第2話 異世界なのに野球!?
目の前で繰り広げられている様子に、彼女たちは目を見張った。
特に、一番熱心に目を向けていたのは、唯一の3年生にしてキャプテンの初芝だった。
「みんな、よく見るんだ。こいつら結構すごいぞ」
その初芝の声に、女子生徒たちも目を向けた。
人間よりも、明らかに小柄なはずの彼らが、すごい球を投げていたのだ。
―ビュン!―
肉眼でも、軽く140キロは超えていることがわかった。プロ野球でも通用するような球速だった。
その上、
「見ろよ、こいつら。変化球まで使うぞ」
声を上げたのは、エースの黒木だった。
この訳のわからない小人たち、そのうち今は髭を生やした方が守る側で、つまり小さな鬼のような生き物が打撃側だった。
バットではない、ただの棍棒を持って打席に入った、小鬼が、
「フシャア!」
叫ぶと同時に棍棒を水平からアッパースイング気味に振るっていた。
そのまま、ボールが弾かれて飛び、ライトの頭上を襲う。
この球場とも言えない、原っぱの広場には、一応、目安となる「白い線」が引かれてあり、一応曲がりなりにも「野球」のルール的には野球場の体裁を整えていたのが不思議だった。
ともかく、打球はライトの頭上を襲い、そのまま白線を越えて、外野の彼方に消えた。
ホームランだった。
打った小鬼はきちんとルールに則って、ダイヤモンドを一周し、最後にホームベースに還ってきて、ナインから迎えられ、ハイタッチしていた。
「すげえ。人間じゃねえのに野球やってるぜ」
男の子っぽいしゃべり方で、元・不良の諸積が呟く。
「しかもあのバッティングセンス。侮れませんね」
誰に話したのか、独り言のように丁寧語で堀が呟く。
「いいバッティングセンスですわ」
同じく福浦が、お嬢様口調で声を上げる。
「相手の球も悪くなかったんですけどね」
1年生の控え投手、小林も目を向ける。
そんな中、試合を見ている彼女たちの方に気づいているのは明らかなのだが、彼らは余程試合に集中しているのか、彼女たちにさしたる興味を示さなかった。
そんな不思議な種族と種族の試合が続く中、彼女たちが目を見張って見ていると。
「おう。人間じゃねえか、珍しいな」
突然、声をかけられ、10人の少女たちが振り向いた。
そこには、皺の多い顔立ちの中年男性が立っていた。さすがに年齢的な物から、腹が出てきていたが、恐らく若い頃は引き締まった体だったと思われる大柄な体躯の男だった。
特徴的だったのは、民族衣装のような派手な着物を着ていたことで、髪は薄く、顎に髭も生えていた。年齢は60~65歳くらいか。老年に差し掛かる頃と言っていい。
「あなたは?」
皆を代表して、キャプテンの初芝が口を開く。
が、すぐに彼女の表情が変わった。
まるで、「死んだ人」を見たかのような表情の急変。しかし、それは「否定的」というよりも、嬉しい方の感情の発露の方が大きかった。
「ま、まさかあなたは竜造寺源太選手ですか?」
「おう。若いのに詳しいな、姉ちゃん」
「誰?」
「知らない」
「私も」
口々に呟くナインを余所に、初芝は、怒りにも似た感情を発散していた。
「みんな、知らないの? かつての三冠王だよ。プロ野球史上、唯一、生涯で3回も三冠王になった伝説の人だよ!」
初芝の勢いに押されるようになっていた、彼女たちだったが、次に気づいたのは、2年生の福浦、そして堀だった。
「でも、初芝先輩。竜造寺選手って、確か行方不明になったんじゃ……」
「そうそう。ニュースでやってたよね。伝説の三冠王が行方不明になったって」
「ああ。やっぱそういう扱いになってるか。心配すんな。俺はちゃんと生きてる。ちょいとこっちに飛ばされちまったんだよ」
「はい?」
頭の上に大量のハテナマークがついている彼女たちに、この元・プロ野球選手のレジェンドは、レジェンドとは思えない気さくさで語ってくれるのだった。
数年前にとあるチームの監督を引退してから、主に野球解説者として働いていた竜造寺源太。もっとも、現役時代、散々数十億を越える金を稼いだから、後は悠々自適の引退生活だった。
それが突然、行方不明になったとニュースになったのが2年ほど前だった。
その時、彼は頭上から雲に襲われ、この世界に迷い込んだという。
「まさか、龍造寺選手もですか?」
「何だ。じゃあ、お前らもか」
呆れて笑顔を見せる竜造寺源太は、現役時代、そして監督時代の、「厳しい」と称された性格には似ても似つかない様子に見える。
そして、彼は驚くべき事実を語り出したのだ。
「ここは、お前らが言うところの異世界って奴だな」
「異世界ですか?」
彼ら、彼女らは野球の試合を見ながら、広場の上に腰を下ろして会話をすることになった。主に受け答えをするのは、キャプテンの初芝だった。
「ああ。最初に飛ばされた時は驚いたぜ。てっきり俺は死んで、ここはあの世かと思ったからな」
から始まり、長々とこの世界のことが、竜造寺源太の口から語られることになった。
曰く。
この世界は、「魔王」が支配する、それこそRPGのような世界で、しかも「勇者」は殺されたため、すでにいないという。
つまり、
「じゃあ、あとは滅びを待つだけなんですか?」
堀が横から口を挟んだ。
しかし、それに対し、竜造寺は笑顔を見せた。
「いや」
と首を振ってから、彼は非常に興味深いことを口走ったのだ。
「こんな世界で、何もせずに殺されちゃかなわんからな。試しに俺がこいつらに野球を教えた」
「はい? 野球を教えたんですか?」
素っ頓狂な声を上げたのは、ムードメーカーの里崎だった。
「ああ。そしたら、どうだ? なかなかセンスあるじゃねえか。おまけにこの2年で盛り上がっちまってな。近々大会が開かれる予定だ」
「いやいや。ありえなくないっすか?」
珍しく無口なところがある、小坂まで口を挟んでいた。
「それがなあ。面白えことにこの世界で俺が『野球』を広める伝道師的なことをやってたら、魔王までが面白がっちまってな。大会に優勝したら、魔王と戦える権利をもらえるそうだ」
「はい? じゃあ、この世界の住人はそのために大会を?」
再び初芝が口を開く。
「まあ、表向きにはな。実際は、ただ単に野球を楽しんでるだけだ」
「呆れました。こういう世界って、もっと殺伐としてる物では?」
堀がいつもの丁寧口調で尋ねる。
竜造寺は、心底楽しそうに笑顔を見せた。
「いいじゃねえか。武器を持って殺し合うより、平和的なスポーツで盛り上がった方がよほどいいぜ」
「まあ、おっさんが言うことももっともだ。けど、ガチな野球なら、あたしは容赦しねえ。喧嘩野球、上等だ」
元・不良娘の諸積がやけに気合いを入れていた。
「それで、竜造寺さん。彼らは何者ですか?」
先程からちらちらと横目で見ていて、様子を気にしていたらしい、大村が尋ねる。
「ああ。髭面のちっこいのがドワーフ。小せえ鬼みてえで棍棒持ってるのがゴブリンだな」
「ドワーフ? ゴブリン? マジでRPGの世界っすね」
競馬好きの茶髪女、大塚が目を見張っていた。
「ああ。俺も最初は驚いたけど、もう慣れちまったよ」
「でも、野球を教えたって言っても、竜造寺選手はピッチャーではないですよね。ピッチングは誰が教えたんです?」
そう尋ねる初芝に、彼は頷くのだった。
「ああ。そいつはもう一人飛ばされた相棒がいてな。佐々山竜二って言う奴が教えた」
「佐々山竜二! え、あの通算380セーブの人ですか?」
一番驚いた顔を見せたのは、もちろん初芝だった。
佐々山竜二。かつて日本プロ野球を沸かせ、メジャーリーグでも活躍した超一流のクローザー。
日米通算セーブ数が380を超える、「打」のレジェンド、竜造寺に対し、「投」のレジェンドだった。
竜造寺は、破顔して頷いた。
そして、同時に初芝は思い出していた。佐々山竜二もまた数年前に、竜造寺と同じように行方不明になっていたことに。