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十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹公爵に狂おしいほど愛される。  作者: mera


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第一章


「お前に相応しい場所は、この屋敷の隅にある物置部屋だけだ」

叔父ジェラルド・ローレンスの冷たい声が、朝の食堂に響き渡った。


私、セレスティーナ・ローレンスは、黙って俯いたまま、テーブルの端に置かれた硬いパンを手に取った。

かつて両親と共に座っていた椅子には、今は叔父とその連れ子であるミレイユが座っている。


十年前、両親が馬車の事故で急逝してから、私の人生は一変した。

ローレンス子爵家の正統な後継者であるはずの私は、後見人となった叔父によって、使用人同然の扱いを受けていた。


「セレスティーナ、今日も王宮の舞踏会用のドレスを仕立てなさい」

ミレイユが優雅にティーカップを傾けながら命じた。彼女は叔父が再婚相手と共に連れてきた義理の妹だが、今では完全にこの屋敷の令嬢として振る舞っている。


「......かしこまりました」

私は静かに答えた。反論すれば、食事さえ与えられなくなる。

この十年間で、私はそれを嫌というほど学んでいた。


食堂を後にして、屋敷の片隅にある小さな裁縫部屋へと向かう。

かつては物置として使われていた狭い空間が、今の私の仕事場であり、寝室でもあった。


部屋に入ると、昨日から取り掛かっている青いシルクのドレスが目に入った。ミレイユが明後日の王宮舞踏会で着るためのものだ。彼女は社交界でも評判の美女として知られているが、その美しさを彩るドレスのほとんどは、私が仕立てたものだった。


針を手に取り、細かな刺繍を施していく。

不思議なことに、私が針仕事をする時、まるで布地が私に語りかけてくるような感覚があった。

この絹はどこで織られ、どんな人の手を経てここまで来たのか――そんな記憶が、かすかに伝わってくるのだ。


それは、私だけが持つ秘密の力だった。


『星霜の記憶』


物に宿る過去と、時に未来の記憶を読み取ることができる希少な能力。

しかし、この力のことは誰にも話していない。もし叔父に知られれば、さらに利用されるだけだろうから。


「セレスティーナ様」


扉を軽くノックする音と共に、優しい声が聞こえた。

振り返ると、この屋敷で唯一私に敬意を払ってくれる侍従のエマが立っていた。


「エマ......」

「お食事、これしか持ってこられませんでしたが」

彼女は小さなバスケットを差し出した。中には温かいスープとふかふかのパンが入っている。明らかに使用人用の食事ではない。

「ありがとう。でも、見つかったら貴女が――」

「大丈夫です。私はもう、この屋敷に四十年も仕えています。亡くなられた奥様......貴女のお母様には、本当によくしていただきました。せめてこれくらいは」


エマの瞳に涙が浮かんでいた。私の母は、使用人たちにも分け隔てなく優しく接する人だった。その記憶が、今も彼女の中に生きている。

「それと、これを」

エマが小さな紙片を差し出した。王宮からの招待状だった。


「これは......?」

「明後日の舞踏会、セレスティーナ様にも正式な招待状が届いていました。ジェラルド様が隠していたのを、偶然見つけまして」

私は招待状を見つめた。『ローレンス子爵家令嬢セレスティーナ・ローレンス殿』と、私の正式な身分が記されている。


「でも、ドレスも何も......」

「お母様の形見のドレスがまだ残っています。少し手直しすれば」

エマの提案に、私の胸が高鳴った。もう何年も社交界から遠ざけられていた。叔父は私を「病弱で人前に出られない」ということにして、すべての行事から締め出していたのだ。


「行きたい......でも」

「セレスティーナ様、貴女は正真正銘のローレンス家の令嬢です。堂々と行かれるべきです」

その時、廊下から足音が聞こえてきた。エマは素早く招待状を私のエプロンのポケットに押し込んだ。


「おい、セレスティーナ!」

扉が乱暴に開かれ、叔父が入ってきた。その顔は怒りで赤らんでいる。


「ミレイユのドレスはまだ完成していないのか?明後日の舞踏会は、ヴィルフォール公爵も出席される重要な場だぞ」

ヴィルフォール公爵――その名前を聞いて、私の心臓が跳ねた。若くして爵位を継ぎ、剣術の達人として名高いアレクサンダー・ヴィルフォール。王国でも五指に入る権力者だ。


「明日の夕方までには必ず」

「遅い!今夜中に仕上げろ。さもなければ、三日間食事抜きだ」

叔父は踵を返して出て行った。エマも静かに頭を下げて退室する。

再び一人になった私は、針を持つ手に力を込めた。


(必ず、あの舞踏会に行く)


この十年間、耐えるしかなかった。でも、もしかしたら――もしかしたら、何かが変わるかもしれない。

窓の外では、春の陽光が優しく降り注いでいた。まるで、新しい季節の始まりを告げるように。

夜が更けても、私は針を動かし続けた。ミレイユのドレスは順調に仕上がっていく。青いシルクに銀糸で描かれた星座の刺繍は、まるで夜空を纏うような美しさだった。

ふと、手を止めて布地に触れる。すると、『星霜の記憶』が発動した。

――このドレスを着た女性が、大勢の前で恥をかいている光景が見えた。

未来の記憶だ。私の能力は、稀に物に宿る未来の片鱗を見せることがある。ミレイユが何か失態を犯すのだろうか?

しかし、今はそれどころではない。自分のドレスの準備もしなければならないのだから。

エマが言っていた母の形見のドレスは、屋敷の奥の物置に保管されているはずだ。明日の夜、皆が寝静まってから取りに行こう。


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