第五章「最大の選択」
俺はタモツと顔を見合わせた。
1億円あれば今後の安泰は保証される。
しかし、街でお世話になった人達の命を犠牲にしてまで、この金を手に入れることなど道徳的に許されない。
少しの沈黙が訪れる。
「悩むことはないでしょう?今から街に走ったとしても、何人救えるか分かりません。さらにアナタ達自身が命を落としてしまうこともありえます。それならこのお金を受け取って、それを元手として人間に貢献した方が合理的だと思いますが」
確かにダグラスの情報からは、魔人の手がどこまで街に迫っているかもわからない。
もう手遅れかも。
しかし・・・
「わかった。金を頂こう」
俺が否定する前に、タモツは言った。
「ご協力感謝します」
ダグラスはそう言って、タモツに金の入った箱を渡すとニヤリと笑い、背景に透過して消え去った。
「タモツ・・・」
俺は何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。
しかし、今はそれどころではない。
俺はすぐに街に向かおうとしたが、タモツがそれを制止した。
「おいおい、取引は成立したんだぜ?金を貰った上、街の人間を逃したんじゃあ、奴らに何されるかわからねえ」
「俺は取引に応じていない」
「いや、もう金を受け取っちまった。良いじゃねえか。5千万ずつ分けよう。俺達が足掻いたところでどうにもならなかったさ」
確かにタモツの言うことも分かる。
だが、俺には魔人からの不気味な金を受け取る気にもなれないし、街の人々を見捨てることはどうしてもできなかった。
「知っているかトシ坊。レベル35もあればこの世界を支配できると言われている。ほとんどの人間がレベル3に満たないチカラで死んでいく中、俺達は数日でレベル5に到達している。俺達は特別なんだ。この金も俺達を最強へと押し上げようとする女神からの贈り物かもしれないんだぜ?」
タモツはこの世界に何か爪跡を残そうとしているようだが、俺はもうそんなつもりもない。
そして、タモツの手を振り解こうとする俺に、ついにタモツが痺れをきらす。
「トシミツ。どうやらここでお別れのようだな」
そう言って俺から手を放したタモツの方を見ると、タモツは両手で槍を構え直し、こちらに振り上げている。
「まさか、俺を殺そうってのか!?」
俺も槍を構え、そう聞いた。
「ああ、そうだな。お前が俺を裏切るのなら殺すしかないだろう。とりあえずは魔人に対しても良い顔をしておきたいからな」
俺には分かる。タモツも本気のようだ。
俺達はこの世界に来て、修羅場を経験し、少し死に対する感覚が麻痺している気がしていた。
もちろん、タモツがその気ならやってやる。
酒も入っているしな。
そして、心配するな。能力は同じだが俺の方が強い。
俺の武器ロティサリースピアには炎属性が付いている。
俺はタモツの右へ回り込もうとすると、タモツは俺の左側に回り込もうとしてきた。
そうして俺達はグルグルとしばらく回転する。
吐きそうだ。
やはり生死を賭けた戦いだ。
相手は人間だし、なかなか踏み出せるものではない。
俺が慎重に槍を前に出すと、タモツは槍で俺の槍を払う。
やがて速度が上昇し、少しづつ俺達は本気になっていった。
思いっきり槍を突き出すと、タモツにはなかなか当たらない。
そして、タモツも対抗して槍を突き出すが俺にはなかなか当たらない。
泥酔&千鳥足ステップの影響で、お互いの攻撃が当たらないのだ。
「ふふ、悪いなトシ坊。終わらせてもらうぜ」
タモツはお互いの攻撃が当たらないことを確認して、そう言った。
「何!?」
アクション:ヒットアタック
タモツの放った突きが、俺の足を貫通する。
「ぐあッ!」
俺はその場に膝をついた。
「どういうことだ!?」
「サブ職業を覚えているか?俺は密かにサブ職業を<狩人>に設定して経験値を回していたのさ。ヒットアタックは命中率の高い攻撃ができる技だ」
タモツは俺との対決を想定し、出し抜くため狩人をサブ職業に設定していたのだ。
俺もサブ職業を設定していなかったわけではない。
しかし、そのサブ職業は戦闘向きではない<騎手>だった。
俺は長期的に見て、この世界でポピュラーな移動手段である馬に乗れた方が便利だろうということで、あまり考えもせず騎手に経験値を回している。
つまり、タモツの方が一枚上手だったということだ。
くそッ、酒が回っているとはいえ、さすがに足が痛え。
「成仏してくれよ。トシ坊」
タモツが槍を振り上げる。
だが、それと同時に俺は口笛を吹いた。
アクション:馬呼び
タモツの背後から馬の足音が聞こえ、タモツが振り返ったが、すぐに馬はタモツを通りすぎて、俺の下にやってくる。
そして、俺は必死に走る馬にしがみついた。
「何だと!?」
タモツはそう言って呆然と、走り去る馬と俺を見つめていた。
そしてタモツが見えなくなり、馬に乗り直した俺は、何とか混迷の森から脱出した。
実は今回のクエストがやばそうだと感じた俺は、潮干狩り大会で少しだけ捕獲した貝を売って得た金で馬をレンタルしていたのだ。
使うか分からなかったが、こんな形で利用できるとは・・・
そんなことを考えているうちに、バブルガムの街が見えてくる。
しかし、俺は思わず馬を止めた。
火を付けられ真っ赤に燃えている街を、俺は遠くから見ているしかできなかった。




