第十二章
公爵は、私の目を真っ直ぐ見つめながら、静かに続けた。
「これからは、毎日顔を合わせることになりそうだ」
その言葉の意味を理解した瞬間、私の頬が急速に熱くなるのを感じた。顔全体が火照っている。心臓が、また激しく鼓動を始めた。
毎日、顔を合わせる――それは単なる業務上の話ではないような気がした。彼の灰色の瞳に宿る温かさが、そう告げていた。
「よ、よろしくお願いいたします」
私は、どうにか言葉を絞り出した。声が少し上ずっているのが、自分でも分かる。
「ああ」
公爵は満足そうに頷いた。
「楽しみにしている」
そう言うと、彼は優雅にマントを翻して、工房を出ていった。黒いマントが風を受けて広がり、まるで夜そのものが去っていくかのようだった。扉が閉まる音が響き、彼の足音が遠ざかっていく。
私は、その場に立ち尽くしていた。胸の高鳴りが、まだ収まらない。
「ふふふ」
突然、笑い声が聞こえて、私は我に返った。
振り返ると、ライアン侯爵が、にやにやしながら近づいてきた。その緑の瞳が、悪戯っぽく輝いている。彼はいつの間に工房に戻ってきたのだろう。
「おめでとう、セレスティーナ嬢。筆頭職人の任命、本当に素晴らしい」
彼は祝福の言葉を述べたが、その表情には明らかに別の意味が込められている。
「それにしても」
ライアンは声を低めて、私に近づいた。
「公爵があんなに笑うなんて、珍しいことですよ。いや、正確に言えば、ここ数年で初めて見たかもしれない」
「え?」
私は驚いて、ライアンを見た。
「あの人、普段は氷の彫像みたいに無表情なんです。誰に対しても冷たく、感情を表に出さない。側近の私でさえ、何を考えているか分からないことが多いくらいで」
ライアンは、まるで面白い秘密を打ち明けるかのように続けた。
「でも、貴女の話になると、妙に熱心になるんですよ。『ローレンス家の調査はどうなっている』『セレスティーナは無事か』って、何度も確認してきて」
私の顔が、また熱くなった。
ライアンは、意味深に片目をつぶった。
「実は、貴女の叔父の悪事を調べるように私に命じたのも、公爵なんです。あの舞踏会の前からずっと、調査を進めていました」
「まさか......」
私は息を呑んだ。あの日、ライアンが証拠を持っていたのは、偶然ではなかったのだ。
「十年前の葬儀で会った時から、ずっと気にかけていたそうですよ」
ライアンの声が、優しくなった。
「『あの聡明そうな瞳の少女が、今どうしているか』『もし不当な扱いを受けているなら、助けなければ』って。公爵は、ずっと貴女のことを探していたんです」
胸が、激しく高鳴った。
まさか、公爵が、ずっと――
十年前、幼かった私を覚えていてくれたなんて。そして、ずっと気にかけていてくれたなんて。
涙が込み上げてきた。でも、それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
「これから忙しくなりそうですね」
ライアンが、楽しそうに言った。その表情は、まるで弟の幸せを見守る兄のようだ。
「宮廷の仕事も、恋の行方も」
「こ、恋だなんて!」
私は慌てて否定した。しかし、顔の熱さは隠せない。
「そう照れなくても」
ライアンは優しく笑った。
「これから、ゆっくり進めばいいんです。公爵は不器用な人だから、時間はかかるかもしれませんが――でも、あの人の想いは本物ですよ」
その言葉に、私は何も答えられなかった。
ただ、胸の奥が温かくなるのを感じていた。




