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異世界女子野球  作者: 秋山如雪
第2章 大会の行方
8/12

第8話 SUNNY DAY SUNDAY

 1回戦がドワーフ、続く2回戦はゴブリンが対戦相手になった。試合は、翌日に開かれた。


 そう。彼女たち美浜マリン高校の女生徒たちがこの世界に転移して、最初に目撃した相手のもう片方だ。


 ゴブリンは、身長が100~150㎝程度。前回戦ったドワーフよりも少し小型で、筋骨隆々ではないから、一見弱そうに見える。


 しかし、彼らの長所は、「すばしっこさ」にあった。


 とにかく動きが「速い」上に、人間の予想を裏切る動きをする。その意味で侮れないと見ていたのは、この異世界をよく知る竜造寺だった。


 試合前に、彼は彼女たちを集めた。

「いいか、お前ら。ゴブリンを侮るな。奴らとにかく動きがはええ。盗塁には気をつけろ。それと」

 今度は指を指して、相手選手に注目を向けた。


「注意すべきは、さっきからバットを3本も持って、ネクストバッターズサークルでガチャガチャやってる、あいつ。アルトマンだ」

 そのゴブリン、アルトマン。右投左打。人間には、他のゴブリンと見分けがつかないが、特徴的なのは、木製バットを3本も持ち、それを同時に振って、ガチャガチャとけたたましい音を鳴らしていることだった。


「何だ、あいつは?」

 諸積が表情を渋く歪ませ、睨む。


「一発屋ですかね。ただ、足も速いかもしれません」

 珍しく大塚三葉が告げていた。


「当たらずとも遠からずと言ったところっすね」

 いきなり彼女たちの背後に姿を現したのは、あの飲んだくれの佐々山竜二だった。


「佐々山さん。どうしてここに?」

 初芝が不思議そうに首を傾げる中、竜造寺は不服そうに溜め息を突いた。


「遅えんだよ、佐々山。どうせまた飲んでたんだろ」

「すいません」


「佐々山は、俺が呼んだ。一応、お前らのコーチ役としてだ」

「コーチですか?」


「ああ。一応、腐っても元・クローザーだ。投球に関してはアドバイスくらいやれるだろ」

「ま、そういうことっすね。よろしく、お嬢さん方」

 こうして、このチームに勝手に投手コーチが誕生していた。


 その投手コーチが、相手のブルペンを見て、一言、呟いた。

「先発は、あそこにいるスタンリッジという男だ。奴はあのスリークォーターのフォームから最速154キロのストレートを投げ込む。さらにフォーシーム、ツーシームに加え、カーブ、スライダー、チェンジアップなど多彩な変化球も操る。強敵だな」

 と、相手の先発のことを説明していたが。


 それを聞いて、扇の要のキャッチャー、里崎は、

(いや、そもそも何でたった2年でそんなに成長してるの?)

 と疑問を呈するのだった。


「プレイボール!」

 そして、審判役は、またあのバレンタインという男になった。


「さあ、魔王デスパイネ主催野球大会、2回戦第1試合。いよいよ始まります。先攻は初戦でエルフチームを10-2の大差で撃破したゴブリンチーム。後攻は初戦でドワーフチームを4-2と撃破した、大会のダークホース、人間チーム、もとい美浜マリン高校チーム。果たして勝敗の行方は?」

 実況アナウンサーが、やたらと流暢なしゃべり方で、場を盛り上げており、観客が沸いて、歓声が轟く。


 そんな中、負けたら終わりの、トーナメント2回戦がスタート。


 しかし、

「ストライク、バッターアウト!」

 初回から彼女たちは、打てなかった。


 スタンリッジは、右投右打。フォーシームとツーシームの速いストレート、それに加えてカーブ、スライダー、チェンジアップも使う。特にスライダーはカウントを取る球と、勝負の決め球で異なる握りを用いるらしく、しかも決め球に使う方はカットボールに近い変化をする。

 カーブの握りはナックルに近く、ナックルカーブに近い。


 これがことごとく彼女たちを悩ませた。

 初回からスコアボードに0が並ぶ。


 しかし、同時に、

「よっしゃ!」

 黒木も躍動していた。前回、後半に打たれていたが、この試合では好調を維持。

 黒木もまた、ストレートに加え、カーブ、シュート、スライダー、フォークと多彩な変化球を持っている。


 そのストレートと変化球のコンビネーションが生きており、キャッチャーの里崎が上手くリードしていた。


 結局、7回まで両チームとも0行進が続く、玄人くろうと好みの渋い投手戦になっていた。

「なかなかやるな」

「敵を褒めてる場合じゃないですよ、監督」

 竜造寺の一言に、ベンチで唯一、待機している小林が文句を言っていた。


 流れが変わったのは7回表。この回、相手の先頭バッターにヒットを打たれ、主砲のアルトマンに失投を投げた黒木が2ランホームランを打たれ、0-2となり、その後、1アウト1、2塁のピンチ。相手の8番バッターを迎えた時のことだ。


 続くバッターは9番でピッチャーのスタンリッジだから、この場面では敬遠してもおかしくないが、黒木と里崎のバッテリーは勝負に出た。これには9番のスタンリッジの打撃センスがいいことも影響していたが。

 そして、4球目。鋭いライナーがショート、小坂のところに飛んだ。

 抜ければ確実に追加の1点が入り、マリン高校的には厳しくなる場面だが。


 チームで一番、小柄な小坂が、横っ飛びに飛んでいた。

―バン!―

 そのグローブに硬球が吸い込まれて収まる音が響いた。


 ショートライナー。これで2アウト。だが、着地した小坂は咄嗟とっさに二塁を見た。

 ランナーが飛び出していることを見逃さなかった。


 そのまま二塁にボールを送る。

 慌てたランナーが飛び込むように塁に戻るが。


「アウト!」

「おお!」

 ダブルプレー。それもファインプレーからの連続プレー。


 球場は大いに盛り上がっていたし、ベンチに戻った小坂は、チームメイトから手厚い歓迎を受けた。

「ナイス、小坂!」

「さっすが小坂ちゃん。守備の名手」

「小坂。助かったよ」

 これがきっかけで試合の流れが「変わった」ように思われた。


 7回裏。

 先頭の里崎が、ようやくスタンリッジの球を捉え始めた。


 カウント3-2のフルカウントからレフト線に2ベースヒットを放ち、チャンスを作ると。


 7番、大村三葉を迎える。

 下位打線。どちらかと言うと目立たない大村。


 しかし、この時だけは違った。

(絶対に打つ!)

 実は彼女はこの日、3打数0安打、2三振と散々だった。特にスタンリッジの決め球、スライダーにやられていたが、逆にこのスライダーの軌道を読んで、得意の流し打ちを決めることを狙って打席に立った。


 速いストレートで押して、カーブとチェンジアップでカウントを作り、カウント2-2の5球目。


 スライダーが来た。鋭い打撃音が響いた。

 打球は、ライト線に伸びる。


 それが思いの他、大きな当たりで、ライトの頭上を破っていた。

 決して俊足ではない里崎が三塁を蹴って、本塁に戻り、1-2となる。


 さらに、

(よし、行ける!)

 相手のライトの肩を見て、大村は判断。

 その前に監督の竜造寺からも、「行けるところは行け」と言われていたので、彼女は迷わず二塁ベースを蹴っていた。


「ああっと。マリン高校の大村、暴走か!」

 などと実況は叫んでいたが。


「セーフ!」

 返ってきた球よりわずかに早く彼女は三塁ベースに滑り込む。


 三塁打だった。

「ナイバッチ! 大村さん!」

「さすがに足が速いな」

 チームメイトはベンチで大喜び。


 そして、この場面で8番の大塚あかりを迎える。

 茶髪の1年生とは思えない少女で、競馬好き。同じく不良っぽい2年生の外野手、諸積と仲が良かった。


 普段は、同じく目立たない、下位打線の8番バッター。

 しかし、彼女もまた燃えていた。

(ここで打たなきゃ、次は黒木さんだし)

 そう。実は次に控えるピッチャーの黒木の打撃に期待はできなかったからだ。


 カウント2-2。スタンリッジはだいぶ焦りの色が見え始めていた。

 それが現れたのか、彼は失投した。カーブが抜けて棒球に近くなっていたのがストライクゾーンに入る。


 鋭い打撃音。そして、

「センターを破った!」

 お手本のような見事なセンター返しで、2-2とついに同点に成功。


 そして、両者一歩も譲らないまま、最終回に入る。

 9回裏。


 スタンリッジは8回で交代し、続くピッチャーに対し。

 先頭の2番、小坂がヒットで出塁。

 続く3番、福浦の初球。


「走った!」

 ベンチで誰かが叫んだ。


 小坂が走っていた。

 相手バッテリーは予想していなかったのか、慌ててキャッチャーが二塁に投げ込むが、悠々とセーフ。盗塁に成功。


 ノーアウトで得点圏チャンスになる。


 しかし、3番、福浦は三振。4番でキャプテンの初芝はさすがに警戒されたのか、敬遠で1アウト1、2塁となる。


 しかし、続く5番、堀はキャッチャーフライ。


 2アウト1、2塁。

 ここで打たなければ、延長戦に入る場面。


 打席に立つのは、1年生にして扇の要、大柄な体格のキャッチャー、里崎里美。

 彼女は、ある歌を口ずさんで打席に入った。


「39度のとろけそうな日」

 打席に入り歌を歌う彼女に、審判のバレンタインは、前試合の初芝の時と同じように、


「君。静かにしなさい」

 と注意されていた。


 一度は口をつぐんだ、里崎だったが、カウント2-1からの3球目。

「炎天下の夢、Play Ball! Play Game!」

 叫びながらバットを振りだしていた。


―カキーン!―

 小気味いい音が球場に響いた。


 打球はサードの頭上を襲い、サードがジャンプするが、わずかにその頭を越えていた。

 俊足の小坂が一気に三塁を回る。


 相手のレフトがようやく追いつき、懸命のバックホームが行われる。


 ホームベース上で送球と小坂の足がクロスしていた。

 緊張と興奮の一瞬の静寂がスタジアムを覆っていた。


 そして、

「セ、セーフ!」

「よっしゃ!」

「サヨナラ!」

「さすが、サトサト!」

「ナイバッチ!」

 ベンチはお祭り騒ぎの大喜び。

 3-2。試合は9回サヨナラゲームで、マリン高校が勝ち、続く3回戦に進出していた。


 彼女たちの夏はまだ終わらない。

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― 新着の感想 ―
わかって読むとニヤリとする野球話ですね。 こういうの好きです。 ロッテファンではありませんが、横山投手には注目しております。
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