第7話 TRAIN-TRAIN
ということで、トーナメント形式で、まるで高校野球の大会のようなスタンスで、始まった「魔王デスパイネ主催野球大会」。
これは、この異世界中から野球チームが集まり、全64チームも参加するという、大がかりな物だった。
彼女たち、異世界に飛ばされた、「千葉県立美浜マリン高校女子硬式野球部」、略して「マリン高校」が戦う1回戦の相手は。
彼女たちがこの世界に飛ばされてきてすぐに見た、野試合で野球をしていた、連中だった。
ドワーフ。
身長が100㎝から150㎝くらいしかない、小人の種族だが、実は筋骨隆々で、力が強い種族である。
彼らは、彼女たちのように「グイっと伸びーる」を使ってはいなかった。あくまでも女子のように「非力」な場合にしか使われない補助アイテムだからだ。
しかし、元々闘争心が強い、ライトの諸積や、エースピッチャーの黒木は、
「ナメやがって。気にいらねえ」
「ぶっ潰してやる」
と、逆に燃えていた。
一方で、お調子者のムードメーカーに見える、キャッチャーの里崎は、いつになく冷静だった。
スタメン表を眺めて、二人の選手に注目して、メンバーを集める。
「何、サトサト」
「ミーティングか」
集まってきたチームメンバーに彼女は、告げた。
「3番、オーティズ。4番、ホワイトセル。こいつらは危険です」
と。
オーティズは、右投右打のプルヒッター。左方向に打つ、典型的なプルヒッターだが、反面、内角への対応に課題を残す選手。一塁手だ。
そして、ホワイトセル。左投左打の強打者で、三振が多いが、選球眼にも優れている。フルスイングが特徴的で、当たれば簡単にホームランに出来るパワーを持っている。
「そうですか。しかし、みんな同じ顔に見えますわね」
お嬢様口調で福浦が呟く。
「確かにそうっすね」
「サトサト。対策は?」
小坂と堀が尋ねる。
1年生ながら、チームの司令塔的な役割を果たす、扇の要でもある里崎は、
「こいつらは、何とか私が抑えるリードをするので、黒木先輩は思いきり投げて下さい」
「うっす」
指令を飛ばし、黒木が頷いていた。
一方、どこか遠慮がちに遠巻きに後ろから眺めていた、小林を見て、里崎は笑顔を見せた。
「小林。あんたの力が必要になるかもしれないから、スタンバっておいて」
「え、うん」
小林は戸惑いを見せつつ、頷いた。
実質的な監督を務める、竜造寺は特に何も言わなかったが、試合前に里崎だけを呼び寄せて、一言だけ何事かを告げていた。
そして、
「プレイボール!」
狼系の審判の合図の元、試合が始まる。
ブラスバンドの演奏が始まり、異世界とは思えない雰囲気の中、「野球」が始まった。
相手のピッチャーは、速球派右腕だったが、コントロールに難があり、荒れ球が多かった。
彼女たちは、そこを逃すまいとするが。
「打った! オーティズ、タイムリー2ベース!」
先発の黒木は、初回の裏にいきなり連打を浴びて、あっさりとオーティズにタイムリーを打たれていた。
「あー。黒木先輩が……」
悲しそうな表情で、ベンチで見守る小林に、竜造寺は声をかけた。
「ま、まだ始まったばかりじゃねえか。そんなショゲた顔すんじゃねえ」
と。
しかし、4回裏。
「おおっ! ホワイトセルの打球がライトスタンドを襲う! 入った! ソロホームランで追加だ!」
今度は4番のホワイトセルにソロホームランを打たれており、前半戦で早くも0-2のビハインドになっていた。
ところが。
5回表の攻撃前に、彼女たちは初芝を中心に円陣を組んだ。
声出しはもちろん、初芝、次いで里崎だった。
「みんな、こんなところで負けてられるか! 相手ピッチャーはコントロールが甘い。打てるぞ」
「少ないチャンスをモノにしましょう」
大きな声がベンチ前で響き、彼女たちは打席に向かう。
5回表、1アウト2塁。
打席に入るのは、5番の堀。4番でキャプテンの初芝が出塁し、ヘッドスライディングで気迫の2ベースを打っており、ようやく得点圏でのチャンスが回ってきていた。
球場の雰囲気的に、ほとんどが異世界のチームを贔屓にしているため、彼女たちの攻撃の機会は、ブラスバンドが静かになる。
その静寂さの仲、バットの音とグラブの音だけが響くことになる。
そして、カウント2-3と追い込まれてからの6球目。
球場に快音が響いた。
「レフト!」
ドワーフの誰かが叫ぶ。
が、レフトポール際まで上がった打球は、レフトの頭上を越えて、フィールドに落ちていた。長打コースだ。
初芝が、一気に三塁を回り、返ってくる。
レフトがようやくボールを掴み、慌てて本塁に送球。
しかし、余裕のセーフとなっていた。
1-2。ようやくベンチが盛り上がることになる。
「ナイバッチ!」
「堀先輩、ナイス!」
チャンスはそれだけではなかった。
続く6回表。
先頭の9番黒木、続く1番諸積が倒れ、2番の小坂が技ありのセーフティーバントで出塁。3番福浦がシングルヒットで、2アウトながら1、2塁と一気に逆転のチャンスが回ってきた。
そんな中、右打席に入るのは眼鏡の奥で、冷静さを保ちながら、戦況を見つめる、キャプテンの初芝だった。
彼女は打席に入りながら、鼻歌を歌っていた。
「栄光に向かって走る、あの列車に乗って行こう」
それは80年代の古い歌の一節であり、当然、ドワーフたちは知らない。
「はだしのままで飛び出してあの列車に乗って行こう」
彼女は、ほとんど無意識的に声を出して、ネクストバッターズサークルから打席に入る。
ついに審判に、
「君。静かにしなさい」
と注意され、口を噤みながら打席に立った。
しかし、彼女はまだ脳内で曲をリフレインさせていた。それは彼女、初芝清美が心を落ち着かせるために行う、一種のルーティーンだった。
こうしていると、彼女の頭は冴えて、冷静になり、緊張感がほぐれる。
そして、2球、球を見送った。
「ストライーク、ツー!」
いずれもストライクで早くもカウントは0-2と追い込まれていた。
「ああ、もう。何やってんですか、キャプテン」
「だよねー。今の甘い球っしょ」
1年生外野コンビで、打席に立つまでにまだ時間がある7番の大村と8番の大塚が口を出す。
しかし、
「TRAIN TRAIN、走って行け!」
彼女が叫んだ瞬間と、バットがボールに吸い付くように、絶妙な角度で当たって、快音が響いたのが、ほぼ同時だった。
打球は綺麗な放物線を描き、ライト線に伸びる。
「打った! これは大きいぞ!」
「ライト、オーティズ下がる下がる!」
実況アナウンサーがメガホンで告げるが、しかし、打球はそのままスタンドに吸い込まれていった。
「入った! 何と、マリン高校、逆転3ランホームランだ!」
「おおっ!」
球場のボルテージが上がり、ダイヤモンドを回る初芝に大歓声が送られた。
一気に4-2と試合をひっくり返していた。
初芝は、ベンチに戻って、ナインから手厚い歓迎を受ける。
しかし、8回裏。
先発の黒木が捕まる。
1アウト1、2塁のピンチで4番のホワイトセルを迎える。
当然、普通なら敬遠をすべき場面だが。
「タイム!」
里崎がタイムを取り、マウンドに駆け寄る。
そして、彼女は何事かを黒木に告げた。
その瞬間、すでに察した龍造寺が立ち上がっていた。
「ピッチャー交代、小林」
と、審判に告げる。
マウンドに上がったのは、まだ1年生の小林雅。
緊張しながらも、マウンドに向かう彼女に、同じく1年生ながらも、度胸があり、ムードメーカーでもある里崎は、明るく声をかけた。
「思いきり行け」
と。
その小林。投球練習を終えると、ランナーを気にしながらも投球体制に入る。
初球。
「ストライーク!」
電光掲示板に出たスピードデータは、154キロを指していた。
「速ええ!」
驚いたのは、2年の諸積だった。
だが、感心したのは彼女だけでなく、その場にいたメンバーのほとんどが予想以上の「グイっと伸びーる」の実力に驚いていた。
そして、
「ストライーク! バッターアウト!」
綺麗な回転を見せる、速球で小林はホワイトセルから三振を奪う。
その後もピシャリと抑え、最終回の9回も抑えて、ゲームセット。
初戦は、マリン高校に軍配が上がった。
「マリン高校、1回戦を突破。これは『台風の目』になるか」
などと実況が叫ぶのを聞いて、
「バーカ。台風の目じゃねえよ。本命だ」
不良のようなドスの効いた声で、諸積が毒づいていた。