第3話 グイっと伸びーる
結局、練習試合が終わるまで、彼女たちはその場にいて、竜造寺選手と話すことになった。
この世界の秘密、そして野球について。
つまり、簡単に言うと、2年前のほぼ同じ時期にこの世界に飛ばされた竜造寺源太と、佐々山竜二の二人は、偶然この世界で出逢い、同じように「世界を野球で変える」ために、言わば一種の「布教活動」をして回ったという。
その過程で、散々魔王に殺された人間たちを見てきた彼ら。もちろん最初は相手にもされなかったどころか、殺されかけたという。ところが、次第にこの「野球の面白さ」が彼らに伝わったという。
この世界に住む人間はもちろん、彼女たちが見たドワーフ、ゴブリン。それ以外にエルフ、リザードマン、スケルトン、ゾンビ、ヴァンパイア、そして魔王など。
最初はドワーフやゴブリンに教えていたのだが、そのうち他の種族にも広まったという。特に人間やその他種族を「殺して」世界を征服することを目論んでいたはずの、「魔王」が野球に魅了されたという。
「へえ。それで、魔王は何て名前なんですか?」
試合はすでに終わっていた。
見ると、ドワーフとゴブリンたちが、礼儀正しく整列して、挨拶をして解散していたので、それを見ていた里崎が笑っていた。妙に礼儀正しいと思ったのだろう。
「ああ。魔王デスパイネ」
「デスパイネ? どっかで聞いたことがあるような」
「気にするな」
と、言われるも、彼女たちの頭には、この「デスパイネ」の文字がこびりついたのだった。
ちなみに、この異世界の王国の名前は、セギノール王国。今、いる場所は王国の首都のペタジーニというらしい。
試合が終わったのを見届けた竜造寺は、彼女たちをあるところに案内した。
それは、街だった。
そこから20分ほども歩くと、街が見えてきた。
文字通り、RPGのような世界の、中世ヨーロッパ風の煉瓦と石に包まれた、城壁の街が広がっていた。
そこの酒場のような場所に竜造寺は入って行った。
「ちょっとおじさん。私たちまだ未成年なんですけど」
最年少ながら気が強いところがある、小林雅が突っかかるように声を上げた理由は、明白で昼間からジョッキを傾け、金色のシュワシュワした飲み物を煽る人間たちがそこに数多くいたからだった。
「わかってるよ。別に酒を飲めってんじゃねえ。そこにいるだろ、佐々山が」
彼が指を指した空間の先。
人間どころか、ドワーフに混じって酒を飲んで、頬を赤らめていたのが、元・プロ野球選手で、リリースエース、伝説の380セーブの男、佐々山竜二だった。
今やそんな面影がないくらい、ビール腹を晒し、薄くなった頭髪と無精髭にかつてのカッコいい彼の姿は微塵も感じられない。
「あれ。竜造寺さんじゃないっすか? 誰っすか、その子たち? お孫さんっすか?」
「相変わらず飲んでるな、佐々山。俺に孫はいるけど、こんなデカい孫はいねえよ」
昼間から飲んだくれている、佐々山に竜造寺は事情を一通り説明。つまり、彼女たちが自分たちと同じように「異世界に飛ばされて」きたことだ。
「それなら、教会でまとめて面倒見てもらえるんじゃないっすか? 9人っすか? ちょうど野球が出来ますね」
「10人です」
小林が、控えの自分が忘れられたのか、と不服だったのか。鋭い目つきで訂正していた。
「私たちが、生活する場所まで提供していただいて感謝します、竜造寺さん」
みんなを代表して、キャプテンの初芝が頭を下げる。
しかし、実は彼女が考えていた、いや危惧していた内容は違っていた。
「でも、仮に私たちが試合に出ても彼らには勝てませんよ。レベルが違いますし、男子の野球レベルの球速でした」
彼女は、前もって竜造寺の考えを読んで、先回りしていた。
唯一の3年生にして、キャプテン。同時に実は一番しっかり者の初芝は、竜造寺にそのことを尋ねたのだ。
だが、竜造寺は佐々山と顔を見合わせて、微笑んだ。
そして、
「佐々山。あれ、持ってるか?」
「はい。これっすね」
佐々山が酔った顔のまま差し出したのは、不思議な形をしたステッキだった。
「何ですか、これ?」
初芝が怪訝な表情で目線を走らせていた。
そのステッキは、まるで魔法少女のアニメに出てきそうな小振りなステッキで、枝の部分から50㎝ほど伸びた先に、小さな赤い宝石のような物がついていた。
「ああ。これは『グイッと伸びーる』って言ってな」
「はっ? おっさん、頭沸いてんじゃね?」
口の悪い諸積が呆れた声を上げる中、竜造寺が声を上げた。
「まあ、論より証拠ってな」
言うが早いか、彼は真っ先に二人を指名した。
それがキャプテンの初芝と、エースの黒木だった。
二人に向かって、ステッキを振るう。正確には中空に円を描くうにステッキを宙に舞わせただけだった。
その瞬間。
「特に何も変化がないようですが」
「そうですね」
不思議に思う二人に対し、竜造寺は酒場の奥の部屋からバットとグローブ、ボールを持ってきた。
この世界に飛ばされた時、彼女たちは野球部のユニフォームを着て、バットもグローブも持っていたが、一応、それとは別にくれるらしい。
そして、
「外に出てキャッチボールをしてみろ」
唐突にそう言いだしたのだ。
渋々ながら、外に出る彼女たち。
ちょうど、酒場の裏がちょっとした広場になっていた。
そこで子供たちが遊んでいたが、竜造寺は彼らに断って、場所を空けてもらい、その代わり、キャプテンの初芝とエースの黒木を数メートル離して対面させた。
黒木は何気なく、肩を回して投げようとしていたが、その前に竜造寺が手で制していた。
「待った」
「はい?」
「思いっきり全力で投げろ」
竜造寺の指令はそれだけだったが、半信半疑の彼らは向かい合って、そしてキャッチボールを始めた。
見守る他の女子生徒たちは、そこに信じられない物を目撃することになる。
―ビュン!―
振りかぶって、オーバースローから思いきり球を投げた黒木。
―ズパーン!―
初芝のグローブから聞いたことがないような音が響き、初芝の体がのけ反っていた。
「な、何だこれ?」
「速え!」
「球速140キロは出てるぞ」
通常、女子野球ではありえないくらいの球速が出ていた。
そして、この中でも賢い初芝は気付いた。
「さっきの道具ですね?」
「ああ。『グイッと伸びーる』は、基本的な力を男性と同じレベルにまで引き上げる。どうせ野球やるなら、この方が面白えだろ」
「おっさん。すげえ人の割に、面白えな」
諸積が微笑んでいた。
ちなみに、投球だけではなく、「打撃」の方も試すため、今度はキャッチャーの里崎を座らせて、黒木対初芝の一対一の対決をやってみた。
すると、
―カキーン!―
初芝が打った打球が、はるか頭上を越えて、ぐんぐん伸びていた。
そのまま荒野の中に消えて行った。
「すごいです、初芝先輩! 飛距離130mは行きました!」
堀が興奮気味に叫んでいた。
こうして、「グイッと伸びーる」によって、彼女たちは「男子野球」と同等レベルの力を入手することになった。
あとは、近々開かれる大会への参加を目指すことになるのだが。
その前に、興奮気味に「グイッと伸びーる」の効果を実感していた彼女たちに冷静な声がかかった。
「とりあえず落ち着けや。まずは大会の前にお前らの実力が知りたい。来週、練習試合をやるから、参加しろ」
一方的に有無を言わさず竜造寺はそう告げると、彼女たちが滞在する教会の場所だけ教えて、去って行った。
今、この異世界で本格的な野球が始まろうとしていた。