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異世界女子野球  作者: 秋山如雪
第1章 異世界で野球?
5/12

第5話 初めての対戦

 エルフ。それは、ゲルマン神話に起源を持つ、北ヨーロッパの民間伝承に登場する種族のことを指す。


 日本語では、よく妖精あるいは小妖精と訳されることも多い。エルフはしばしば、とても美しく若々しい外見を持ち、森や泉、井戸や地下などに住むとされる。また彼らは不死あるいは長命であり、魔法の力を持っている。


 有名なトールキンの『指輪物語』では、賢明で半神的な種族である「エルフ」が活躍している。


 そして、彼女たちの前に姿を見せた、「エルフ」は想像以上に可愛らしい姿だった。


 身長が150~160㎝程度。ほぼ日本人の一般的な女性と変わらない。

 ところが、いずれも小顔で艶々した若々しい美しい金髪を持ち、耳がとても長くとがっているのが特徴的だった。


「マジか。マジで、アニメや映画で見たエルフそのものだな」

 驚嘆の声を上げたのは、両角だったが、他のメンバーももちろん動揺していた。


「っていうか、こんな可愛い外見で野球やるんすか。まともに戦えるんすかね?」

「ですよね。野球というより、裁縫でもやっていた方がいいのでは?」

「わたくしもそう思いますわ」

 小坂、堀、そして福浦。

 2年生の仲良しトリオが口々に発する中、ゆっくりと近づいてきたのは、そのエルフの一人だった。


 彼女たちから見れば、他のエルフと見分けがつかないくらい、容姿がよく似ているが、彼女は礼儀正しく、右手を差し出してこう告げた。


「はじめまして。エルフチームのキャプテンを務める、メイと申します。今日はお手柔らかにお願いします」

 笑顔を見せ、その笑顔すら眩しいくらいに、若くて可愛らしい少女に、どぎまぎしながらも、キャプテンの初芝が手を差し出して、握手を交わしていた。


 一方、少し離れた場所から、相手チームの投球練習を見つめているのは、黒木だった。

 その黒木の視線の先にいたのは、相手チームの先発ピッチャーだった。


「黒木さん。何見てるんですか?」

 黒木に憧れの感情を抱いている、小林が声をかける中、彼女、黒木の視線はただ一点に注がれていた。


「ああ。こいつは、なかなかすげえピッチャーだなって」

「えっ。そうですか? 黒木さんの方がすごいですよ」

 そんな小林のお世辞にも、眉一つ動かさず、黒木はただそのピッチャーを眺めていた。


 その頭の中では、すでに相手を冷静に分析していた。

(ストレートが速い。恐らくあのグイッと何とかってアイテムを使ってるんだろうが、150キロ近いな。それにスライダー、チェンジアップまで投げやがる)


 そんな中、彼女たちは一列に整列。

 しかも驚くべきことに、この試合には、きちんとした「審判」までいた。


 どうも、あの竜造寺が指導したのか、きちんとした野球用のレガースというか、プロテクターまでつけていた。

 しかも、それがまた人間ではなかった。


 頭はライオンのような獣類で、体は筋肉質で、首から下は人間に似ているが、一流のアスリートのような引き締まった体つきをしていた。


 そして、そのライオン男がこう告げたのだ。

「本日、審判を務めるバレンタインだ。竜造寺の旦那から審判役を頼まれた」

「っていうか、その竜造寺のおっさんは何してんだ?」

 相変わらずぶっきらぼうに諸積が目を向けて、聞いていた。


「恐らく昨夜も、佐々山と飲んでいたのだろう。まだ来ていない」

「ったく、しょうがねえおっさんだな」


 結局、言い出しっぺの竜造寺がいない中、練習試合が始まろうとしていた。

 一応、キャプテンの初芝が、試合前にルールを確認していた。


 つまり、この野球の試合についてだ。

 一応、一般的な野球のルールが採用され、イニングは9回まで。延長戦はなしのため、当然ながらタイブレーク制度もなし。

 ただし、5回で10点差、7回で7点差がついたらコールドゲームとなる。

 その辺りは、高校野球の大会に似ているルールだった。ただし、延長の部分は違うが。


 試合会場となるのは、一見するとただの広場に見えるが、一応、きちんとライトとレフトにラインが引かれてあるし、ベースもあって、距離感的には問題ないように見えた。


 いわゆる、河川敷などによくある草野球場に近い感覚の場所だった。

 当然、バックスクリーンもなく、ホワイトボードのようなボードに、各チームの得点表と、打順表が手書きで載っているだけだった。


「プレイボール!」

 こうして、人間の女対エルフという、前代未聞の異種族間の野球の試合が始まる。


 コインの裏表を当てるコイントスによって、先攻は彼女たち、つまり人間組の美浜マリン高校女子硬式野球部。後攻はエルフとなる。


 そして、1番バッターが打席に入る。

 1番は俊足で、ガッツがある諸積だった。


 その諸積がヘルメットをかぶり、左打席に入り、木製のバットを構える。この世界ではプロと同じような木製バットが主流らしく、竜造寺から用意されていたのだ。


 しかし、ベンチから眺めていたナインの中で、一早く気づいた者がいた。


 マウンドに上がったのは、他のエルフとほとんど見分けがつかないが、わずかながら長身のエルフだった。

 しかもいわゆる左投手サウスポーだった。


 野球において、この左投手というだけで、ある程度有利に働くことがある。それだけのメリットがあるのだが。


 振りかぶってスリークォーターのフォームから投げた初球。

「ストライーク!」

 諸積が見送っていた。

 いや、正確には「打てなかった」。


 その球速は、

「150キロ近いな」

 もちろん黒木がすぐに気づいた。


「ええ。あのおじさん、とんでもないアイテムを使いましたわね」

 3番を打つヒットメーカーの福浦が応じていた。


 すでにネクストバッターズサークルには2番の小坂が入っている。

 しかも黒木が事前に見たように、ストレート以外に、スライダーとチェンジアップまで持っていた。


「ストライーク、バッターアウト!」

 結局、諸積は三振。


 その後も、このピッチャーを打ち崩せずに初回は三者凡退となる。

 ホワイトボード的なボードを見ると、相手ピッチャーの名前が載っていた。


「セラフィニ。どっかで聞いたような名前だな」

「気にしたら負けだ」

 などと、ナインのメンバーのうち、黒木と里崎のペアが会話を交わし、1回裏の守備に着く。


 正直、エルフ軍団は素人ではなかった。

 もっとも、高校野球の玄人、強豪チームほどの実力はなかったが、例のグイッと伸びーるによって、能力を強化されている。


 4番バッターが主軸で、あの挨拶をした、メイというエルフだった。

 可愛らしい外見や名前に反して、彼女はすごかった。


「ふっ!」

 恐ろしいスイングスピードを持って、黒木の球を捕らえていた。


―キンッ!―

 しかも、最初こそ振り遅れてファールで逃げていたが、次第にタイミングが合ってきていた。

 

 ちなみに黒木の球速もグイッと伸びーるによって、148キロまでアップしている。

 結局、7球以上も粘られた上に2ベースヒットを打たれていた。


 その後、試合は続いたが、練習試合の割には、美浜マリン高校は思った以上に苦戦。


 前半の5回を終わった時点で、2-5と負け越していた。そのうち、3点はあのメイに3ランホームランを打たれたものだ。エースの黒木が相手打線に捕まっていた。


「何だ、お前ら。エルフ相手に負けてんのか。先が思いやられるなあ」

 そして、5回が終わった段階で、ふらっと現れたのは、もちろん竜造寺だった。


 彼は、彼女たちをけしかけた手前、一応は監督的な立場で、試合を見てくれる気になったらしいが、例によって佐々山と酒を飲んで寝ていたため、ようやく到着していた。


「遅いですよ、竜造寺さん」

 怒ったように鋭い目を向ける堀に、謝りながらも、竜造寺は冷静に試合を分析し始めた。


「言っておくけどな。エルフは今度の大会でも、レベルが低いと言われてるんだ。お前ら、このチームに勝てないとなると、先はないぞ」

「マジか。千本ノックなんて嫌だぞ、私は」

 諸積が嘆く。


「では、少しは監督らしい、アドバイスをしていただけますか?」

 福浦が、眉間に皺を寄せて、竜造寺を睨んでいた。


「俺は正式には監督じゃねえんだけどな。ったくしゃあねえな」

 愚痴りながらも、竜造寺は彼女たちを集めてアドバイスを下した。


「いいか。あのセラフィニってピッチャーは、そもそもコントロールがあまりよくねえんだ。つまり球をよく見て、出塁しろ」

「四球狙いってことですか?」


「ああ。それと、あいつは牽制が上手い。塁に出たら、気をつけろ」

「それはすでにわたくしも感じてますわ」

 お嬢様の福浦は、すでに2回に出塁した時に、牽制球を受けているから、気づいているらしい。


 結局、この竜造寺の手助けもあって、彼女たちは、その後、奮起した。


 6回裏に先頭の諸積が四球で出塁。盗塁と見せかけて、2番の小坂がセーフティバント。焦った相手の三塁手のエラーもあり、ノーアウト1、2塁となり、3番の福浦がレフト線を深々と破る、綺麗な流し打ちで走者一掃のタイムリー2ベースを放ち、4-5と追いすがる。


 先発の黒木は、ようやく立ち直り、後続に得点を与えなかったのが功を奏した。


 9回裏。5番の堀がヒットで出塁。


 そして、6番の里崎の打席。

 カウント3-2のフルカウントからの高めの外角球だった。


 すでに疲れが見え始めていた、セラフィニの球威が落ちたストレートを狙い打ちしていた。


「よっしゃ!」

 叫びながら、手ごたえを感じたのか、里崎が明るい声を上げて、バットを振り抜いていた。


 そのまま、頭上高々と白球が舞い上がり、ライトのラインを越えていた。


 2ランホームランで、6-5。つまり逆転サヨナラ勝利だった。


 喜びに沸き、里崎をホームベース上で迎え、抱き着く彼女たち。

 しかし、監督然としていた、竜造寺は渋い表情を浮かべていた。


「まあ、勝ったが、ギリギリの勝利だな。大会じゃ、もっと強いチームが出る。お前ら、これから特訓だな」

 大会までは、まだ1か月ほど猶予があった。


 それまでに彼女たちは、「対策」というよりも「特訓」を受けることになるのだった。

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