知恵のバトン
「命のバトン」について綴られた文章を読んで……
今朝、「命のバトン」という言葉が出てくる文章に出会った。自分は、女性だし、いつかは自分の身にもそれが起こるのではないかと思うこともあった。けれど、女性を生きて早くも閉経を迎えようとするこの時期に、自分は、その先の「敬老」のことを考えていた。
カレンダーには「敬老の日」という祝日があった。かつては、9月15日。現在では、9月の第3月曜日。そして、9月15日は老人の日ということで落ち着いている。
自分は、この「敬老」という言葉に恥じない老人になっていたいと思うようになった。自分は、我が子との直接の出会いが無いままに女性のサイクルを終えるだろうとして……。
年老いた自分を守ってくれる人は、きっと居なくなるであろうこの先で。自分は、これからの人生をどう生きるのだろう? その時に、現在の自分は、今だから出来ることをしたいと思う。かつて、老齢ということが、そのまま若い者たちにとっては、「経験者」であり、「生き字引」としての役割を果たした過去があったとして。「知恵のバトン」を渡す役割が、「高齢」ということに「敬い」を添えたのだと思う。
仏教の言葉では、こんな表現があった。
『学ぶことの少ない人は、牛のように老いる。かれの肉は増えるが、かれの智慧は増えない。』
(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳 岩波書店 真理のことば(ダンマパダ)第11章老いること152偈より引用)
これは、覚者であった釈尊のことば。この偈には、次のことばが続く。
『わたしは幾多の生涯にわたって生死の流れを無益に経めぐって来た、ーーー家屋の作者をさがしもとめてーーー。あの生涯、この生涯とくりかえすのは苦しいことである。
家屋の作者よ! 汝の正体は見られてしまった。汝はもやは家屋を作ることはないであろう。汝の梁はすべて折れ、家の屋根は壊れてしまった。心は形成作用を離れて、妄執を滅ぼし尽くした。』
(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳 岩波書店 真理のことば(ダンマパダ)第11章老いること153、4偈より引用)
これらの偈は、釈尊が覚りを開かれた直後に発せられたことばだと紹介される。
年を経たからこそ現在の自分に出来ること。
いまさら、高齢出産も出来ず、直接、子供達を残すこともできない自分に。
そう考えた時に、自分は、「若い子たちには難しいけれども、年を取ると何でも無くなることをしたい」と思うようになった。例えば、「人に何かを聞くこと」。少し戸惑うこともある。実務的なことで言えば、「手続き」のようなこと。
若い子が何かやろうとした時に、「届出」が必要になることもある。そのような、ちょっとした行政的なハードルも、年を取ると何でも無くなったりする。
それは、「経験」。
「できなかったことができるようになる」。
これも老いることの一つだと考える。知恵と経験の積み重ね。
「昨日まではできたことが、今日はできなくなる」。
これも老いることの一つだと考える。肉体の老化。
人間が老いることには、二つの行き先があって、一つは知恵への登り道。一つは、死への下り道。どちらも同時に生きていて、現在にたどり着く。
自分にとっての「命のバトン」は、「知恵」を渡すことにしたい。そのために自分は、学ぶことをやめないで行こう。こころの成長は、やがて体が動きを止めたとしてもできることだろうから。身体中に管を繋がれて人工呼吸器になった身でも、こころはいつでも健康に保つことができる。それが生命。生きることのすがた。そうやってそばにいる人たちを安らげて生きたい。
「知恵のバトン」で渡したい……




