。

 面倒くさい。本当に。

 こんな所で力は使いたくない。でも、これが続くなら考え直す必要がある。

 私は、男性に見えないよう、手のひらに小さな魔法陣を展開し、青い炎を生み出した。


 ――けれど、そのとき。


「やめておけ」


 奥から声が響いた。

 顔を向けると、そこには先ほどカウンターで見た紺髪の男性が立っていた。

 男性…煽り屋さんは壁から手を離し、彼を睨みつける。


「んだよ。誰かと思えば、てめぇか。シオン」

「クエストが失敗したからって、八つ当たりするな」


 彼の名前は、シオンと言うらしい。


「…何だと?」


 低い声を漏らし、煽り屋さんはシオンの方へ歩み寄る。

 私は魔法陣を消し、そっと息を吐いた。

 シオンの手には赤いファイル。カウンターの女性から受け取ったのだろう。

 煽り屋さんはそれを見て、鼻で笑う。


「天下のS級様が、可愛いもん持ってんな」

「今すぐ金が必要なんだ」


 シオンは淡々と返す。


「難しい依頼を選んで、時間はかけたくない」


 どうやら、怪しい男に相棒が騙され、金をすべて取られたらしい。

 理由を聞いた男は、また鼻で笑った。


「で、その相棒はどこだ?」


 問われ、シオンはため息混じりに答える。


「今は、そいつをボコしに行ってる」

「おーい、シオーン!」


 そのとき、彼の名を呼ぶ声が響いた。

 大きな盾を背負った、小柄な金色の髪の男性がこちらへ駆け寄ってくる。


 シオンは彼の方へ顔を向けた。




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