第5話 初めての対戦
エルフ。それは、ゲルマン神話に起源を持つ、北ヨーロッパの民間伝承に登場する種族のことを指す。
日本語では、よく妖精あるいは小妖精と訳されることも多い。エルフはしばしば、とても美しく若々しい外見を持ち、森や泉、井戸や地下などに住むとされる。また彼らは不死あるいは長命であり、魔法の力を持っている。
有名なトールキンの『指輪物語』では、賢明で半神的な種族である「エルフ」が活躍している。
そして、彼女たちの前に姿を見せた、「エルフ」は想像以上に可愛らしい姿だった。
身長が150~160㎝程度。ほぼ日本人の一般的な女性と変わらない。
ところが、いずれも小顔で艶々した若々しい美しい金髪を持ち、耳がとても長く尖っているのが特徴的だった。
「マジか。マジで、アニメや映画で見たエルフそのものだな」
驚嘆の声を上げたのは、両角だったが、他のメンバーももちろん動揺していた。
「っていうか、こんな可愛い外見で野球やるんすか。まともに戦えるんすかね?」
「ですよね。野球というより、裁縫でもやっていた方がいいのでは?」
「わたくしもそう思いますわ」
小坂、堀、そして福浦。
2年生の仲良しトリオが口々に発する中、ゆっくりと近づいてきたのは、そのエルフの一人だった。
彼女たちから見れば、他のエルフと見分けがつかないくらい、容姿がよく似ているが、彼女は礼儀正しく、右手を差し出してこう告げた。
「はじめまして。エルフチームのキャプテンを務める、メイと申します。今日はお手柔らかにお願いします」
笑顔を見せ、その笑顔すら眩しいくらいに、若くて可愛らしい少女に、どぎまぎしながらも、キャプテンの初芝が手を差し出して、握手を交わしていた。
一方、少し離れた場所から、相手チームの投球練習を見つめているのは、黒木だった。
その黒木の視線の先にいたのは、相手チームの先発ピッチャーだった。
「黒木さん。何見てるんですか?」
黒木に憧れの感情を抱いている、小林が声をかける中、彼女、黒木の視線はただ一点に注がれていた。
「ああ。こいつは、なかなかすげえピッチャーだなって」
「えっ。そうですか? 黒木さんの方がすごいですよ」
そんな小林のお世辞にも、眉一つ動かさず、黒木はただそのピッチャーを眺めていた。
その頭の中では、すでに相手を冷静に分析していた。
(ストレートが速い。恐らくあのグイッと何とかってアイテムを使ってるんだろうが、150キロ近いな。それにスライダー、チェンジアップまで投げやがる)
そんな中、彼女たちは一列に整列。
しかも驚くべきことに、この試合には、きちんとした「審判」までいた。
どうも、あの竜造寺が指導したのか、きちんとした野球用のレガースというか、プロテクターまでつけていた。
しかも、それがまた人間ではなかった。
頭はライオンのような獣類で、体は筋肉質で、首から下は人間に似ているが、一流のアスリートのような引き締まった体つきをしていた。
そして、そのライオン男がこう告げたのだ。
「本日、審判を務めるバレンタインだ。竜造寺の旦那から審判役を頼まれた」
「っていうか、その竜造寺のおっさんは何してんだ?」
相変わらずぶっきらぼうに諸積が目を向けて、聞いていた。
「恐らく昨夜も、佐々山と飲んでいたのだろう。まだ来ていない」
「ったく、しょうがねえおっさんだな」
結局、言い出しっぺの竜造寺がいない中、練習試合が始まろうとしていた。
一応、キャプテンの初芝が、試合前にルールを確認していた。
つまり、この野球の試合についてだ。
一応、一般的な野球のルールが採用され、イニングは9回まで。延長戦はなしのため、当然ながらタイブレーク制度もなし。
ただし、5回で10点差、7回で7点差がついたらコールドゲームとなる。
その辺りは、高校野球の大会に似ているルールだった。ただし、延長の部分は違うが。
試合会場となるのは、一見するとただの広場に見えるが、一応、きちんとライトとレフトにラインが引かれてあるし、ベースもあって、距離感的には問題ないように見えた。
いわゆる、河川敷などによくある草野球場に近い感覚の場所だった。
当然、バックスクリーンもなく、ホワイトボードのようなボードに、各チームの得点表と、打順表が手書きで載っているだけだった。
「プレイボール!」
こうして、人間の女対エルフという、前代未聞の異種族間の野球の試合が始まる。
コインの裏表を当てるコイントスによって、先攻は彼女たち、つまり人間組の美浜マリン高校女子硬式野球部。後攻はエルフとなる。
そして、1番バッターが打席に入る。
1番は俊足で、ガッツがある諸積だった。
その諸積がヘルメットをかぶり、左打席に入り、木製のバットを構える。この世界ではプロと同じような木製バットが主流らしく、竜造寺から用意されていたのだ。
しかし、ベンチから眺めていたナインの中で、一早く気づいた者がいた。
マウンドに上がったのは、他のエルフとほとんど見分けがつかないが、わずかながら長身のエルフだった。
しかもいわゆる左投手だった。
野球において、この左投手というだけで、ある程度有利に働くことがある。それだけのメリットがあるのだが。
振りかぶってスリークォーターのフォームから投げた初球。
「ストライーク!」
諸積が見送っていた。
いや、正確には「打てなかった」。
その球速は、
「150キロ近いな」
もちろん黒木がすぐに気づいた。
「ええ。あのおじさん、とんでもないアイテムを使いましたわね」
3番を打つヒットメーカーの福浦が応じていた。
すでにネクストバッターズサークルには2番の小坂が入っている。
しかも黒木が事前に見たように、ストレート以外に、スライダーとチェンジアップまで持っていた。
「ストライーク、バッターアウト!」
結局、諸積は三振。
その後も、このピッチャーを打ち崩せずに初回は三者凡退となる。
ホワイトボード的なボードを見ると、相手ピッチャーの名前が載っていた。
「セラフィニ。どっかで聞いたような名前だな」
「気にしたら負けだ」
などと、ナインのメンバーのうち、黒木と里崎のペアが会話を交わし、1回裏の守備に着く。
正直、エルフ軍団は素人ではなかった。
もっとも、高校野球の玄人、強豪チームほどの実力はなかったが、例のグイッと伸びーるによって、能力を強化されている。
4番バッターが主軸で、あの挨拶をした、メイというエルフだった。
可愛らしい外見や名前に反して、彼女はすごかった。
「ふっ!」
恐ろしいスイングスピードを持って、黒木の球を捕らえていた。
―キンッ!―
しかも、最初こそ振り遅れてファールで逃げていたが、次第にタイミングが合ってきていた。
ちなみに黒木の球速もグイッと伸びーるによって、148キロまでアップしている。
結局、7球以上も粘られた上に2ベースヒットを打たれていた。
その後、試合は続いたが、練習試合の割には、美浜マリン高校は思った以上に苦戦。
前半の5回を終わった時点で、2-5と負け越していた。そのうち、3点はあのメイに3ランホームランを打たれたものだ。エースの黒木が相手打線に捕まっていた。
「何だ、お前ら。エルフ相手に負けてんのか。先が思いやられるなあ」
そして、5回が終わった段階で、ふらっと現れたのは、もちろん竜造寺だった。
彼は、彼女たちをけしかけた手前、一応は監督的な立場で、試合を見てくれる気になったらしいが、例によって佐々山と酒を飲んで寝ていたため、ようやく到着していた。
「遅いですよ、竜造寺さん」
怒ったように鋭い目を向ける堀に、謝りながらも、竜造寺は冷静に試合を分析し始めた。
「言っておくけどな。エルフは今度の大会でも、レベルが低いと言われてるんだ。お前ら、このチームに勝てないとなると、先はないぞ」
「マジか。千本ノックなんて嫌だぞ、私は」
諸積が嘆く。
「では、少しは監督らしい、アドバイスをしていただけますか?」
福浦が、眉間に皺を寄せて、竜造寺を睨んでいた。
「俺は正式には監督じゃねえんだけどな。ったくしゃあねえな」
愚痴りながらも、竜造寺は彼女たちを集めてアドバイスを下した。
「いいか。あのセラフィニってピッチャーは、そもそもコントロールがあまりよくねえんだ。つまり球をよく見て、出塁しろ」
「四球狙いってことですか?」
「ああ。それと、あいつは牽制が上手い。塁に出たら、気をつけろ」
「それはすでにわたくしも感じてますわ」
お嬢様の福浦は、すでに2回に出塁した時に、牽制球を受けているから、気づいているらしい。
結局、この竜造寺の手助けもあって、彼女たちは、その後、奮起した。
6回裏に先頭の諸積が四球で出塁。盗塁と見せかけて、2番の小坂がセーフティバント。焦った相手の三塁手のエラーもあり、ノーアウト1、2塁となり、3番の福浦がレフト線を深々と破る、綺麗な流し打ちで走者一掃のタイムリー2ベースを放ち、4-5と追いすがる。
先発の黒木は、ようやく立ち直り、後続に得点を与えなかったのが功を奏した。
9回裏。5番の堀がヒットで出塁。
そして、6番の里崎の打席。
カウント3-2のフルカウントからの高めの外角球だった。
すでに疲れが見え始めていた、セラフィニの球威が落ちたストレートを狙い打ちしていた。
「よっしゃ!」
叫びながら、手ごたえを感じたのか、里崎が明るい声を上げて、バットを振り抜いていた。
そのまま、頭上高々と白球が舞い上がり、ライトのラインを越えていた。
2ランホームランで、6-5。つまり逆転サヨナラ勝利だった。
喜びに沸き、里崎をホームベース上で迎え、抱き着く彼女たち。
しかし、監督然としていた、竜造寺は渋い表情を浮かべていた。
「まあ、勝ったが、ギリギリの勝利だな。大会じゃ、もっと強いチームが出る。お前ら、これから特訓だな」
大会までは、まだ1か月ほど猶予があった。
それまでに彼女たちは、「対策」というよりも「特訓」を受けることになるのだった。