第8話 SUNNY DAY SUNDAY
1回戦がドワーフ、続く2回戦はゴブリンが対戦相手になった。試合は、翌日に開かれた。
そう。彼女たち美浜マリン高校の女生徒たちがこの世界に転移して、最初に目撃した相手のもう片方だ。
ゴブリンは、身長が100~150㎝程度。前回戦ったドワーフよりも少し小型で、筋骨隆々ではないから、一見弱そうに見える。
しかし、彼らの長所は、「すばしっこさ」にあった。
とにかく動きが「速い」上に、人間の予想を裏切る動きをする。その意味で侮れないと見ていたのは、この異世界をよく知る竜造寺だった。
試合前に、彼は彼女たちを集めた。
「いいか、お前ら。ゴブリンを侮るな。奴らとにかく動きが速え。盗塁には気をつけろ。それと」
今度は指を指して、相手選手に注目を向けた。
「注意すべきは、さっきからバットを3本も持って、ネクストバッターズサークルでガチャガチャやってる、あいつ。アルトマンだ」
そのゴブリン、アルトマン。右投左打。人間には、他のゴブリンと見分けがつかないが、特徴的なのは、木製バットを3本も持ち、それを同時に振って、ガチャガチャとけたたましい音を鳴らしていることだった。
「何だ、あいつは?」
諸積が表情を渋く歪ませ、睨む。
「一発屋ですかね。ただ、足も速いかもしれません」
珍しく大塚三葉が告げていた。
「当たらずとも遠からずと言ったところっすね」
いきなり彼女たちの背後に姿を現したのは、あの飲んだくれの佐々山竜二だった。
「佐々山さん。どうしてここに?」
初芝が不思議そうに首を傾げる中、竜造寺は不服そうに溜め息を突いた。
「遅えんだよ、佐々山。どうせまた飲んでたんだろ」
「すいません」
「佐々山は、俺が呼んだ。一応、お前らのコーチ役としてだ」
「コーチですか?」
「ああ。一応、腐っても元・クローザーだ。投球に関してはアドバイスくらいやれるだろ」
「ま、そういうことっすね。よろしく、お嬢さん方」
こうして、このチームに勝手に投手コーチが誕生していた。
その投手コーチが、相手のブルペンを見て、一言、呟いた。
「先発は、あそこにいるスタンリッジという男だ。奴はあのスリークォーターのフォームから最速154キロのストレートを投げ込む。さらにフォーシーム、ツーシームに加え、カーブ、スライダー、チェンジアップなど多彩な変化球も操る。強敵だな」
と、相手の先発のことを説明していたが。
それを聞いて、扇の要のキャッチャー、里崎は、
(いや、そもそも何でたった2年でそんなに成長してるの?)
と疑問を呈するのだった。
「プレイボール!」
そして、審判役は、またあのバレンタインという男になった。
「さあ、魔王デスパイネ主催野球大会、2回戦第1試合。いよいよ始まります。先攻は初戦でエルフチームを10-2の大差で撃破したゴブリンチーム。後攻は初戦でドワーフチームを4-2と撃破した、大会のダークホース、人間チーム、もとい美浜マリン高校チーム。果たして勝敗の行方は?」
実況アナウンサーが、やたらと流暢なしゃべり方で、場を盛り上げており、観客が沸いて、歓声が轟く。
そんな中、負けたら終わりの、トーナメント2回戦がスタート。
しかし、
「ストライク、バッターアウト!」
初回から彼女たちは、打てなかった。
スタンリッジは、右投右打。フォーシームとツーシームの速いストレート、それに加えてカーブ、スライダー、チェンジアップも使う。特にスライダーはカウントを取る球と、勝負の決め球で異なる握りを用いるらしく、しかも決め球に使う方はカットボールに近い変化をする。
カーブの握りはナックルに近く、ナックルカーブに近い。
これがことごとく彼女たちを悩ませた。
初回からスコアボードに0が並ぶ。
しかし、同時に、
「よっしゃ!」
黒木も躍動していた。前回、後半に打たれていたが、この試合では好調を維持。
黒木もまた、ストレートに加え、カーブ、シュート、スライダー、フォークと多彩な変化球を持っている。
そのストレートと変化球のコンビネーションが生きており、キャッチャーの里崎が上手くリードしていた。
結局、7回まで両チームとも0行進が続く、玄人好みの渋い投手戦になっていた。
「なかなかやるな」
「敵を褒めてる場合じゃないですよ、監督」
竜造寺の一言に、ベンチで唯一、待機している小林が文句を言っていた。
流れが変わったのは7回表。この回、相手の先頭バッターにヒットを打たれ、主砲のアルトマンに失投を投げた黒木が2ランホームランを打たれ、0-2となり、その後、1アウト1、2塁のピンチ。相手の8番バッターを迎えた時のことだ。
続くバッターは9番でピッチャーのスタンリッジだから、この場面では敬遠してもおかしくないが、黒木と里崎のバッテリーは勝負に出た。これには9番のスタンリッジの打撃センスがいいことも影響していたが。
そして、4球目。鋭いライナーがショート、小坂のところに飛んだ。
抜ければ確実に追加の1点が入り、マリン高校的には厳しくなる場面だが。
チームで一番、小柄な小坂が、横っ飛びに飛んでいた。
―バン!―
そのグローブに硬球が吸い込まれて収まる音が響いた。
ショートライナー。これで2アウト。だが、着地した小坂は咄嗟に二塁を見た。
ランナーが飛び出していることを見逃さなかった。
そのまま二塁にボールを送る。
慌てたランナーが飛び込むように塁に戻るが。
「アウト!」
「おお!」
ダブルプレー。それもファインプレーからの連続プレー。
球場は大いに盛り上がっていたし、ベンチに戻った小坂は、チームメイトから手厚い歓迎を受けた。
「ナイス、小坂!」
「さっすが小坂ちゃん。守備の名手」
「小坂。助かったよ」
これがきっかけで試合の流れが「変わった」ように思われた。
7回裏。
先頭の里崎が、ようやくスタンリッジの球を捉え始めた。
カウント3-2のフルカウントからレフト線に2ベースヒットを放ち、チャンスを作ると。
7番、大村三葉を迎える。
下位打線。どちらかと言うと目立たない大村。
しかし、この時だけは違った。
(絶対に打つ!)
実は彼女はこの日、3打数0安打、2三振と散々だった。特にスタンリッジの決め球、スライダーにやられていたが、逆にこのスライダーの軌道を読んで、得意の流し打ちを決めることを狙って打席に立った。
速いストレートで押して、カーブとチェンジアップでカウントを作り、カウント2-2の5球目。
スライダーが来た。鋭い打撃音が響いた。
打球は、ライト線に伸びる。
それが思いの他、大きな当たりで、ライトの頭上を破っていた。
決して俊足ではない里崎が三塁を蹴って、本塁に戻り、1-2となる。
さらに、
(よし、行ける!)
相手のライトの肩を見て、大村は判断。
その前に監督の竜造寺からも、「行けるところは行け」と言われていたので、彼女は迷わず二塁ベースを蹴っていた。
「ああっと。マリン高校の大村、暴走か!」
などと実況は叫んでいたが。
「セーフ!」
返ってきた球よりわずかに早く彼女は三塁ベースに滑り込む。
三塁打だった。
「ナイバッチ! 大村さん!」
「さすがに足が速いな」
チームメイトはベンチで大喜び。
そして、この場面で8番の大塚あかりを迎える。
茶髪の1年生とは思えない少女で、競馬好き。同じく不良っぽい2年生の外野手、諸積と仲が良かった。
普段は、同じく目立たない、下位打線の8番バッター。
しかし、彼女もまた燃えていた。
(ここで打たなきゃ、次は黒木さんだし)
そう。実は次に控えるピッチャーの黒木の打撃に期待はできなかったからだ。
カウント2-2。スタンリッジはだいぶ焦りの色が見え始めていた。
それが現れたのか、彼は失投した。カーブが抜けて棒球に近くなっていたのがストライクゾーンに入る。
鋭い打撃音。そして、
「センターを破った!」
お手本のような見事なセンター返しで、2-2とついに同点に成功。
そして、両者一歩も譲らないまま、最終回に入る。
9回裏。
スタンリッジは8回で交代し、続くピッチャーに対し。
先頭の2番、小坂がヒットで出塁。
続く3番、福浦の初球。
「走った!」
ベンチで誰かが叫んだ。
小坂が走っていた。
相手バッテリーは予想していなかったのか、慌ててキャッチャーが二塁に投げ込むが、悠々とセーフ。盗塁に成功。
ノーアウトで得点圏チャンスになる。
しかし、3番、福浦は三振。4番でキャプテンの初芝はさすがに警戒されたのか、敬遠で1アウト1、2塁となる。
しかし、続く5番、堀はキャッチャーフライ。
2アウト1、2塁。
ここで打たなければ、延長戦に入る場面。
打席に立つのは、1年生にして扇の要、大柄な体格のキャッチャー、里崎里美。
彼女は、ある歌を口ずさんで打席に入った。
「39度のとろけそうな日」
打席に入り歌を歌う彼女に、審判のバレンタインは、前試合の初芝の時と同じように、
「君。静かにしなさい」
と注意されていた。
一度は口を噤んだ、里崎だったが、カウント2-1からの3球目。
「炎天下の夢、Play Ball! Play Game!」
叫びながらバットを振りだしていた。
―カキーン!―
小気味いい音が球場に響いた。
打球はサードの頭上を襲い、サードがジャンプするが、わずかにその頭を越えていた。
俊足の小坂が一気に三塁を回る。
相手のレフトがようやく追いつき、懸命のバックホームが行われる。
ホームベース上で送球と小坂の足がクロスしていた。
緊張と興奮の一瞬の静寂がスタジアムを覆っていた。
そして、
「セ、セーフ!」
「よっしゃ!」
「サヨナラ!」
「さすが、サトサト!」
「ナイバッチ!」
ベンチはお祭り騒ぎの大喜び。
3-2。試合は9回サヨナラゲームで、マリン高校が勝ち、続く3回戦に進出していた。
彼女たちの夏はまだ終わらない。