第九章「孤独酒」2
ブラウンロックベアは体長が3メートルほどの熊であり、岩のような茶色い毛皮で身体が覆われている。
俺は槍を構えて果敢に飛び込んだ。
それを見てブラウンロックベアは立ち上がり、身体を大きく見せて威嚇をする。
熊なんてものは現実世界でも恐ろしい。
しかし、威力が高くリーチの長い武器を持ち、それが熊の攻撃よりも速く到達するのであれば問題はないはずだ。そう思っていた。
俺の槍がブラウンロックベアの腹部を捉えたが、まるで岩石のような毛皮に弾かれてしまう。
やばい。やばい。
次の瞬間にブラウンロックベアの振りかぶった右腕の攻撃が俺に襲いかかった。
岩石のような腕に取り付けられたナイフのような5つの爪が、俺の胸を横に引き裂く。
「いっつーッ!」
胸から血が滴り落ちたが、のけ反ったおかげで致命傷は避けることができた。
俺はブラウンロックベアを倒すことは諦め、逃げながら馬を呼んだ。
馬が来る前に背中もザックリやられたが、速度がついていたため、背中も軽傷で済み、馬に飛び乗ることに成功する。
熊であってもスピードでは、流石に馬に勝つことはできない。
俺はどうにか寝ぐらである洞窟に帰って、強い酒で傷口を消毒した。
今は負けていい。
悔しいと思う気持ちが、未来の勝利を作っていくんだ。
その夜、俺は何故かタモツと初めて会った日を思い出していた。
こんな奴が人間社会で本当に通用するのかと疑問だったよ。
まず、外見に嫌悪感がある。
脂ぎった髪でギョロ目の小太りなおっさんで、喋り方も何かおかしい。
脳をやられてるような、ねっちょりとした喋り方をしている。
あれは5年ほど前、アイツとは元の世界でよく行っていた居酒屋のカウンターで、何度か会って話しているうちに仲良くなった。
接していくと初見での不快感は凄いが、不思議なことに話しやすく、これほど面白い人間もそうそういないだろうと思うようになる。
もしかしたら、あのマイナスのファーストコンタクトが、その後の加点方式に繋がり、逆に親しみやすさに作用しているのかもしれない。
アイツとの思い出は、酒を飲んでただけだから特に思い出せない。
なんならこの世界での出来事の方が印象強いほどだが、平凡な時でも思い返すと悪くなかったなと思う。
懐かしいな。あの緩い日々は。
俺はあの頃に戻るために戦っているのかもしれない。
魔王を倒し、緩い世界を作るために。
この日からその目標を明確に俺は戦うことに決めた。
それから8、9日目と修行しレベルを18まで上げ、10日目にブラウンロックベア レベル18という良個体に出会った。
この巡り合いに関してはもう退くことはない。
なぜなら、命を捨てる気でなければ生涯到達できないレベルの段階まで来ているのは薄々感じているからだ。
そして俺はその日、馬上にいた。
「ブラウンロックベアよ。お前はどう来る?四足歩行のまま突進するか、状態を起こしその剛腕を振るってくるか?」
どちらにせよ、ヒットアンドアウェイで分厚い毛皮を削り取っていくしかない。
ブラウンロックベアは興奮していたようで、真っ先に俺に向かって突進してきたが、馬を操ってそれを回避し、すれ違い様に斬りつける。
何度、馬とこの馬術に救われたことだろう。
使う前はここまで有用だと思いもしなかった。
騎手やナイトの基本フィートである馬術で強化された馬は、乗り手が自分の手足のように馬を動かすことができ、元世界のもの以上に強力な兵器となっている。
それは、泥酔者の能力低下のハンデを補えるほどだった。
そしてまたお互い向き直って対峙する。
俺は再びすれ違い様に斬りつけるパターンに嵌めて翻弄し、ブラウンロックベアをあっさりと倒してしまった。
俺はレベル19になった。
そして、11、12、13日目とブラウンロックベアを探して狩り続けてレベル20になる。
この時には、戦闘によるストレスと生還した達成感の繰り返しで性格と生活習慣が矯正されて、泥酔者ではなく新たな職業に進化していた。
俺は<仏陀>になっていた。
俺は全ての泥酔者のアクションとフィートを忘却し、仏陀の基本にして最強のフィートである<マントラ>を習得していた。
もう酒などには執着しない。
俺は威風堂々として、この山を練り歩き、この山と一体となり、全てを吸収する。
ある日、俺は無に執着し、意識が朧の中で、夢想に達して、気がつくとレベル30になってしまっていた。
仏陀のフィート<夢想戦闘>だ。
人間同じことを繰り返していると、考えなくても同じことができるようになる。
これはその極地だった。
もう何日経ったのかもわからない。
感情や時間、そして欲から解放された世界がこんなにも素晴らしいなんて思わなかった。
俺は本当に自分の中に緩い世界を築いてしまったようだな。
時間を超越し、そしてまた気がつくと、俺は山頂に佇んでいた。
「これはなんだ?」
山頂には太枝が敷き詰められている。
何かの巣だろうか?
そして、次の瞬間には巨大な影が全てを覆い尽くしていた。
ああ、あの時の黒陰鳥か。
正確に言えば、もう黒陰鳥ではない。
ただの巨大な鳥だ。
もはや、巨大な鳥の羽ばたきに動じる俺ではない。
俺は烈風を浴びながら涼しげな顔で、空からソイツが降りてくるのを待っていた。




