第4話 練習試合の前に
ということで、急きょ、竜造寺によって練習試合が開催されることになり、彼女たちは持ってきた、というか勝手に巻き込まれて持ち出した、グローブ、バット、ヘルメットなどの野球用具を持ち、それに着たままやってきたユニフォームを着て、練習することになるが。
「服が欲しーい!」
当たり前だが、彼女たちは女子高生。
四六時中、野球のユニフォームを着ているわけにはいかないし、汗臭いので、着替えが必要になる。
とりあえず街に出てみた。
なお、この世界の金については、
「貸しにしといてやる。大会で勝てば賞金が入るから、それで返せ」
と竜造寺から受け取っていた。
当座の1か月分くらいの資金は、この異世界の金貨、銀貨、銅貨で足りるらしい。
街に出た彼女たちは、不思議なことを感じるのだが。
まず、街並みが完全に中世のヨーロッパのそれだった。
石造り、煉瓦作りの家が多く、ヨーロッパによく見られる飾りがついたような四角い窓が多い。
切妻屋根が多く、温暖な気候だが、日本と違い、蒸し暑くはなかった。
そして、最も疑問に思ったこと。それは。
「なあ。そもそも異世界なのに、何でみんな日本語をしゃべってるんだ?」
当たり前の疑問を投げかけたのは、諸積だった。
「それは深く考えるだけ無駄ですわ、モロさん」
お嬢様の福浦が遠い目をして返す。
「それに、先日のグイッと伸びーる、についても疑問なのですが」
今度は堀が口を開く。
「そもそもあの道具は、誰に使われていて、どのくらいの長さで効果があるものなんでしょうか?」
その堀が口に出した瞬間。
「それはだな」
いきなり背後から声がかかり、彼女たちは皆、驚いて振り返っていた。
そこには、先日のように酔ってはおらず、シラフの佐々山が立っていた。
「ビックリした」
「佐々山さん。忍者ですか?」
「気配がなかったんですが」
それぞれが驚きの感想を述べる中、彼はその「正体」について明かしてくれるのだった。
曰く。
「グイッと伸びーるは、あくまでもこの世界で力の均衡を保つために、『補助』する、お助けアイテムなんだ。だから、お前たちのように、『女子で非力』な場合にしか使われない。他の種族はみんなそもそも力があるからな。それに効果はほぼ半永久的に有効だ。試してないが、恐らくこの世界にいる限りは有効だろう」
という話だったが。
そもそも、そのグイッと伸びーるが誰から与えられたのか、それとも誰かが作ったのか、それすらも謎だった。
「では、グイッと伸びーるを使用して、野球をやっているのはわたくしたちだけということでしょうか?」
相変わらずお嬢様口調の、福浦が丁重な言葉遣いで尋ねる。
「いや」
断ってから、佐々山は思い出すように指を折って回答した。
「非力と言えば、今度、お前たちと試合で当たるエルフも使ってるな。エルフは非力だからな。他に同じく力がないスケルトンも使ってる」
「人間のチームはどうですか?」
「ああ。一部は使ってるな。ただこの世界では、人間のチームは基本的に弱い」
「どうしてですか? そもそも野球は人間が考えたものですよね?」
堀が突っ込むも、佐々山は苦笑しながら回答を返してきた。
「まあ、何だろうな。理由は色々あるんだろうけど、恐らく柔軟性がないんだ」
「柔軟性ですか?」
「ああ。この世界の住人、特に人間は、『魔王と戦う』ことに集中しすぎて、それ以外の能力が劣っているように俺には思えるんだ」
「では、大会とやらで、私たちと当たるのは?」
「竜造寺さんが言ったように、人間以外のチームだろうな」
「佐々山さん。その大会には何チーム参加するのでしょうか?」
珍しく、真剣な表情で、無口な小坂が尋ねていた。
「恐らくは60チーム以上」
「60チーム! 甲子園の地方予選みたいですね」
それを聞いて、言い得て妙と思ったのだろう。佐々山が苦笑しながら答えた。
「ああ。まさにそれに近いな。最も本戦の甲子園大会みたいのはないが。ただ、同じようにトーナメント形式だから、一度負けたら最後だ」
「負けたらどうなるんですか? まさか殺されるんですか?」
恐る恐る、1年生の大村三葉が口を開く。
佐々山は、渋柿のような表情を作って、静かに口を開いた。
「殺されはしないが。その代わり、負けたら魔王城に連行され、魔王の千本ノックの餌食になる」
「千本ノックですか?」
「ああ。魔王デスパイネは、常に野球の練習相手を求めている。そこで彼の相手となる、というか彼の練習に付き合う相手として、朝から晩まで千本ノックの相手をさせられる」
「地獄じゃねえか」
諸積が呟き、
「ええ。負けられませんわ」
「私たちは負けません」
福浦と、小林が意気込んでいた。
「では、逆に勝ったらどうなるのでしょうか?」
堀の質問に、佐々山は丁寧に答えを返す。
「ああ。何でも魔王は色々な世界と行き来できるアイテムを持ってるらしい。つまり、勝てば元の世界に戻れる可能性はある」
「可能性だけですか。まあ、何も手掛かりがないよりマシでしょうけど」
初芝が顎に手を当てて、考えながら頷いていた。
結局、彼女たちは佐々山に礼を述べて別れ、街の洋服屋で、ユニフォーム以外の普段着、パジャマなどを購入し、ついでに個人商店で、夕食の買い物をしてから、彼女たちは教会に戻るが。
道すがら。
「やっぱスマホないとつまんなーい!」
チームのムードメーカー、里崎が天を仰いで嘆いていた。
そもそも論として、あの雲に巻き込まれた時、彼女たちはスマホをロッカーに預けていたから、誰一人として持参していなかったし、仮に持ってきても使えないだろうことはわかっていたが。
「だよねー、サトサト。ウチら、生まれた時からスマホが当たり前の世代だから、ないとねえ」
大村も同意し、他のメンバーも同じように嘆いていた。
実はこの世界には一応「電気」というものはあったが、そもそもスマホ自体が存在しない。彼女たちの言う通りで、仮にスマホを持参してきたとしても、この世界には確かに電気はあったが、電話や通信自体がほとんどないような、中世に近い世界。
携帯電話、スマホ、インターネットどころか、何も娯楽がない。
だからこそ、「野球」が大きなムーブメントになったということも推測できたが。
そんな彼女たちの嘆きの声を耳にした、キャプテンの初芝は、眼鏡の奥から不気味に鋭い眼光を向けて呟いた。
「ちょうどいい機会じゃないか。ここで一気に野球の実力アップを図れる。死ぬ気で練習して、死ぬ気で勝ちに行って、魔王を倒せばいい」
「キャプテン。スパルタ!」
「今どき、そんなスパルタ流行らないですって、キャプテン」
「そうですよー。私たちはヌルくやりましょう」
部員たちが反対の声を上げる中、一人、燃えていたのは彼女だった。
「いいね。一度負けたら試合終了。それくらい緊張感がある方が私は燃える」
黒木だった。エースとして、チームを背負う存在として、「魂のエース」と呼ばれる、彼女の闘争心に火がついていた。
「キャプテン。黒木さんがまた燃えてます」
大塚に呆れたように告げられた、キャプテンの初芝は、1年生の控え選手、小林に声をかけていた。
「小林。黒木がダメになった時は、お前が頼みだ」
「はい、キャプテン。任せて下さい!」
小林は、小林で自分の出番が増えると燃えていた。
こうして、負けたら千本ノック確定。勝って「異世界を脱出して帰る」ための、彼女たちの壮絶な戦いが始まったのだ。それは実に「ロックな」戦いだった。