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異世界女子野球  作者: 秋山如雪
第2章 大会の行方
7/12

第7話 TRAIN-TRAIN

 ということで、トーナメント形式で、まるで高校野球の大会のようなスタンスで、始まった「魔王デスパイネ主催野球大会」。

 これは、この異世界中から野球チームが集まり、全64チームも参加するという、大がかりな物だった。


 彼女たち、異世界に飛ばされた、「千葉県立美浜マリン高校女子硬式野球部」、略して「マリン高校」が戦う1回戦の相手は。


 彼女たちがこの世界に飛ばされてきてすぐに見た、野試合で野球をしていた、連中だった。


 ドワーフ。

 身長が100㎝から150㎝くらいしかない、小人の種族だが、実は筋骨隆々で、力が強い種族である。


 彼らは、彼女たちのように「グイっと伸びーる」を使ってはいなかった。あくまでも女子のように「非力」な場合にしか使われない補助アイテムだからだ。


 しかし、元々闘争心が強い、ライトの諸積や、エースピッチャーの黒木は、

「ナメやがって。気にいらねえ」

「ぶっ潰してやる」

 と、逆に燃えていた。


 一方で、お調子者のムードメーカーに見える、キャッチャーの里崎は、いつになく冷静だった。


 スタメン表を眺めて、二人の選手に注目して、メンバーを集める。

「何、サトサト」

「ミーティングか」

 集まってきたチームメンバーに彼女は、告げた。


「3番、オーティズ。4番、ホワイトセル。こいつらは危険です」

 と。


 オーティズは、右投右打のプルヒッター。左方向に打つ、典型的なプルヒッターだが、反面、内角への対応に課題を残す選手。一塁手だ。

 そして、ホワイトセル。左投左打の強打者で、三振が多いが、選球眼にも優れている。フルスイングが特徴的で、当たれば簡単にホームランに出来るパワーを持っている。


「そうですか。しかし、みんな同じ顔に見えますわね」

 お嬢様口調で福浦が呟く。


「確かにそうっすね」

「サトサト。対策は?」

 小坂と堀が尋ねる。


 1年生ながら、チームの司令塔的な役割を果たす、扇の要でもある里崎は、

「こいつらは、何とか私が抑えるリードをするので、黒木先輩は思いきり投げて下さい」

「うっす」

 指令を飛ばし、黒木が頷いていた。


 一方、どこか遠慮がちに遠巻きに後ろから眺めていた、小林を見て、里崎は笑顔を見せた。

「小林。あんたの力が必要になるかもしれないから、スタンバっておいて」

「え、うん」

 小林は戸惑いを見せつつ、頷いた。


 実質的な監督を務める、竜造寺は特に何も言わなかったが、試合前に里崎だけを呼び寄せて、一言だけ何事かを告げていた。


 そして、

「プレイボール!」

 狼系の審判の合図の元、試合が始まる。


 ブラスバンドの演奏が始まり、異世界とは思えない雰囲気の中、「野球」が始まった。


 相手のピッチャーは、速球派右腕だったが、コントロールに難があり、荒れ球が多かった。


 彼女たちは、そこを逃すまいとするが。


「打った! オーティズ、タイムリー2ベース!」

 先発の黒木は、初回の裏にいきなり連打を浴びて、あっさりとオーティズにタイムリーを打たれていた。


「あー。黒木先輩が……」

 悲しそうな表情で、ベンチで見守る小林に、竜造寺は声をかけた。


「ま、まだ始まったばかりじゃねえか。そんなショゲた顔すんじゃねえ」

 と。


 しかし、4回裏。

「おおっ! ホワイトセルの打球がライトスタンドを襲う! 入った! ソロホームランで追加だ!」

 今度は4番のホワイトセルにソロホームランを打たれており、前半戦で早くも0-2のビハインドになっていた。


 ところが。

 5回表の攻撃前に、彼女たちは初芝を中心に円陣を組んだ。

 声出しはもちろん、初芝、次いで里崎だった。


「みんな、こんなところで負けてられるか! 相手ピッチャーはコントロールが甘い。打てるぞ」

「少ないチャンスをモノにしましょう」

 大きな声がベンチ前で響き、彼女たちは打席に向かう。


 5回表、1アウト2塁。

 打席に入るのは、5番の堀。4番でキャプテンの初芝が出塁し、ヘッドスライディングで気迫の2ベースを打っており、ようやく得点圏でのチャンスが回ってきていた。


 球場の雰囲気的に、ほとんどが異世界のチームを贔屓にしているため、彼女たちの攻撃の機会は、ブラスバンドが静かになる。

 その静寂さの仲、バットの音とグラブの音だけが響くことになる。


 そして、カウント2-3と追い込まれてからの6球目。

 球場に快音が響いた。


「レフト!」

 ドワーフの誰かが叫ぶ。


 が、レフトポール際まで上がった打球は、レフトの頭上を越えて、フィールドに落ちていた。長打コースだ。


 初芝が、一気に三塁を回り、返ってくる。

 レフトがようやくボールを掴み、慌てて本塁に送球。


 しかし、余裕のセーフとなっていた。

 1-2。ようやくベンチが盛り上がることになる。


「ナイバッチ!」

「堀先輩、ナイス!」


 チャンスはそれだけではなかった。

 続く6回表。


 先頭の9番黒木、続く1番諸積が倒れ、2番の小坂が技ありのセーフティーバントで出塁。3番福浦がシングルヒットで、2アウトながら1、2塁と一気に逆転のチャンスが回ってきた。


 そんな中、右打席に入るのは眼鏡の奥で、冷静さを保ちながら、戦況を見つめる、キャプテンの初芝だった。


 彼女は打席に入りながら、鼻歌を歌っていた。

「栄光に向かって走る、あの列車に乗って行こう」

 それは80年代の古い歌の一節であり、当然、ドワーフたちは知らない。


「はだしのままで飛び出してあの列車に乗って行こう」

 彼女は、ほとんど無意識的に声を出して、ネクストバッターズサークルから打席に入る。


 ついに審判に、

「君。静かにしなさい」

 と注意され、口をつぐみながら打席に立った。


 しかし、彼女はまだ脳内で曲をリフレインさせていた。それは彼女、初芝清美が心を落ち着かせるために行う、一種のルーティーンだった。

 こうしていると、彼女の頭は冴えて、冷静になり、緊張感がほぐれる。


 そして、2球、球を見送った。

「ストライーク、ツー!」

 いずれもストライクで早くもカウントは0-2と追い込まれていた。


「ああ、もう。何やってんですか、キャプテン」

「だよねー。今の甘い球っしょ」

 1年生外野コンビで、打席に立つまでにまだ時間がある7番の大村と8番の大塚が口を出す。


 しかし、

「TRAIN TRAIN、走って行け!」

 彼女が叫んだ瞬間と、バットがボールに吸い付くように、絶妙な角度で当たって、快音が響いたのが、ほぼ同時だった。


 打球は綺麗な放物線を描き、ライト線に伸びる。

「打った! これは大きいぞ!」

「ライト、オーティズ下がる下がる!」

 実況アナウンサーがメガホンで告げるが、しかし、打球はそのままスタンドに吸い込まれていった。


「入った! 何と、マリン高校、逆転3ランホームランだ!」

「おおっ!」

 球場のボルテージが上がり、ダイヤモンドを回る初芝に大歓声が送られた。


 一気に4-2と試合をひっくり返していた。


 初芝は、ベンチに戻って、ナインから手厚い歓迎を受ける。


 しかし、8回裏。

 先発の黒木が捕まる。


 1アウト1、2塁のピンチで4番のホワイトセルを迎える。

 当然、普通なら敬遠をすべき場面だが。


「タイム!」

 里崎がタイムを取り、マウンドに駆け寄る。

 そして、彼女は何事かを黒木に告げた。


 その瞬間、すでに察した龍造寺が立ち上がっていた。

「ピッチャー交代、小林」

 と、審判に告げる。


 マウンドに上がったのは、まだ1年生の小林雅。

 緊張しながらも、マウンドに向かう彼女に、同じく1年生ながらも、度胸があり、ムードメーカーでもある里崎は、明るく声をかけた。


「思いきり行け」

 と。


 その小林。投球練習を終えると、ランナーを気にしながらも投球体制に入る。

 初球。


「ストライーク!」

 電光掲示板に出たスピードデータは、154キロを指していた。


ええ!」

 驚いたのは、2年の諸積だった。

 だが、感心したのは彼女だけでなく、その場にいたメンバーのほとんどが予想以上の「グイっと伸びーる」の実力に驚いていた。


 そして、

「ストライーク! バッターアウト!」

 綺麗な回転を見せる、速球で小林はホワイトセルから三振を奪う。


 その後もピシャリと抑え、最終回の9回も抑えて、ゲームセット。


 初戦は、マリン高校に軍配が上がった。

「マリン高校、1回戦を突破。これは『台風の目』になるか」

 などと実況が叫ぶのを聞いて、


「バーカ。台風の目じゃねえよ。本命だ」

 不良のようなドスの効いた声で、諸積が毒づいていた。

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