表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界女子野球  作者: 秋山如雪
第2章 大会の行方
9/12

第9話 ずっと好きだから

 翌日。3回戦開始前。


 主戦場となる、セギノール王国の首都、ペタジーニにある、「ペタジーニ国際野球場」の主賓室に、ある魔族が姿を現した。


 身長が150㎝台と低く、人間で言えば中学生くらいの子で、頭から2本の角が生えており、髪型はツインテール。

 口には牙がついていた。

 その子が、幼さを感じさせる声を上げる。


「ほう。人間風情が2回戦を突破したか」

 中学生くらいに見える幼い容姿に反して、どこか威厳を感じさせる貫禄のある声音こわねで、周りにいた魔族たちが、


「はっ」

 と鋭い声で頷いていた。


「次のこいつらの対戦相手は?」

「はっ。リザードマンチームです」


 それを聞いて、その幼い魔族はほくそ笑んでいた。

「そうか。四天王の一人、ズレータがいるチームだな。それに先発はシコースキー。もらったな、この試合」

「はっ。リザードマンの勝利は間違いありません」


「くくくっ。人間どもめ。せいぜい苦しむがいい」

 ワインのような紫色の液体が入ったグラスを傾け、その幼い魔族は満足げに試合を観戦することを決めた。


 そして、試合開始となる。


 先攻は、マリン高校チーム。後攻は、リザードマンチーム。


 試合前の円陣。

 先程の魔族と同じように、監督の竜造寺とキャッチャーの里崎が、注視したのは、くだんの二人だった。


「リザードマンは、体格がいい。その中でも、特にあいつが要注意だ」

 竜造寺が指で示したのが、4番を打つ、右投右打のズレータという男だった。リザードマンは、トカゲと人間が融合したような形をしており、全体的に筋骨隆々だ。中でも丸太のように太い腕を持つのが、このズレータであった。


「引っ張りに強く、外角球を簡単にホームランに出来る。そして、奴は魔王の四天王の一人だ」

「四天王? おっさん、何のギャグだ?」

 元・不良娘の諸積が噛みつくように告げるが。


「マジな話だ。魔王には四天王ってのがいてな。それぞれ別のチームにいるが、そいつらが特に身体能力に優れている」

「監督の言う通りです。ズレータは危険です。場合によっては敬遠します」

 キャッチャーの里崎が、情勢を冷静に分析する。


 一方、

「投手では、先発のあいつがヤバいな」

 佐々山が示したのは、先程からマウンドに上がって、何故か肩をぐるぐる回しているリザードマンの姿だった。


(何で肩をぐるぐる回してるんだ?)

 と、エースの黒木は不思議に思うのだった。彼女の見たところ、シコースキーは肩をぐるぐると4、5回は回していたからだ。


 佐々山によると、

「最速152キロ。スライダー、フォーク、チェンジアップを使うが、何と言っても特徴的なのは、スタミナだ。非常にタフで、何回でも投げてくるぞ」

 とのことだった。

 右投右打の投手、そいつの名がシコースキーだった。


「プレイボール!」

 大歓声の元、いよいよ3回戦が始まるが。


―キン!―


 1回裏。

 その注目のズレータが豪快に外の球を引っ張り、レフトスタンド上段まで運ぶ、推定飛距離140mを越える、大きなホームランを放っていた。これが2ランホームランで、0-2。


 巻き返したいマリン高校だったが、続く2回裏、今度は下位打線に連打を浴びて、連続タイムリーを打たれ、点差が開き、0-4となる。


 マウンドに集まる選手たち。

 しかし、黒木は、

「まだ行けるぜ」

 とマウンドを譲るつもりはなかった。


 結局、里崎と竜造寺、佐々山が話し合って、続投。そもそも小林はどちらかというとクローザー気質で、体力的に心もとないという事情もあった。


 ビハインドの4回表。

 チーム一のヒットメーカー、安打製造機とも言える3番、福浦が技ありの流し打ちで出塁。

 4番、初芝を迎える。


 チームのキャプテン、そして唯一の3年生として、チームを引っ張ってきたメガネの女、初芝清美。

 ちょいポチャにショートボブが目立つ、彼女が燃えていた。

 前の打席にシコースキーのフォークに打ち取られていたからだ。


 初芝は、最初から狙っていた。決め球にフォークを使うのを見ていたからだ。

 カウント2-2からフォークが来た。

 落ちるタイミングを見計らい、下からすくい上げるようにバットをアッパースイングで振った。


 小気味いい音が響いた。

「打球は、ライトスタンドに向かっていく。これは大きいぞ!」

 アナウンスの声が響く中、初芝はすでに右拳を突きあげて、確信していた。


 そして、

「入った! 初芝、2ランホームラン!」

「おおっ!」

 追撃の一発となり、球場自体が地鳴りのように盛り上がりを見せていた。


 以降は、乱打戦になった。

 敵、味方一歩も譲らない、文字通りの「打ち合い」になっていた。


 5回表にマリン高校は、7番の大村、8番の大塚の連続タイムリーで2点を追加し、4-4の同点に追いつく。さらに、6回表には連打で4点を追加。

 一気に8-4とリードを取り、ついにシコースキーをマウンドから引きずり下ろした。


 その裏の6回裏。

 今度はマリン高校のエース、黒木が捕まった。

 1アウト1、2塁から連打を浴びて、気が付けば4失点。


 試合は8-8の振り出しに戻る。

 ベンチでは、竜造寺と佐々山が相談していた。


「これはマズいな」

「そうっすね。ちょっと早いけど、行きますか?」


「そうだな。おい、小林」

 唐突に監督の竜造寺に呼ばれた小林が振り返る。


「はい」

「お前。肩は出来てるだろ? 行けるか?」


「行けますけど」

 小林自身、いつでも出れるように肩は作っていたが、イニングはまだ6回。これまで試合の終盤から出て、クローザーの役目を果たしてきた小林にとって、未知の領域になる。そのため、不安の残るような表情を浮かべていた。


「なら行ってこい。あと3イニング半。お前なら抑えられる」

「はい!」

 しかし監督の竜造寺にかけられた一言で、緊張の糸がほぐれた小林は、勇んでマウンドに向かった。


 そして、マウンド上で黒木からボールを手渡される。

 さすがに悔しそうに顔を歪めていた黒木だったが、打ち込まれたことで、はたから見ても明らかに疲労の色が見えた。


「後はお任せ下さい、黒木さん」

「すまんな、小林」


 そして、マウンドに立った小林。

 自身初のロングリリーフになったが。


―ズバン!―

「おおっ!」

 この日の彼女はストレートが素晴らしく、伸びがあった。


 球速は最速で154キロを計測。元々、小林はコントロールはあまりよくないピッチャーだが、荒れ球ながらも、球威と気迫で相手バッターを次々に手玉に取っていた。


「ナイピッチ!」

 結局、後続をぴしゃりと抑えて、味方の反撃を待つ。


 チャンスは、8回表にやって来た。

 クリーンナップが三振と凡打で倒れ、2アウトになって、5番の堀が四球で出塁。


 6番でキャッチャーの里崎を迎える。

 当然、クリーンナップでもない彼女を相手バッテリーはそれほど警戒していなかったし、敬遠もしなかった。


(よし、行ける)

 この日の里崎は調子が良かった。

 3打数2安打。


 迎えた第4打席。

 彼女もまた、打席に入りながらも、歌を口ずさんでいた。


「ねえ、不思議に思うんだ。なんでこんなに夢中なの」

 から始まるその歌は、かつて人間世界で「甲子園」と呼ばれる野球の聖地で歌われた応援ソングだった。


「ざっとどれだけの時間を、ここについやしたろう……」

「ストライク!」

 審判の手が上がる。里崎は動かなかった。


「起き上がったらまた転んで、転んだら聞こえるファイト……」

 彼女は審判には聞こえないように、小声で口ずさんでいた。その有名な歌の歌詞を。


「ストライク、ツー!」

 その間に、あっという間にツーナッシングに追い込まれていた。

 カウント0-2。


 仲間たちがベンチで溜め息に似た、悲壮な声を上げていた。

 そして、3球目。


「ずっと好きだからやれてきた!」

 彼女が歌詞のサビを歌った、いや叫んだのと、ボールが吸い込まれるようにバットの芯に当たったのがほぼ同時だった。


 気持ちのいい快音が響き、白球が夏の空に弧を描いた。

「大きい! センター、バックする!」

 センターのリザードマンは、身体能力が高く、足が速いので、あっという間にセンターのバックスクリーン際まで走って、さらに柵によじ登って、グラブを伸ばした。


 しかし、無情にも打球はその頭上を越えて、バックスクリーン上段に直撃していた。

「入った! ホームラン! 里崎、2ランホームラン!」

「おおっ!」

 大歓声が轟く、ペタジーニ国際野球場。

 観客の多くが、獣人、ドワーフ、ゴブリンなど、異形の種族で、人間の彼女たちの味方は、かろうじてこの世界で暮らしている人間たちだけだった。


 だが、敵も味方も関係なく、客席は盛り上がっていた。

「すげえ!」

「やるじゃねえか、人間ども」

「がんばって!」

 彼女たちを称える声が聞こえてきた。


 そして、ついには、「人間チームに初の優勝を」という大きな旗を掲げた一団が、ライトスタンドからその旗を振って、応援している姿が視認できるのだった。

 それは、この異世界に生きる、人間たちの応援によるものだった。


 里崎はグラウンドをゆっくりと回りながらも、歓声に応えて手を上げ、同時にまだ歌を口ずさんでいた。


「暮らしの中で苦しい嬉しいをほんとありがとな」

 歌い終わって、ちょうどダイヤモンドを一周して、ホームベースに返ってきて、待っている堀とハイタッチをかわす。


 これが決勝点となった。


 その後、小林の好投が光り、10-8でゲームセット。

 彼女たち、人間チームは、この異世界で初の大会ベスト8に進出。

 次は、準々決勝となった。


「まさかズレータのチームが敗れるとはな。おい、次のこいつらの対戦相手はどこだ?」

「はっ。恐らくスケルトンチームかと」

 主賓席では、ワイングラスを傾けた幼い魔族が脇に控える獣人に声をかけていた。


「スケルトンか。ならばカルロスのいるチームだな。ふふふ。人間どもめ。あの球は打てんだろ」

「もっとも次の試合で、スケルトンが勝てば、ですが」


「勝つさ。そして、人間チームは次で敗北となる」

「恐れながら」


「何じゃ?」

「魔王様の予言は今まで一度も的中したことがなく……」


「うるさい、黙れ」

「はっ。申し訳ございません」

 そう。この幼い姿をした少女こそ、この世界を束ねる魔王、デスパイネであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ