第十章
「なんですって?貴女、まだ――」
「貴女は、私に三日で仕立てろと無理な要求をしました」
私の声は静かだったが、工房全体に響いた。
「通常、あのような精緻なドレスには、最低でも二週間は必要です。それを三日で、しかも他の仕事をしながら仕上げろと。さらに、用意された生地も最低限の量しかなかった。継ぎ目を増やさざるを得ず、補強も十分にできませんでした」
私は、工房の職人たちを見渡した。
「急いで作った上に、生地の質も悪く、量も足りなければ、破れるのは当然です。これは、どの職人に聞いても同じ答えが返ってくるはずです」
メートゥル・ジャンが、大きく頷いた。
「その通りです」
彼は侍女長の方を向いて、職人としての意見を述べた。
「確かに、粗悪な生地で、しかも十分な量がなく、さらに急いで仕立てれば、そうなるでしょうな。これは魔術でも何でもない。単なる物理的な限界です」
他の職人たちも、口々に同意の声を上げた。
「その通り」
「無理な要求だ」
「三日であのような複雑なドレスなど」
ミレイユの顔が、真っ青になった。
「で、でも――」
「それに」
私は続けた。
私は、ミレイユを真っ直ぐに見据えた。もう、怯える必要はない。この十年間、ずっと耐えてきた。でも今、私には力がある。
「魔術というなら」
私の声は、工房全体に響いた。
「貴女たちの方こそ、この十年間、私に『魔術』をかけていたのではありませんか?」
ミレイユの目が、驚きで見開かれた。
「何を――」
「正当な相続人である私から、財産を奪い、使用人として扱い、存在さえも隠していた」
私は一歩、また一歩と、彼女に近づいた。ミレイユが、後ずさりする。
「病弱だと嘘をつき、社交界から締め出し、物置部屋に閉じ込めて、まともな食事さえ与えなかった。私の人生を奪い、尊厳を踏みにじり、希望を消そうとした――これが『呪い』でなくて、何でしょう」
私の言葉に、工房中がざわめいた。職人たちが、驚愕と同情の目で私を見ている。侍女長の表情が、怒りで強張った。
ミレイユは、震える唇で何か言おうとしたが、言葉が出てこない。その後ろで、叔父の顔が土気色になっている。
その時、重々しい足音が響いた。
公爵が、ゆっくりとミレイユと叔父の前に立った。その存在感だけで、二人が萎縮するのが見て取れる。
「ジェラルド・ローレンス」
公爵の声は、低く、それでいて圧倒的な威圧感を持っていた。
「まだ諦めていなかったのか。すでに貴殿の罪状は明らかだ。横領、詐欺、後見人としての義務違反――証拠は全て揃っている。これ以上の醜態を晒すな」
「しかし、公爵様」
叔父が、必死に言い訳を始めた。その声は情けなく震えている。
「この小娘は、まだ若く、世間知らずで――」
「その小娘が」
公爵の声が、一段と冷たくなった。まるで氷の刃のように、空気を切り裂く。
「失われた技術を復活させ、王国の宝となる作品を生み出した。百年の時を超えて、伝説の技を蘇らせた。これがどれほど偉大なことか、貴殿には理解できまい」
公爵は、叔父を見下ろした。その灰色の瞳には、一片の慈悲もない。
「一方、貴殿は何を成した?姪の財産を奪い、才能を押し殺し、私腹を肥やしただけではないか。十年という貴重な時間を、一人の少女から奪った。その罪の重さが分かっているのか」
叔父の膝が、がくがくと震えている。額から汗が滝のように流れ落ちていた。
「それに」
公爵は、冷たい視線をミレイユにも向けた。
「娘を社交界に送り出すため、セレスティーナの技術を利用し、その功績を横取りした。貴族としての品位も、人としての良心も、何一つ持ち合わせていない」
公爵が手を上げた。その動作に、工房の入口に控えていた衛兵たちが敬礼をして入ってくる。
「衛兵、この者たちを連行しろ。王宮の牢に入れておけ。正式な裁判は、来週行う」
二人の衛兵が、叔父の両腕を掴んだ。叔父は抵抗しようとしたが、衛兵たちの力には敵わない。
「お待ちください!」
その時、ミレイユが突然叫んだ。
彼女は衛兵を振り払い、私の方へと駆け寄ってきた。その目には、涙が浮かんでいる。しかしそれは、後悔の涙ではなく、恐怖の涙だった。
「セレスティーナ!」
ミレイユが私の手を掴もうとした。私は一歩下がって、それを避ける。
「私たちは家族でしょう?ねえ、家族なんだから――助けてちょうだい!お父様が牢に入れられるなんて、そんな――」
今更、家族。
その言葉が、まるで冗談のように聞こえた。十年間、一度もそんな風に扱われたことはなかった。家族の食卓に座ることも許されず、家族の会話に加わることもなく、ただ命令を聞くだけの存在として扱われてきた。
「ミレイユ」




